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スーパーちんどん・さとう

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霊がいる、としましょう。

ま、聞けば写真に写ることもあるというし、人形が動いたりということもあるそうなので、いる、というコトに関してはかなりの確率でいるのではないか、という認識でよろしいのかどうか。
「非科学的だ」と指摘して論議を止めちゃうことの方がすげえ非科学的だったりして、まあ、「霊がいるいない」って論議自体がもうどうでもいいような気がしてんだけど。

いるといえば、いるし。
いない人にはいないんだろうし。

で、いる前提で、ちょっといろいろ考えたんですけど。

死んで後、その辺にうようよしてる。
でも、こちらからは見えない。

で、ときおり、「人に取り憑く」わけだけど、こちらからは見えないので、正直防御のしようがない。

…というところまで考えて、いや、そもそも向こうはこっちを見えているのか?という問題があるな、と。


しかし、「取り憑く」というのは、能動的なアクションなわけです。
その場合に、対象が「見えてない」ってコトがあり得るだろうか?と。

例えば、霊と我々人間が、互いに見えてないから、たまたまぶつかったりして、その時に「取り憑かれる」とした場合、これ、もう突発的ですから。
互いに「事故」みたいなもんだから、急にきます。
しかも、等しく平等に取り憑かれる可能性がある。

これね、しかし、例えば稲川淳二さんなんかは、もうたくさん霊に会ってるわけじゃないですか。
けど、まあ「会ったことねえなあ」という人も多数いる、と。

そうなった場合、やっぱ「等しく可能性がある」というのは、現実にそぐわないように思われますね。

だからやっぱ、「向こうは見えてるんじゃないか」というコトが推測されます。
そして、プラス「こっちからも見える人がいる」という。
稲川淳二さんとか、そういう。

いや、そうなると、もしかして、向こうも「こっちが見えない人」いや、「こっちが見えない霊」というのもいるのかもしれない、というのが成り立ちます。

で、見える霊が、狙いを定めて「取り憑いている」と。
こっちにも「見える人」がいますから、「あんた取り憑いてるよ」というね、そういうことになるというか。


で、人はやっぱり「取り憑かれたくない」わけです。
少なくともオレはそうです。

なんで、ここで問題になるのは、「霊がどういう人を狙うか?」というね。
で、「そういう人にならなきゃイイ」という理屈が成り立つという。


で、霊の気持ちになってですね、「どういう人に取り憑くか」を考えてみたい。

いや、まず冷静に考えてみたところ、「いい霊」だったとすると、「別に取り憑かれてもイイじゃん」というコトも成り立つんだよね。
なんか、すげえ「才能ある霊」みたいな。
それによって、なにか成功するかもしれないし。

なんで、この場合、「悪い霊」ということにしましょう。
ただ、先の仮定に従うと、「人間が見える霊」の中で、「悪い霊」ということになるので、かなり数は少ないと思われます。
こっちで霊が見える人も相対的には少ないわけだから、向こうもそうだと思われますからね。
そもそもそんなに、恐るるに足らず、って感じはしますけど。


で、まあ、悪い霊ね。

どうですか。
自分が悪い霊だとすると、どういう人に取り憑いて悪さしたいですか?と。

ただ、ここで勘案しなきゃならないのは、「負ける可能性もある」ってことなんですよね。
つまり、「取り憑いたけど、祓われちゃう」とか、「取り憑いたのに影響を及ぼせない」みたいなこと。

そう考えると、例えば稲川淳二さんの友だちなんかには、あまり取り憑きたくない。
なぜなら、すぐに「あんた取り憑かれてるよ」ってなっちゃって、祓われる可能性がある。
ソレは避けたい。

あとは、なんかすげえ「強そう」な人にも取り憑きたくない。
強そう、というのは、この場合「霊的に」ということで、霊が負けちゃいがちな感じがする人、ということになりますね。

例えば「悪い霊」ってことですから、同じように悪い、つまり、人を怨んでる感じとか、すぐに文句ばっかり言ってる人とか、すぐに攻撃的なコトばかりを言ってる人とか、そういうのには、悪い霊は勝てそう。
けど、逆の人。
いつもなんか感謝してて、人の悪いところをあまり追求しないような人だったりしたら、そこから「悪い感じ」に持っていくのは霊としてもつらいのではないか?と推測されます。


なんで、そう考えると、とりつかれないためには、「そこそこ霊を見た事がある、みたいな人のそばにいて」、つまり「霊の存在を認めて」、プラス「悪い霊が負けちゃいそうな生活をする」って結論になりますね。

これって、よくよく考えたら、「死んでしまったご先祖様を敬って」「明るく前を向いて生きましょう」みたいな。
そういう、普通の基本的な道徳にたどり着くのよね、という。






(BGM:國藤さだやす; 高橋奈妙「見沼恋しるべ」from「氷川大宮語りぐさ」)
→これね、ご当地ソング的なコトで、けっこうアレかと思いきや、バックトラックとカチャンとしてるし、悪くない。
けどまあ、唄がなあ…ちょっと。
特にこの女性の声に魂が感じられないというか…。
中身的にはウチのご近所のご当地ソングなので、まあどのみちそこまで止まりだけれど。
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