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スーパーちんどん・さとう

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「できなかったこと」をやろう

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てなことで。

3・11が過ぎまして。
5年前のあの日は、日本にとって、その後のショックドクトリン的流れを見ても、原発事故という意味でも、戦後史上最大級の災害だったと思うワケですが。

その日はオレは台湾にいたんだけど、台湾のテレビでもちょいちょいやってました。
ドローンを飛ばして、あのどうにも行き場のないフレコンバックの巨大な山なんかも流していました。
テレビのテロップには「核災」って出てました。
津波の被害はもちろんのこと、そこから引き起こされた核施設、つまり原発の事故ってことなんでしょう。

よくよく考えれば、原発事故さえなければ、今頃復興にわいていたのではないか?
もちろん、多くの人を奪い、多くの土地を奪った津波は憎いですが、それも自然の上に生活する人間として、なんとか乗り越えて立ち直っていたように思います。

ですが、原発事故が誘発されたことで、もうどうにもできなくなってしまった。

今だ自分の家にも戻れない人たちが万単位でいる。
原発自体にも、ロボットを入れて中をうかがおうとしても、ロボットが即死するという放射能の状態。
そして、単純にこの放射能は拡散していく。
増え続ける汚染水は止められない。
そもそも、注入している水が、きちんと燃料に当たっているかどうかも本当のところはわからないのだが。

もう人間が手を出せる状態ではなくなってしまった。


この状況。
なんとかしなければならない。

まあ、放射能と闘ったところで全敗するのは目に見えているわけだが、なにかいい手はないだろうか?と考え、具体的に策を講じなければならない。

3・11前後のツイートとかを見ていると、これは誰しもが同じ思いだと思う。


しかし、ちょっと引っかかるのだ。
なにかというと、「みんなそれぞれ、できることをやろう」みたいな「感じ」にオレは引っかかってしまう。

「できること」をやっていたのでは、おそらく何も変わらないのではないか?、と。


「できることをやろう」というのが、原発処理や今後を含め、そして復興に対して行動することの「ハードルを下げたいのだ」というのはわかる。
けど、それって、何も変えないことを肯定しているような気もする。


多くの薄っぺらい芸能人なんかも、同じようなコトを言うけど、いやいやいや、おまえは何もしてないじゃないか、と思うのだ。
言葉だけ「できることをしましょう」と言ってたって、何もかわらないよ。

人の目にとまる芸能人なら、何かを発言する、何かを行動する、そんなことをしたらそりゃ世の中の「感じ」も変わるかと思うけど、「テレビ局に阿ってそれはできないけど、とりあえずなんかそれをしないで済む」という免罪符を与えちゃうというか。

まあ、その中でもいろいろ発信してる芸能人の方もいるけれど。


世の中を変えるには、今の状況を変えるには、ちょっとづつみんなで「無理」をしなければならない。
その「無理」が社会の総意になったときに、社会は変わる。

もっと具体的に言えば、福祉の分野で新しい制度が必要だとする。
例えば、「車いすの人の外出介助」だったとしよう。
その制度がない、という時に、それでも「外出」を決行するためには、制度によらない、つまり「金の出ない介助者」を連れて多くの人が外出するコトによって、その制度はできるのだ、とオレは思う。
それが自然な「制度設計」というものだし、それが「社会に於ける車いすの人のいる風景」が具現化することだと思うのだ。

ボランティア、つまり無償、ということは、介助者の側は「自分の時間をさいて」その外出介助をする。
そういう「制度以上の動き」を多くの人が重ねることで、制度を求める動きは障害者だけのモノではなく、市民全体の総意となり、加速する。

そうやって世の中は変わっていく。


つまり、「できること」じゃなくて、「ちょっとだけ社会の枠から外れたこと」を積み重ねることが重要だとオレは思っている。


だから、この事故において「できることをやろう」という人を、オレはなんとなく信用できない。






(BGM:花田裕之&大江慎也「Case Of Insanity」fromYOUTUBE)
→ま、名曲ですよ。
そしてこの二人。
言うことない。
こういうのが聞けるからYOUTUBEは時々チェックしないと。
侮れない。
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