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スーパーちんどん・さとう

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距離感がよ…


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…とか言われてもなかなか来にくいよね!
でも、きっと大丈夫!。
市丸たち抜きのウチの連中とか、教育委員会とか、教師とか、まあ、普通の会社の人とか、本の編集の人とか、時にジャッジする人とか、マジシャンとか、まあいろいろで、飲む。
特に理由なく、飲む。
という、純粋なヤツであります。


てなことで。

夏休みと言えば自由研究。
ま、「なんなんだよ自由研究って」、みたいな悪態の一つもつきたくなる感じもありますけど。
っていうか、なんか、オレのころはなかった気もしてきた。
工作でなにか作ってこい、みたいなことだったらあったような。
いや、もうしっかりとはよく覚えてない。

この前、「すごい自由研究をした」って子どもたちが出てくる感じのテレビをやってまして。
とにかくすぐに科学実験みたいのが始まっちゃうウチの子の自由研究だとか。
忍耐力を必要とされることを毎日続けたとか。
見ていてまあ、「すげえなあ」という感想しか浮かばないわけですけど。

まあ、昨年とかの過去の自由研究を取り上げていて、「その時どうだった」「どうやってこの課題に気づいたのか」とか、「どうやったのか」とかを、実際にその子の家に行って映像にまとめ、それをまあスタジオで見ながらああでもないこうでもない、ということを言う、というスタイルの番組で。
まあ、スタジオでも「すごいね」って感想くらいしか出ないんですけど。


まあ、総じて言えるのは、この手の番組に出てくる子の家は一軒屋。
そして、まあとにかく「親が付き合ってる」。
つまりは親が付き合える、というそれなりの金銭的な部分、がしっかりしている、というのが見て取れる。

まあ、あたりまえなんだよな。
親がしっかりした考えを持ってないと、なかなか子どもに「自由に研究しろ」って言っても無理なのはハッキリしてて。

大人は簡単に「おまえの疑問に思うコトを調べればいいんだから」って思うかもしれないけど、子どもにとってこれは「学校の課題」であって、「学校の課題にあう疑問」というものをまず探さなければならないことから始まるわけで。
それが例えば「エコ」だったり、「金がかからない」だったり。
少なくとも、「ゲームの攻略」というのは、学校の課題としては似合わない。
いや、俺はイイと思うけど、自由なんだから。
でも、まあ「それは違うよな」って、まず子どもとしては排除する中身だわね。

例えば科学実験みたいなモノに気づく子ってのは、まずこの「探求心」とか「疑問に思う気持ち」ってのが、「育ってる」んだよね。
それって、やっぱ周りにいる大人、まあ親の姿勢が大きいのは当然で。

だって、「学校なんか行って勉強したって、結局足し算くらいしか役に立たねえよ」なんてマジメに言ってる親の元で育ったら、やっぱそういう「探求心」とか、社会に対して疑問に思う、って気持ちは育たない。
もう、目の前の「生きる」っていうことにしか人生が消費されないことになる。

「塾に行きなさい」とか「体育は受験に関係ないから見学しなさい」とか、まあそんなコト言ってる親の元でも育たないだろうなあ、その辺の子どもの疑問、とかって。
学校をバカにしたり、教師をバカにしたり、そういう親の元にいる子もだめかもしれない。


だからまあ、なんだかんだ、親の姿勢なんだよね。
大人の中で、身近にいるのは親なんだから。
親が社会を、どういう風に子どもに理解してほしいか、を考えて接してるか?というか。


ま、この自由研究、けっこう「親との共同作業」なんてまとめてる感じもあったりして、つまりは親のそうした「姿勢」を「ただす」ためにあるような気もしてきたんだけど。
でもまあ、多くの親はそこまで考える事もなく、夏休みだろうが毎日の自分のパートでタイヘンな思いをしてる、って感じじゃないかと推測するけれど。
そういうのは、まあ教育改革とか言ってるセンセー方とか、学校の先生にはわからないところかもしれません。
一緒にやってやりたくても、やる余裕がないんだって。
余裕がない、ってのが、その方達が考える「余裕がない」、じゃなくて、ガチなんだって。

結果として、まあ格差がね、どんどん開いていっちゃうわけですけど。


ま、それはそれとして。
この番組を見て、ものすごくオレが「怖かった」のはもう一つあって。

というのは、この番組、去年の自由研究だとか、過去のことをアレしてるから、出てくるのが中学生だったりするわけ。
「小学校の時、こんなことやった」って話になるから。

で、その子たちが、もうものすごくいい子で。
親との距離感がものすごく近い!

…ゴメン、ちょっと気持ち悪い…。


この親との距離感、実際、今はもう成人したけど、ウチの子とかも、なんか近かったというか、あまりリジェクトされた感じがない。
いや、まったくないわけじゃないけど、自分が子どもだったころの体感から比べると、かなりゼロに近いと言ってもいいんじゃないか。

これ、もう他の親子も同じで、まあよく親と一緒にサッカーやってたり、習い事やってたり、まあ普通になんかやってる、というか。
それがもう普通の風景じゃないですか。
その辺のグランドとかでよく見ますよ、そもそも。
サッカーの休憩時間に親のところに駆け寄って水飲んでたり。
ま、そういう「感じ」なんだろうな、子どもたちの社会が。


オレの小学校の時なんかは、もうなんか親と一緒だと恥ずかしかったし、親が子どもの集団に入ってくることに対しての警戒感がものすごくあったんだけど。
親とどっか行く、という経験が小学校のはじめくらいであとはないよな、とか思い出すんですけど。
両親とも働いていたし。

聞けば、今や大学に保護者用の窓口があるとか、いや、その保護者用の窓口があるかどうか、が入学生の数に影響するっていうんだから、驚く。
つまりは、なんか大学ですらオレの時代とはマッタク違うモノになってるというか。
大学ってのは、大人への入り口で、親から離れる儀式のようなモノだったなあ、と思うんだけど。
今やそういう感じではないのかもしれない。

ま、それもこれも、いろいろな社会情勢や、そうしたウブな学生につけ込むビジネスなんかが隆盛ですからね。
どうしても親が世話しなきゃ、になるのかもしれない。
大学側も「親がめんどう見てください」といいたいのかもしれない。


ま、実際のところはわからないんで、もう推測でしかないけど、なんかでも全体的に「幼稚」になってる感じはして。
それはオレが大人になったから、なのかもしれないけど、それをさっ引いても、なんか「親がめんどうみすぎじゃないだろうか」という。
あ、いや、間違った。
「めんどうみられすぎじゃない?君たち」って。




(BGM:佐藤奈々子「サブタレニアン二人ぼっち」fromYOUTUBE)
→いや、この吐息系?脱力系?がすげえのよ、歌い捨てていく感がすげえ。
曲もけっこう難解、というか、なんだこの展開。
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