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スーパーちんどん・さとう

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人のため その1


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専従募集


ちょっと前にカズミがこんなことを言ってまして。

人は、やっぱり、他人の役に立たないと生きてる実感?みたいのがもてないんじゃないか?って思って。
この前実家に帰った時に、おばあちゃんが、まあちょっとボケてて。
やっと育ってきた庭の野菜をキレイにみんな刈っちゃったり、洋服とかもタンスにしまえなくなったり。
でも、まあどっか「ボケてしまった」ということはわかっているようで、「それ違うじゃない」なんて言われても、「そうかそうか」って、なんか反論するとか、キーキーするとかはまったくなくて。
それでも、家の中のいろいろなことをやろうとするんだけど、でも失敗しちゃって、怒られて…。
みたいな感じだったんだけど。
そしたら、ある晩に、もう台所も洗い物が終わって、そんな時に、おばあちゃんが一人でシンクをこすってたんですね。
聞いたら、「私がみんなにできることはこのくらいしかないから」って言ってて。
それを聞いた時に、やっぱりおばあちゃんも家の中のみんなの役に立ちたいんだよな、ってあたりまえのことを思ったんです。


…泣く。
思い出して書きながらまた泣いてしまったじゃないか。

いや、これ、そうだな、って思うんです。

老人ホームで、みんなで誕生会しましょう、誰かがなにか出し物をしてくれます、みたいのがありますけど。
…それも楽しいとは思います。
でも、「やってもらうばっかりで」というのは、どっかご本人たちに募っていってしまうのではないか、と。

自分がみんなのためにできることはないか、って、やっぱ人は考えるんじゃないか、と。


そんなことをまあ彼女の話を聞いて思ったんですけど。
彼女は、そのことを経て、機関紙にこんなことを書いていました。


 虹の会では、「できないことはできない。それぞれができることを頑張ろう」「自分のことより人のこと」ということを、みんなでよく言い合います。これらが、今の私にとってとても支えになっているということ。そして、これらは障害があろうがなかろうが社会の中で生きていく人間にとってとても重要なことなんじゃないかということ、そのふたつについて書こうと思います。

 私は鬱になって、できることが減りました。
 にじ屋で接客することが厳しくなりました。それから、朝から晩までカブキたちと一緒にいることが厳しくなりました。そのふたつができなくなったことは、専従である私にとってはとても大きな事です。
 専従としての役割は、カブキたちとどれだけ一緒にいられるか、というところに大きく寄っていると思うからです。
 では今何をやっているかというと、カブキたちがにじ屋へ向かった後の無人の事務所へ10時頃行き、品物の値段付けをします。それから他の人に比べて得意な機関紙編集を、多めに引き受けます。あと、わりと得意な、ビラやポスター作りをします。そして、カブキたちがにじ屋から戻ってくる前に、ひとりで帰ります。

 品物の値段付けや機関紙編集は、鬱になる前の私にとってはただの作業でした。でも今の私にとっては、他の専従がフリーになる時間を増やすためにやること、という感覚になりました。
 「やらねばならないこと」に追われて、カブキたちと向き合う時間が取れないまま1日が終わってしまうこと、それは実際以上の疲労感につながります。私自身が鬱になる前、そうでした。だから今は、他の専従たちにその時間が作れるよう、私は「やらねばならないこと」の方を片付けていこう、と思っています。

 「できないことはできない。それぞれができることを頑張ろう」。そう言い合う虹の会では、みんなと一緒にいることができなくなった私を、責めるような雰囲気はありません。じゃあ新田さんに「できること」をやってもらおう。
 私は今も、この場所で必要とされていることを感じられます。鬱になる前と後とで、その中身は変わったけれど。

 何をするか迷ったときは、「何をしたらみんなの役に立つだろう?」「何をしたらみんなが喜んでくれるだろう?」と考えます。それをしなければ、できることが減ってしまった私には、この場所にいることがとても心苦しいからです。
 「自分のことより人のこと」。それは今の私にとっては、自分がこの場所に気持ちよくいられるための術です。

 そしてこのことは、カブキたちもきっと同じだと思うのです。
 障害があっても気持ちよく社会の中で生きていけるためには、できないことに目を向けるよりも、その人に何ができるのかに目を向けること、そしてできないことが多いからといってお世話をしてもらうだけでなく、自分が誰かのためにできることはなんだろうかと考えること。お互いが必要としあっているのだということに気づくこと。必要としあうことで成り立つ集団、社会であるということに気づくこと。

 そして、私はこういうことを認識して言葉にすることができます。でも知的障害のあるカブキたちにはきっと難しい。だから私は、あなたにもできることがあるのだということ、あなたにも誰かの役に立てることがあるのだということ、それを彼らの目の前で現実のものにして見せてあげたい。そう思います。
 そうしたら彼らは、障害があっても、もっともっとこの社会のなかで気持ちよく立っていられるのではないでしょうか。


続きます






(BGM:西川きよし「子供が三人おりますねん」fromYOUTUBE)
→子どもが三人、子どもが三人…、という冒頭のコーラスが素晴らしい。
というか、なんでこのレコードを企画したのか、ということですよね、そこがなんとも不可解。
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