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スーパーちんどん・さとう

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昨年、タイに行ったのは、息子に会うため、というわけでもない。
娘と出かけるため、でもない。
いや、それもそうなんだけど、そうじゃなくて、「そういう自分でありたい」というか、「そういう関係でありたい」と思ったからだな、と思う。

そもそも、俺はあまりプレゼント、とかも得意じゃない。
誕生日もそもそも忘れる。

きっと、子育てには向かないンだと思う。
というか、その時は必死だったけど、今、落ち着いてみて、そう思う。


社会は、子を産んだ母、特に母には厳しい。
子育てってのは、「できてあたりまえ、できなきゃ悪魔の親」くらいの感じなんですよ。
ま、母親だけじゃないですけど、とにかく「子を産んだんだから、しっかり親になれ」ってことなんでしょう。

でもまあ、毎日子どもに泣かれたら、そりゃノイローゼにもなる。
夜泣きがひどければ、そりゃつらい。
それでいて、「泣かすな!」「親なんだから何とかしろ!」なんて言われたりして。

いやいや、親だからって夜泣きが納められるんだったら、そもそも「夜泣き」なんて言葉はないんだよ。


親御さんに「しっかりしなさいよ」というのは、そう思う。
だから、励ましはしよう。
でも、まあ、だからって親を責めてもしょうがないんだよな。

俺も、もうなんか忘れちゃったけど、毎朝洗濯を二回くらい回して、盛大に干して、夜は一緒に寝てやったりして、その後、台所やったり。
メシも作ったり。
金もなかったから、なんかタイヘンだったな、って、「タイヘンだった」という感じは思い出すけど。
…でもなんかもう忘れたな。

そりゃね、洗濯物にも子どもにも「もういいかげんにしろ!」とか言いたくなります。

「一度もそんなこと思ったことないです」「子どもは天使ですから」みたいなことを言う人を、まあ俺は信じられないな。
というか、俺とは違う人間だろうな、だとしたら。


俺はさ、まあ、けっこうキャパが狭いから、すぐにもう飽和状態になっちゃうから。
盛大に洗濯物を干して後、雨など降ろうもんなら、もう一気にヘル気分。
世の中の全てを怨みたくもなった。

そうやって、世の中怨みたくなる時もあるのが子育てなんだよね。
自分の子も怨みたくなる時もあるわけ。
「もう泣き止め!」みたいな。


問題は、「この子が憎い!」と思ったときに、「ああ、こんなこと思っちゃダメだな」って思っちゃうことだろうな、って俺は思ってて。
思う、ばっかりの文章になっちゃったけど。

つまり、まあ「憎い、って思いますよ、うん」っていうね。
そういうことが前提にあったら、なんか、もっと楽なのにな、と。


なのに、なんか社会がベビーカーがダメだとか、保育園足りません、とか言うなよ、と思うわけ。

ダメじゃん、それ。

もうみんな追い詰められて、「いいお母さん」「イイお父さん」やってんだよ。
少なくとも、子どもの前では、必死になんかがんばってるんだって。

なのに、その仕打ちはなかろうて、って思う。


きっと、子育てを終えた人たちは、自分たちが苦労してきたことを、「あたりまえよ」「アナタも苦労しなさい」みたいに思って言ってるのかもしれないけど、いいじゃん、もう。
苦労を次の人たちに受け継ぐことないじゃん、って思うんだな。

少なくとも、だから、社会がもっとわかってやればいいんじゃないか、と。

「たいへんだよな」
「俺もそうだった、もう子どもも怨んだし、世の中も怨んだよ」って言ってやればイイのに。


俺はいい親ではなかったと思う。
実際、子どもが大きくなってからとはいえ、離婚もしたしね。

でも、俺は俺で幸せになろうと思ってるし、その姿を子に見せたいし、「ガマンしてお前たちのために耐えた人生だった」なんて言いたくなかったから。
苦労が過ぎると、人ってそういうこと言いたくなるじゃない。
それは避けたかった。

でもま、一生懸命考えた結果なんだよ。
離婚だけじゃなく、彼らが子どもだったときの毎日のことも、必死にやった結果。

ま、そんなことで。
何を書きたかったかわからなくなってきたので終わり。






(BGM:CP02「no·no·baby」fromYOUTUBE)
→なんじゃこりゃ。
束縛する男と奔放な女の台詞で構成されるテクノポップ。
ってか、台詞にも時折入るボーカルにもリズムがなければロックもない。
いや、こういう無機質がテクノなのかもしれない。
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