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少なくとも「絆」ではない


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介助ってのは、例えばウチで言うと加納とかの手足の代わりになって動く、みたいな職務のこと、となりますか。
障害者自身が指示し、やらせる、みたいなイメージ。

勝手に「お世話する」っていうのは、まあ実際の生活を考えてみればわかるけど、ありえない話で。
逆の立場になってご覧なさいな、というか。

例えば、食器を洗わせたとして、それをどう棚にしまうか?
人によっては、湯飲みを上向きにしたり、下向きにしたり、いろいろあるじゃないですか。
残りごはんの保温機能を「きるのか」「きらないのか」みたいなことも、人それぞれ、家庭それぞれというか。
下着やTシャツを、タテにたたむか、横にたたむか、三つに折るか?四つか?みたいな。

まあ、オレにしたら湯飲みなんかどっちでもいいんじゃねえの?という感じもあるが、人によってはすごく気になる場合もあるでしょ。
それってのは、やっぱその人なりの「生活の基本」になるわけなんで、「勝手にお世話する」ってのは、そもそもお世話になってない、という意見も成り立ちます。

だからまあ、とにかく「本人の意思」が重要、ってのは当然なんですけど。


で、まあウチなんかではもう一歩進めて、「介助者の資格は当事者である障害者が決める」という形でやってます。
毎日の介助の形、やりかた、その他もまあ、当事者自身が決める、と。
これ、まあ雇用の責任も当事者自身がおう、ということになるわけです。
ま、現実的には形上は役員会が負いますけど、まあ、共同で考える、ということになりますね。

とにかく、雇用・運営に障害者自身が噛まないと、結局、「自分が認めてもいない介助者にお世話されてしまう」という、「生活が浸食される」という事態にもなりかねない。
そこはちょっと困る。
なんで、「障害者自身が自分の生活を守る」ってコトで言うと、この「介助者は障害者自身が資格を与える」「介助者は障害者の指示通りやる」というのは譲れない。

ま、それを「ポップに」主張するために「介助者ロボット論」みたいなことを言ったりもしてきました。


しかしま、それってのはまあ原則的なことですね。
考え方、というか。
だって、実際に人間はロボットになんかなりきれるわけがない。

そりゃそうだ。
やっぱ人間同士だから。
といって、介助者がその障害者に先行してイイ部分は一つも無い。

でも、その上で長くやってればやっぱそれなりの「関係」というのはできてくるはできてくる。
ま、ソレも否定するものじゃないと思うんですね。
ロボットを超えた介助者、というのは、オレはあると思う。

超ロボ、みたいな。
あ、それはなにも、マッタク感情を押し殺す、とかそういうアレじゃなくて、逆の意味でロボットを超える、という感じね。


今のヘルパー養成の講座なんかだと、おそらく「障害者や高齢者をどうめんどうみるか?」という視点でできていて、「落ち込んでいるような時には優しく声をかけましょう」とか。
…大きなお世話じゃ…。

簡単に言うと、介助者と友人と、親兄弟と、全部まぜこぜにしたのがヘルパーになっちゃってるんだよね。
それってもう、俺らの感覚から言うと、「障害者には友だちいないんだろ?なってやるよ」みたいなね。

違うじゃん。
金で派遣してくる人が友だち面、って、まあ一番やっちゃダメなヤツでさ。
映画とかでもう完全に「やなヤツキャラ」ですよ。
先に書いたように、「結果として職務を超える」「金を超える」ってことはあるかもしれない。
でも、「そういうもんです」って先に講習しちゃだめなんだよね。


とにかく「本人のやりたいことをやる」ということがデキない人は、越えることもできない。
ま、そういう人って時々います。

そもそも、介助に「人とのつながり」とか「絆」とか求めちゃう人ってたくさんいて。
だからね、それをなんとか排していきたいんで、どっか逆に大きく振らなきゃならないところもあって。

で、まあ介助者ロボット論、となるわけですけど。
まあ、教条的にそんなコトを言ってるわけじゃない、という。
逆に振らなきゃならないほど、ちょっと世の中誤解してますよ、というか。
そういう話です。




(BGM:釈由美子「お酌パラダイス 釈お酌」fromYOUTUBE)
→釈お酌?というなんかやっすい機械?いや、なんか道具?の説明になってるんだけど、こんなの売ってたの?
ってか、なんで作ったの?
歌はまあ面白いけど。
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