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スーパーちんどん・さとう

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バンドだけじゃなくて、なんかまた成宮さんとやりたいと思う


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今回のライブに向けての成宮さんは精力的だった。
それはすごく「オレたちとやりたい」「多くの人に見て欲しい」という感じが伝わってきて嬉しいことだった。

成宮さんと話をしていると、とにかく彼女はキュートだということが先に浮かぶ。
そして、まあなんかいつも「あわてている」感じがする。
ま、それもある意味キュートを構成する要素なのかもしれない。

おそらく、いろいろな不安定な彼女の内面が、「なんとかライブを成功させなきゃ」とか、「なんとかこの会話を成立させなきゃ」みたいな焦りになって、「あわててる」感じになってるのかもしれないから、彼女としてはそれは不本意な評価かもしれない。


ウチの連中が、やっぱり「どもってしまったり」「言葉が出てこなくなって真っ白になってしまったり」「わかんなくなって逆ギレしたり」ということがあるわけだけど、ま、確かに治った方がいいんだけど。
でも、まあ「もう治らんな」というところもあり。
というか、逆に、「治そう」としない方が「治るじゃん」というか、気にしなきゃいいんじゃないか?みたいな感じもあったりする毎日なんだけど。

なんかのインタビューに答える真っ白になる自称リーダー井上を、もう「また真っ白じゃん!」ってみんなで外からわいわいやった方が、まあ、本人逆に落ち着くじゃん、というか。
「ほら、井上くん、がんばりなさい」なんてうるうるした瞳で外野のみんなが見つめてたら、そりゃそれでなんかちょっと恐い風景だし、そもそもそんなことで井上の真っ白が納まる要因は見つからない。


つまり、「真っ白にならない自分になりたい」と井上は確かに思ってると思うけど、最近は、その「真っ白」すら「ネタ」になりつつあり、「真っ白にならない自分」ということの「真っ白」のハードルが下がってる、という感じなんだよな。

簡単に言うと、今、「100真っ白」だとして、最初は井上も「0真っ白=真っ黒」を目指していたと思うけど、「いや、別に50くらいでいいんじゃねえか?その方がうけるし、灰色くらいで」みたいな感じもほの見えるわけ。
そうなると、やっぱ「真っ白」に対抗していく場面、例えばインタビューだったりの場面が、もうちょっと「恐くなくなる」という感じ。


もちろん、逆ギレで誰かを殴ったり、モノを壊したり、ってのはよくない。
というか、やるとマズい。
だから、そこは抑えよう。
けど、まあ逆ギレ全部はなくならんよな、と思ったり。

だから、これが難しいんだけど、努めて冷静に「キミが逆ギレしても世の中は何も変わらん」ということを、繰り返しやっていくしかなくて、それよりはきちんと「言葉」で言った方がイイし、じゃなきゃ、そりゃ我慢するしかないよ、と。
世の中、たいがいが我慢して生きてるわけだから。

キミは主人公じゃないですよ、と。
脇役が盛り上がっても、映画は進まない。


前にもちょっと書いたんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3837.html)、彼らはどうしても「主役」として、「療育の対象」として扱われてきた経験が長くて、でも、学校なんかじゃいじめられたり、あくまで「学校生活」を回す人じゃなくて、という落差がどっか影を落としているようにも見える。
養護学校とかだったら別だけど、普通学級に一人二人いた知的障害児、ということになると、やっぱりどっかその子は「注目の的」になってしまう。

だから、「そうそう、別にキミは主役じゃないし」と言ってやることで、逆に彼らとしては「療育の対象」として、「問題を起こさなくていいのか、ホッ」とするというか。

そういう感じも見えなくもない。

どっか彼らは「周りの期待に応えよう」という行動をとることが多い。
それが、いわゆる「お世話したい」という周りの「思い」に答えてしまって、わざわざ「お世話されるようなこと」「めんどうなこと」をしでかす感じにもなったりする。
親との間で代理ミュンヒハウゼン症候群みたいな感じになっちゃってるという例もよくみる。

確かに、個人個人はいろいろ問題を抱えている。
ウチでも深刻な話もなくはない。
けれども、なるべくそれを「深刻に扱うところを彼らに見せる」ことは避けてる。
そうじゃなくて、普段は、もう「キミは主役じゃないし」と言ってやる。
肩の力を抜いて、とにかく気楽に生きてりゃイイから、と。

あとは、もう彼を仲間として受け入れた、信頼する、彼らの周りの力を存分に借りる。


個別に問題を解決しなければならない、ということ、はある。
けれど、大事なのは、その「個」をとりまく「集団」なんじゃないか?って思うコトが多い。
それによって、より個別の問題がでかくなるのか?それとも、小さくなるのか?という。
それを決めるのが「周りの環境」というか、「仲間」というか、「取り巻く人たち」なんじゃないか、と。


成宮さんは、多くの彼女を信頼する人たちに囲まれていて、彼女は彼女で苦しんでる部分はあるけど、それでもその信頼に応えようと必死だ。

だから、なんかもうそれでいいのかもしれない、と思った。

なんて言ったら怒られそうだけど、でも、俺はなんか「仲間、信頼してくれる人をなんとか裏切らないで生きよう」と思う人は、大丈夫なんじゃないかと思うのだ。
そういう人たちの中で、彼女は主役であり、でも、その受け取る人にとっては脇役でもある。
そういう信頼の中でもがいてる彼女は、なんかステキなんじゃないか?って。

あ、もうディスる人は無視でいきましょう。


情けは人のためならずとはよく言ったもので、回り回って、自分のためだよね。
彼女も自分のために言葉を紡いでいるようにも見える。

彼女の苦しみはわからないけど、でも、彼女が同じような境遇の人たちに「届けよう」と思って朗読で日本中を回っているのは、なんかすげえ巡礼者に見える。
苦しみの絶えないマザーテレサのような。

その旅の果てに何が待っているのか、それはわからないけど、でも確実に彼女の言葉に救われてる人、がいる。
多くの人の人生を変えるだけの言葉を彼女は持っている。
ま、だから、ちょっとなんか他人事だけど、それでいいんじゃねえか?って。
だってすごいことじゃん、それって。


そんな成宮さんを俺はステキだと思うし、これからも何か彼女と一緒にやれたら面白いな、と思っている。


narumiya01.jpg

narumiya04.jpg





(BGM:麻丘めぐみ「アルプスの少女」from「麻丘・めぐみ《NEW BEST ONE》」)
→だからまあ、もうこういう「曲名」だよね。
例えばその後は中森明菜さんが「少女A」を出したような感じというか。
曲名からその歌い手のイメージを着けていく歌謡曲戦法というか。
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コメント

番組やりましょうー!!!精神障害も知的障害も見慣れれば、どうしたらいいかわからないから距離ができるっていうのが減ると思いたい。またあそびに行きます☆

Re: タイトルなし

いいですね!番組できたら楽しそう!

> 番組やりましょうー!!!精神障害も知的障害も見慣れれば、どうしたらいいかわからないから距離ができるっていうのが減ると思いたい。またあそびに行きます☆

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