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スーパーちんどん・さとう

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先日、にじ屋にクッキーやらを売りに来てくれてもいるカフェの、その娘さんがそのカフェで演劇をやるというので(説明がウザイな)、見に行ったのだが。

ま、カフェとかって場所をこうしたいろいろなアレで使うのはいいよな。
にじ屋もいろいろ使ってもらいたいところではあるが、にじ屋は大きな音が出せないのが弱点ね。
そう考えると、お笑いとかいいんじゃないですかね。
毎週やったりして、どっかで人気に火がついたりして、にじ屋から生まれたスター、みたいな。
で、新たににじ屋に記念館を設ける、みたいな。

どうなんですかね。
表現ってのは、やっぱ人に見てもらってナンボだと思うんだけど、まあ、もちろん表現者が、「必要とする場所」というか、「ここじゃやらない」「ここでやりたい」というのはあるからね。
その表現の中身によっていろいろでしょうから。

ま、いい人にいい場所が与えられて、イイ感じに表現がひろまるような形がいい、っていう、ごく普通の結論になるわけですけど。


ま、んでこの劇ですけど、まあ、劇ってのは「作り手向きの人」ってのと「演じる人」ってのは必ずしも一致しないのだな、というのをつくづく感じたわけですけど。
いや、脚本は悪くないと思うんですけど…、という。
ま、小作品、なおかつ旗揚げ公演みたいなことだったのでなんともわかりませんが。


この劇の中身が、「互いに忘れられるのが恐い」みたいな。
同時に、でも、「互いに知らない世界があるからこそ、互いに楽しい関係になるのではないか」みたいな。
なんかね、それらがいわゆる「ゼロにはならない」みたいなことだったりの、イイ感じで一つの結論に導かれていく感じで。
といって、なんか一言で書けないんですけど、イイ感じに結論に収斂していたんだけけども。


どうなんですかね。
友人関係とかってのは、まあ一時ものすごく一緒にいた時間があったとして、例えば学校とかで。
でも、卒業したりしたらだんだんその距離が空いていくのは当然で。
ま、距離が縮まるとしたらそれは結婚する、みたいなことになるのか。
たいがいの友人関係、知り合った関係というのは、ある点を頂点として、だんだん距離は空いていく。

と、いうのをいろいろな人と繰り返して、人生というのは進んでいくわけですね。
特定のAさん、という人だけをとりだせば、その距離感のグラフは時間軸を横軸とすると山を描くわけだけれど、自分と友だち、というグラフを書くとすると、いろいろな友だちの山が連続して現れる、みたいな。


時に、二つ目の山ができたりするような関係もあるでしょう。
「また同じ街に住むようになって」とか。
「またどこかで偶然出会って」とか。

友人、というのとは違うけど、俺はYちゃんという従兄弟と兄弟のように育っていて、近くにも住んでいて。
三歳くらいまで。
その後も小学校くらいまでは家を行き来していたんだけど、そのまま引っ越しとかもあってずっと会わない時期を40年ほど過ごし、再婚したときの結婚式でまた出会って、また仲良く行き来してるわけだけれど。

ま、これは、俺の再婚相手のアキの存在もあって、いわゆる、アキとYちゃんの関係、という新しい関係ができたことで、俺もなんかその中にはまりながら、の面もあるというか。

つまり、俺とA、俺とBという関係が、AとBという関係にも広がることがあって。
そうなってくると、「友だちの友だちは皆友だちだ」的な感じになっていくわけですが。
つまりはまあ、そうなってくると、なかなかもう「完全に距離が空いてしまう」というのは、逆に難しい。

そう考えると、「縁を切る」ってのは、すげえ根性決めないとできないことだよな、って話で。
だって、どっかはつながってるわけでしょ。
それも全部切る、ってのは、そもそも無理な話で。

だからまあ、縁を切ったり、顔を出しにくい場所、なんてのは作らない方がイイ。
そんなのは、逆に「面倒な人生」になっちゃう。


とはいえ、不義を繰り返す人もたくさんいるからね。
しかもそれを距離感が近い人がいさめない。
なんだかもう、義理も人情もあったもんじゃないな、って思うコトが最近あったので、なんかもう、情けないというか、でもまあ、そういう人はそういう人で集まって生きていけばいいわな。

ってか、自分さえよければいい人はさ、そういう人だけ集まってどっかで国つくってくらしてくれりゃいいんだけどな。
面倒見きれないよ。






(BGM:川路泰子「マリアのふるさと」fromYOUTUBE)
→「風と光とアベマリア~」
「せめて私の半分を愛してくれたら 逃げて~はこない 長崎へ~」
…意味がちょっとわからんな…。
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