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スーパーちんどん・さとう

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「障害者がかわいそう」だけでは、本当にかわいそう


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ちょっと前かな。こんな記事がありました。
簡略にまとめると、こんなの。

とあるグループホームで、ある一人の女性に「わたしはうそつきだ」って名札を下げさせていた。
加えて、時間内に食事を食べなかったら、食べさせなくてイイ、とスタッフに指示していた。
そして、なんか職員配置も偽っていたようで、そういうこともあって、この施設は処分された。

みたいな内容でした。


これ、記事だけでは何ともその施設をどうこうってのは言えないんだけど、わかるにはわかるんです。
あ、職員配置を偽る、ってのはわからないけど、その前の二つ。

ただ、札を下げさせていたのは「まわりが迷惑するから」ということを施設は言ってるらしいけど、寝る時もつけさせていたとか、そういうこともあったようで、これはもう理由それじゃないよね?というのは現場的に思います。
これはまあ、もうそういうことじゃなく、見せしめというか、本人への怒りを札にぶつけてるわね。

この気持ちはわからなくもないんです。
毎日一緒にいると、確かにそういう感情は沸いてくる。


ツイートで、とある老人施設の職員が、「私はプロだから、入所者には怒らないが、身内だったら怒ってると思う」という、つまりは、身内が介護する、ということに関しての問題点を指摘していたんだけど、それもすげえなあ、と思ったんだけど。
プロだって、やっぱ腹が立つ時もあります。
要は、それを「どう出さないか」ってことであって。
怒りを感じなければ、まあ楽だろうなあ、と思います。


で、ここで書きたいのはそういうことじゃなく、この食事に関するルールなんですけど。
というか、彼らに(同時に我々に)課すルール、罰、についてです。

俺も、時に何度も同じことを繰り返してしまうコバに、「もうお前とは話せないな…」という風に、いわゆる「罰」を与えることがあります。
現実問題、俺と話せないというのは、俺が出かける時に一緒には行けないし、二三日でコバは本気で泣いてきます。

他にも、市丸がエロビデオ貸し出し(ネットにあるエロビデオは一日一本借りてイイという約束になっている。一日で返さなかったりするのはダメ)についても、DVDを割ってしまったことを言い出さず、適当なことを言っていたので、貸し出しを中止したこととかもありました。

でね、これら、例えば「話さない」という罰を与えるのは、「話せる状況、話をどう再開するか」、ということが、まずしっかりとアタマにないとできないんです。
すごくだから難しいんです。

ずっとその罰が継続する、ってのはあり得ない。
あったとして、話す、ということで言えば、一週間が限度。
こちらも限度だし、そこでなんかしらの「結論」を出さなきゃならない。
しかも、話せないので、他の専従の手を借りないと無理。
そこで、その「話さない」に入ったとたんに、我々はどう収束させるかをメールでやりとりして、みんなに協力してもらって収束させます。
それはまあ、演劇のような、ドラマを作っていくのに似ています。


ご飯を食べさせない、というのは、「ご飯を食べさせるためにどうするか」がセットになって、しかも、それが「完全に遂行される」ということでなければ、ダメなんだと思うんです。
そういう、こっちサイドも張り詰めた雰囲気の中でやれなければ、やっぱダメなんじゃないか?と。

正直、すげえめんどくさいんです。
「話さない」なんてことを一度決めちゃうのは、本気でメンドウ。
だから、「そうならないように」ってのが、まずある。
でも、そうなってしまった場合、それを取り返す方法を必死に考えなければならない。
そして、それが前提にないと「もう話せないな…」は言い出せない。


ルールってのは、決めるのは簡単かもしれない。
けど、いやいや、市丸たち相手だったら、決めるのタイヘンなんだよ、という話で。
できればやりたくない。

でも、「ちょっと目に余るから、考えなきゃならないか」みたいなことで、「次回同じことがあったら、やらざるを得ないかもしれません」みたいなことは内部で了承した上で、やっぱやるんだよね、こういうの。

じゃないと、意味がない。
ただ食べさせない、んじゃ、意味がない。

そのルールを決めた上で食べさせるために、どうしたらいいか?
という解決策がそもそもなければならない。
それがあってじゃなきゃ、それはイジメじゃん、って話で。


ま、この辺は、記事からだけではわかりません。
単純に「こうしたルールを作るのがいけない」ということでなく、そのバックにある壮大な「ドラマづくり」を通して、本当にソレが出来るようになる道があったのかどうか?ということを、論議すべきだよな、と思った、という話でした。


だって、世の中にはルールがあるんだから。
それを教えなければならない。
道で裸になっちゃいけない。
それをどう伝えるか?

単純にルールを作るのがいけない、障害者がかわいそうだ、という論議じゃなく、その先を考えなきゃ。
こういう部分を「障害者がかわいそうじゃないか」って怒ってるわりに、道で障害者が裸になっていたら怒る、即刻逮捕だ、という一部の世論ってのは、やっぱ納得いきませんし。


逆に言えば、些末なことでアレ、ルールを決めるというのは、いや、ものすごくメンドクサイ、そして大変なことである、ってことです。
少なくとも一週間後に、必ずそのルールを守らせられる、という確信をどうもてるか?という意味で。










(BGM:月島きらりstarring 久住小春「こんにちぱ」fromYOUTUBE)
→どうでもいいんだけどね。
なんの感情も沸いてきません。
というか、そんな音楽って逆にすげえよな、というか。
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