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スーパーちんどん・さとう

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子どもというのは、「かまわれるのがキライ」という認識でいます。
もちろん、ベタベタ甘えてくることはあるでしょうが、それはまあ「向こうから」であって、大人サイドから「かまってよい」ということとは違うのではないか?と。
つまり、距離感が適切にはかれているか?ってことなんだけど。

ウチの子が通っていた学童の先生が、「小学校中学年になったら、座ってるあぐらの中に子どもを座らせてみて、すぐに立ち上がって向こう行ったら正常」って言ってて、まあなんかすごく納得したことがあったんですが。
それでもべたべたする場合は、何か問題があるかもしれない。
例えば、学校でいじめられてるかもしれない、とか、まあもちろん、これはあくまでそういう「通説」というか、そういう類いであって、そこに某かの根拠というか、数字的な某かはないんでしょうけど、でも、これには経験的に大いにうなずけました。

保育園の保母を長いことしていたオフクロも、「子どもってのは、かまわれない方がいいんだから」とまあ、あたりまえのように言っていたことがあります。


この話を、そのままカイや市丸にスライドするには、多少の問題があって、やっぱカイは大人だから。
そしてまあ、障害の特性みたいなモノもないわけじゃない。
障害の特性よりも、なんか個々人の性格、親の性格、が勝ってる気がする今日この頃だけれど、まあ、そういう面もないわけじゃない。

でもまあ、なんか、基本的にこの「かまわれたくない」ってのはわかる気がするんです。
つまりは、適切な距離感、というか。


市丸なんかは、その距離感を計るのが難しいというか、けっこう「グイグイ入ってくるな、おい」と思ったら、「す~っと」すり抜けたりして、つまり、距離感がまったく読めてないというか、そういう物差しが彼の中にないんだな、って話なんですけど。

よくまあ、にじ屋のお客さんとか、素人の方、というか、普通の方は市丸にちょっかい出したり、まあいろいろするんだけど、市丸はそれに対しては迷惑。
でも、市丸が何かを聞くのは市丸は聞きたい。
といっても、まあ聞いてはいないんだけど。
でも表面上のそういうやりとりは好き。

つまり、「かまわれるのはイヤだが、かまうのは好き」という、距離感メチャクチャな感じになるわけです。
だから、なんか「付き合いにくい」ということになる。
子どもの頃にクラスにいたら、やっぱり浮きます。
だって、どう付き合ったらいいか、どういう距離感を持ったらいいかがよくわからないんだから。

ま、結果として、市丸は「何も言っては来ないが、自分が言ったら答えてくれる人」が好き。
自分のことは、とりあえずほっておいてほしい。
そこにグイグイ入っていくと、結局市丸はスッとすり抜けていく。


逆に言うと、俺なんかはもう「グイグイ入らざるを得ない毎日」だから、そもそも市丸は俺になにかを「言われたくない」んだよね。
でも、聞きたいことはいっぱいあるし、一緒にやってほしいこと(例えばどっかに行くとか)もいっぱいある。
ココ重要で、つまり、市丸としては「やむを得ない」という感じなんだよね。
やむを得ず、佐藤さんと付き合う、みたいな。

これはもう損得の話で、とてもなんか浅ましい感じがしますが、市丸の他人との距離感はそういう感じですね。
自分にトクがあるから、仕方なく佐藤さんと付き合っている、という。

それを忘れちゃって、こっちがちょっと踏み込んだりすると、逆切れを誘発したりする。
というか、それはまあ、意図的にやる場合もあるし、というか、そういうラインは一応わかってはいます。
時に感情的になりすぎて、そのラインを越えちゃったな、失敗したな、みたいなことを後で思ったり。


こう考えると、カイの場合なんかは、そもそも喋らないし、特に趣味もない…そういう感じだから、もう「トク」もなにもない、と考える事ができますから、基本もう「かまわないでほしい」んだよね。
自分からはかまってもらいに来るけれど、他人からは来るな、みたいな。
カイからは俺にチューを迫ってくるけど、ふざけて俺から行くと(行きたくはないが)嫌がったりね。

これ、まあ朝のマラソンとかでもそうなんだけど、適切な距離感、ってのがあって、間合いをつめればつめるほど、カイは逃げます。
だから、いい間合いで、イイ感じでマラソンができるのが一番いい。
その「距離感」ってのをつかむのは難しいけれど、でも、できないことじゃないと思う。


やっぱり、知的障害者に対して、って考えちゃうと、どうしても「なんかしてあげる」的な感じになりがちなんだけど、どっちかというと、「どうやってなんかしてあげないか」ってコトを考えた方が、なんか長続きするような気がする。

つまりはまあ、距離感、なんだけど。
「どうほっとくか?」
「どう適切に距離を開けるか?」
みたいな。




(BGM:青山ミチ「恋はスバヤク」fromYOUTUBE)
→「地震や火事なんかはへっちゃらだけど とってもガマンができないそれは寂しい気持ちで1人でぽつんと座ってならなきゃならない~」あたりのブレイクがカッコイイぞ、これ。
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