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スーパーちんどん・さとう

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その昔、まあ、虹の会がまだ初代会長が亡くなったばかりで、ポヤンとした存在だったころ。
もう虹の会はつぶれるんだよな、と思っていたんだけど、まあいろいろあって続けることになって今に至る。

その間、多くの人に支えられてきた、ってところがありますが、俺の中でもっとも頼りにし、今でも感謝しているのは、障埼連というところの國松さんである。
まあ、ヘンテコな人で、若い頃は無一文でアメリカだったかヨーロッパだかに行き、書道だとかヘンテコ柔道を路上でやって金をもらって旅をつづけた、みたいな人で。

どっかすごく人情があって、この業界にありがちな「道徳的」な感じもなく、理知的な感じもなく、彼のアウトローとしての空気感が俺はとても好きだった。
尊敬できる人だとずっと思ってたし、今も。

ま、その辺は改めて、ということなんだけど。


今回書きたいのは、その國松さんに言われて、今でも覚えているいくつかの言葉の中の一つ。

「虹の会は、プライバシーとかってうるさいコト言うじゃない。でも、それを言い続けることってのが、つまりはプライバシーを守る、ってことなんだよね」という。

これ、どういうことかというと、当時、やっぱり「介助が必要な人が地域で一人で暮らしてる」ということがもっともっと珍しくて、いろいろ「話を聞きたい」とかそういう人が多かったんです。
ま、そういうことを経て、今、まあけっこうそういう人も増えてるわけですが。

でも、まああまり「その辺、あまり見せたくない」みたいなね。
いや、別に出し惜しみしてるわけじゃないんだけど、その時はもう全く「施設を出て、どういう生活してるのか想像できない」という段階の時代だから。
まわりの人にしてみたら、「どうやって着替えてるんですか?」って世界なんですよ。


介助者、つまり「自分で雇った人を使う」という、主体を「介助する側」から「介助をさせる側」に移して実行される「介助」そのもの、にも、想像がつかない人が多かった。

そうなると、もう「一日見せてくれ」みたいな話になる。
百聞は一見に如かずだよね、いや、わかる、そうだよね。


でも、まず、その「障害者の着替えは見学してもいいものだ」という考え方自体が、非常に「施設的」であり、差別的なことなんだよ、というね、そういうことになるわけじゃないですか。
着替えなんか見せたいですか?
特に女性の場合、相手が女性だからって、トイレの介助を見せますか?

ま、もちろん、それでも、「俺らにはプライバシーはない」「広げるためには何でも見せるよ」という意見も一方で持ちながら、「どこを見せるか」に関しては、やっぱ障害者自身に任せてもらわないと始まらない、というか。

その辺で、やっぱ「プライバシー」ということには、けっこう敏感だったんです。


だってね、やっぱ施設なんかだったら、入所者には相談もなく、見学者なんかはどんどんやってくる。
その時着替えてようが関係ない。
ま、だから施設、なんだけど。

そこから脱却する。
「見せていいかどうかは自分で決める」という、ごく当たり前のことを我々は主張したかった。

だから、逆に「虹の会は固い」とか言われてたんだよね。
今になったら、そういうのも少なくなってるはずだと思うんだけど、当時はもう「障害者の生活なんか見て当たり前」って感じだったから。


そんな中、「プライバシーってのを完全に守れる」なんてことはないんだよな、という話になって。
でも、そこを目指して、「プライバシーを守るよ」って「言い続けること」こそが、プライバシーを守ってることなんだ、ってのが、冒頭の國松さんの言葉になるんだけど。


これ、俺はちょっと感激というか、いろいろ目から鱗だったんですよ。

というのも、俺なんかは大学を出て、それなりに勉強してきたつもりだけど、結局ね、「答えを求めてた」んだ。
だから、「プライバシーが守れる形って何だろうか」みたいなことを考えちゃう。

でも、それって、状況によって変わるし、相手によっても、当事者によっても変わる。

もっと言うと、時代によっても変わる。

大切なのは、それを「言い続けること」というね。
「目指し続けること」っていうね。

それが、いわゆる「現場の考え方」ってヤツなんだよな、と。


社会もそうですね。
いつだって、答えをほしがるでしょ。
テレビなんかもそうです。
いつでも分かったようなことを言う。

でもね、世の中はグレーだし、そんなに簡単に、一言で答えを出せるようなものなんか少ない。
知的障害者である市丸たちに対する処遇、なんてのは特にそうだ。

だから、「追求していく」って姿勢が俺たちには必要なんだよね。
テレビは答えを欲しがるが、そんな答え、俺たちは持ってないの。


簡単に答えを出すんじゃなく、常に答えを求めて柔軟に毎日を反省しながら、課題を見つけながらやっていく。
ま、そのことこそが、なんか一番重要なことだよな、と思います。

教条的にならず、変わることも恐れず。
いや、もっと言えば、自分たちがまだまだだ、っていつでも謙虚に思ってなきゃな、って話。





(BGM:吹石一恵「セピアの夏のフォトグラフ」fromYOUTUBE)
→こんな素晴らしい曲を知らなかったよ俺は。
YOUTUBEってすげえ。
いや、もう皆さんも一回聞いてください。
力強い歌唱にノックアウトされること間違いなし。
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