プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 78
9 10 11 12 13 1415
16 17 18 19 20 2122
23 24 25 26 27 2829
30 31 - - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

イチマルたちに「友だち」はできないのか?


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


先日、ノブとカブキが加納さんと一緒に障害者が集まる感じのイベントに行ってきたらしく。
まあ、親の会がテントでなんか模擬店やったり、そんな感じの。
正直、親子セット感も強く、コンサートいってもとなりのトトロだったりするので、撃ちの連中にとってはあまり行きたい場所にはなってない。

行ったところで、昔の知り合いに話しかけられて、当惑するくらいが関の山である。
あ、昔の知り合い、と書いたけど、それは例えば養護学校時代の同級生、とか、前の作業所の人、とか、前の施設の人、とか。

いや、そういう人に会うのは、とても嬉しいことだ。
楽しいことだ。
例えば、俺だったら嬉しい。
久しぶりに想い出を語り、一杯飲みたいくらいだ。

しかし、彼らの場合は、ちょっと違ってくる。

こちらはまあ親と一緒じゃないにしても、向こうは必ず親と一緒。
例えば市丸と一緒であれば、「市丸のことを知ってる」という人が、まあ声をかけてくるけれど、それはたいがい「親子セット」で、親の方が一生懸命市丸に話しかける。
もしくは、「俺に」話しかける。

そして本人は、市丸のことを忘れてるのか、全く反応がない。
…みたいなことが多いのだ。

そして、その人たちが去って行った後、市丸に「あの人誰?」と聞けば、「前の作業所の友だち」とか言うが、いやいやいやいやいや、友だちの方はまったく反応してなかったじゃん。
ってか、一言も話してないじゃん。
その親が一生懸命おまえに何か言ってただけで、ってか、あの母親がおまえの友だちなの?ということになる。

これ、よくある。
最近の市丸は、この状況に当惑、するようになった。
でも、これ、彼らの世界ではあたりまえなの。
市丸も、前の作業所にいたときまでは、それがあたりまえだった。
それに疑問もなければ、当惑することもない。
「本人の前に親が出る」という状況。
それが「当然」のようにあるのよね。
つまり、彼らの人間関係は、つまり、「親同士」だったり、「親と市丸」だったりして、本人同士、ってのがないの。
それはもう「友だち」ではない。


カブキも、その会場で、前の作業所の友だちに会った、という。
「で、なんかしゃべったの?」と聞くと、「イヤ何も」と。
「でもお母さんと話したよ」と。

まあ、カブキはその作業所をやめているから、その親としては聞きたいこともあろう。
でもなあ、それは、友だちと会ってるわけじゃないし、いやいや、その前に、その作業所で「友だち関係」というのがあったのかどうか?という疑問にもなってくる。

にじ屋によく来る親子がいるんだけど、なんかその彼は実はカブキが前行っていた作業所の人らしい。
でも、平日の昼日中から親と来ているから、まあそんなに一生懸命作業所にも行ってないんだろう。
一言もしゃべらず、お母さんの後を下を向いてついているだけ。
生気というモノが感じられない。


こういうこと言うと、「だって、知的障害者なんだから。友だち関係とか無理でしょう」とか言う人がいる。
「だから、親同士がつながるしかない」という理屈なんだろうか。

でも、ウチの連中は、それでも、不器用でも、小3くらいの感じだけれど、必死に友だちと「つきあい」、時に「ケンカし」、時に「裏切ったり」、そうすると報復を受けたり、そんなことを毎日やっている。


先日、スリッパで卓球をやるとかいう企画があって、まあこれは毎年やってるんだけど、市丸が「応援に行きたい」と言いだし。
いや、そもそも市丸は応援なんか関係ない、家で一人でいたい、人なのである。
が、行きたい、と。

なんでそんなコト言ったんだろうね?とか話していたら、アキが「そういえば、去年かその前か、その卓球の応援に行くって言ってたのに、当日ドタキャンしてみんなに一週間くらい無視されたんだよね、市丸って」と。
そうそう、忘れてたけど、そんなことがあった。

ま、ドタキャンはよくない。
みんな迷惑するし。
で、まあ、出場した井上達の怒りもアリ、まあ、その時、いろいろ身勝手ないろいろもあったんだけど、そういうのの複合した感じで、そんな状況になったんだった。

忘れてた。

けど、市丸は覚えていたんだな。
で、「今回は行く」と、自ら言ったんだな。

ま、いいお灸だったんだな。


その時だけを見れば、確かに市丸はかわいそうだった。
毎日、泣きそうだった。
でも、それが、今生きてると考えたら、なんだか長い目で見たら、すげえよかったじゃん、って思ったり。

それがなんか、友だちのありようというか。
単純に割り切れるものじゃないし、長い年月をかけて互いが信頼し合える、ということもある。
信頼し合えるための行動を一つ積み重ねられる、ということもある。


まあ、「すぐに」何かはできない。
でも、必ず、「友だち」になれる「何か」は、彼らの中にもある。

俺は、経験的に、そう信じている。





(BGM:竹本孝之「とっておきの君」fromYOUTUBE)
→どうだったんだろうな、この人は。
テレ玉とかに今もでてますよね。
なんか今の方がかっこいい。
スポンサーサイト

<< 小池さんの「しがらみのない政治」って自虐ネタ? | ホーム | 国技を見るの巻 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP