プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - -
- - - - 1 23
4 5 6 7 8 910
11 12 13 14 15 1617
18 19 20 21 22 2324
25 26 27 28 29 30 -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

ごめんね


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


専従募集


おそらく、自分は何も変わってないんだけど、昔いた人たちにしてみたらずいぶん変わって見えるんだろう。
そりゃそうだ。
枝葉は生まれかわる。
そう考えると、枝葉しか見せられなかったんだな、と後悔する。

三十年もこんなコトをやっていたら、行きすぎた人もたくさんいる。
悲しい別れになった人も多いし、その後も細々とつながってる人もいる。

時30年前というのは、バブルが弾けそうな時で、基本、今に比べりゃ、景気は隔世の感がある。
夜中まで人は元気だったし、ちょっとがんばればみんな正社員で就職もできた。

しかし、当時、とにかくこの仕事には金が来なかった。
だから、給料がなかった。
バザーの売上げで給料を払う、なんてことが現実だった。

世の中が好景気であっても、オレたちにその恩恵はなかった。

といっても、世の中が好景気であったから、ポンと200万の入った封筒をもらったこともあった。
そういう意味では、救ってくれる人もいた。

オレたちは、そんな中で、「自分たちは必死だ」「自分たちは苦労している」ということを、どうしても旗印にしがちだった。
そこに自分の存在意義を見いだしていた。

今になって考えれば、そんなのはクソだ。
健体者の苦労の上になんか、障害者が「あたりまえに」生活なんかできるはずがない。

でも、それは、心酔しやすかった。
だから、そういう思いを共有する人が集まって、とりあえずなんとか毎日は回っていった。

こちらは捨て身の野武士だから。
行政交渉も怖いモノなんかなかった。
策なんか労しないで、ただ、「要求が通らないなら帰らない」と開き直った。

その結果、今の浦和市がある。
というか、今はさいたま市。
そうやって、当時的には介助料が全国トップレベルにまで上がって、ある程度の金額の給料が払えるようになった。

けどね、その時から、おそらく、やっぱりその「がんばってることを存在意義」にしちゃいけなかったんだよね。
転換すべきだってことを、みんなで共有できなかった。

簡単に言うと、自分の犠牲の上に誰かが幸せになる、なんてことは、映画ならともかく、日常的にはありえないんだよ。
しかも、生きていて、一緒に活動していたらなおさら。

しかも、時代は不景気に一気に突入。
俺の給料は、一般の企業に非正規で出向してる人をぬいてもいた。
そんな状況で、「自分が犠牲なんだ!」なんて思いは、ちゃんちゃら現実的じゃなかった。
こうなると、その感情に心酔していた人はなんとか「自分を追い詰めよう」としてしまう。

それじゃダメだったんだよ。

俺はそのアタリで、いやその前から、それを回避する方に舵を取りたかった。
けどね、一度「雰囲気」としてできあがったモノを変えるのは、そりゃ時間もかかる。
そんな中で、ずっと一緒だった近しい人ともよくぶつかった。
彼らの存在意義を否定するつもりはない俺の言葉は、やっぱりでも否定でしかなかった。
そんな人たちは専従を辞めたりもした。

何が大切か、というと、「結局、しょうがねえんだ」「できることしかできないんだ」ということで。
一番最初、本当に専従が二人で給料5万円(月給です念為)だったりしたときは、確かにそういう感じではあったんだけど。
弱小すぎて。

しかし、人が増えると、そのぶん、できることは確実に増えてしまう。
葉っぱが一気に広がった、というか。
増えてしまう、ってのもおかしいけど、上を目指す、やれることを増やす、目指して目指して、って部分だけが新しく職員になった彼らに課されてしまったように思う。
大事なのは、「ダメだったら、笑って次!次!」って言うことだし、そこが一番大事だったのに。
その、前半部分だけしか、きっとその当時の若い子には伝わらなかったんだな。
いや、自分がそういう雰囲気をまとっていたのだと思う。

それを戻す作業を、この10年くらいやっていた気がする。
それは、自分がしでかしたことだから、自分がしなくちゃ、と思ってきた。

ま、先日、懐かしい人、複数人と会ったり、いろいろやりとりしたりして、「あ、俺は伝えられてなかったな」と改めて思ったんだよね。
この人は、まだあの時のママだ、というか…。
枝葉も生えかわっていない、というか…。
申し訳なかったな、というか、なんだろう。
複雑な思いだった。

同時にカズミがなんかちょっと書いてくれていたのが嬉しくて(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4457.html)、まあ、ちょっと思ったというか。

自分は幸せになってもいい。
幸せになるべきだ。
だから、俺は今、幸せだと思うコトは、表現しようと思ってる。
でも、彼らは、幸せを、自分がおそらく意識しないところで回避しちゃってるのかな、とか、ちょっと思ったり。
彼らからみたら、今の「幸せそうな俺」なんかは、どうにもうまくはまらないのかもしれない。

自分が悪いのはもう悪いんだけど、時代もあった。
今の全体が沈んでる不況の中では、「俺が不幸を背負って」なんて口が裂けても言えないもん。
いまだにそこから抜けきれない他の職員や関係者の人たちをみたりすると、ちょっと「時代を読み違えてるよ」って思ったりもする。
タイプが古い。
…振り返ってそう考えると、まあ、当時はいろいろな団体、そういう人が多かったような気もする。

…って怒られるな。
俺なんかと同じにしてごめんなさい。
先に謝る。







(BGM:「ヘドラマーチ」fromYOUTUBE)
→ゴジラの挿入歌なのかな。
ものすごく明るい曲調と明るい声で、「みなごろし~」「海も魚も全滅だ~全滅だ~」って言われちゃうと、もう敬服するしかないですな。
これはイイ。
スポンサーサイト

<< ぎゃはははははははは ★ 映画 「ランペイジ」 | ホーム | 唯一無二の表現者 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP