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スーパーちんどん・さとう

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「ちょっとの雨ならがまん」
見てきました。

1980年代くらいのジャパニーズハードコアパンク界隈を撮ったドキュメンタリー。
当時、確かに上映とかされていたのは覚えているけど、見には行ってなかった。

30年以上の時を経て公開されたのは嬉しい限りである。

この情報を得た時、まあ心が躍りました。
なんだろう、あの頃のざらついたライブハウスの雰囲気にまた会えるという期待感。

最近のパンクは、どっかフレンドリーになって、当時のあの「怖かった」感じはあまり感じない。
まあ、でもサウンドは素晴らしいし、のれる。
逆に言えば、すごくなんかパッケージングされた感じも感じたりする。

とはいえ、それでもやっぱ当時の面影を残すバンドも多く、それを見に行くのはとても楽しみだし、50になった今でも見に行ったりする。
ラフィンなんかはとにかく今でも情報をいちいち調べて都合が合う限り見に行っている。

ハードコアが独立独歩というか、バンドが徒党を組むなんてコトがあり得ない感じだった頃、俺の中でのパンクは始まった。
そして時はPOWの発刊だったり、キャプテンの台頭なんかがあって、だんだんと様相を変えていく。

今考えれば、資本によらないインディー音楽に、資本が流入してきたってことなんだな。
パンクはそもそもDO IT YOURSELFという精神が基本で(という論にもいろいろと反論もあるだろうけど)、資本に対抗する勢力だったわけだけれど、そこに資本が入ってきたらそりゃ様相は変わる。

まあ、必然ではあったんだと思う。
ハードコアがいくら反戦だの言ったところで世の中は変わらない。
それに、ライブハウスで暴れてる連中に反戦言われたところで…、みたいなことは世の中側からしてみればあるわけで。
だからまあ、バンド側が横のつながりで社会の中で存在感を求めていったのは当然だろう。
同時に、音楽で喰っていくには、やっぱり金は必要だ。

根っ子は拡がっていき、凄味のないかわいい男の子なんかがライブハウスに来るようになって、でもまあ、俺は千葉だったんだけど、音が鳴り始めるとその連中は、昔の「怖かった時代」の残党たちに首根っこ捕まれてほおり出されたりもしてた。

そういうのを見て育ってきたので、今のライブハウスはとてもまあ、居心地がいい。
当時はとにかく凄味をまとわなきゃならなかったし、背伸びをしてでも周りをにらんでなきゃいけないというか。
それをしなくても、まあ今は見に行ける。

イイ時代にはなったんだと思う。
誰でもパンクを楽しめる。
けど、ロックンロールが市民権を得て古くなっていったように、パンクもそういうジャンルの死に向かっているのかもしれない、とも言える。
それはどっか俺の中では悲しいことではある。

衝撃は、時を経て薄れる。
ディスチャージのWHYも、今や古典になってしまった感もある。
ピストルズも、今の若い子には古いのかもしれない。

衝撃を衝撃として残していくには、裾野が拡がってしまってはだめなんだよね。
でも方やパンクが拡がっていくことにも未来を見いだしていたわけで。
だって、素晴らしいと思う音楽が多くの人に聴かれるようになるのはやっぱり嬉しい。
その相反する気持ちは半々あるんだよね。

今はきっとラップだったり、ミクスチャーなんかが出てきて、そっちが衝撃だったりするのかもしれない。
それはまあ聞いていればわかる。
確かに音は衝撃だ。
けど、そのライブに足繁く通ったわけではないから、現場としてその「衝撃」には出会っていない。

俺の中では、ハードコアが衝撃で、音楽の初期衝動。
ま、たまたまその現場にいたから。
あの頃のハードコアパンク。

そのフィルムに出会えるというのだから、心が躍らないわけがない。

で、改めて当時を俯瞰して見て、結局ですね、ハードコアは「俺の方が目立ってる」「俺の方がすごい」という目立ちたい精神の塊だったのかもしれない、と。
「おまえらついてこれないだろう?」という感じ、というか。
そういう各々の生き方とか、生き様とかが衝撃になった、というか。
そりゃそうだよな。

ま、今思えば、そういう感じだったのかもしれない。
もっとカッコいい音楽を、もっとカッコいいパンクを、もっと過激に、もっとカッコいい、いや、強いバンドに、みたいな。
そりゃ、いつの世も同じだ。

そして、それが俺にはかっこよかった。
単純で、ガキみたいだけど、でも、かっこよかったんだよね。

まあ、当時から、「ケンカが強いバンドがかっこいい」ってのはどうなんだ?みたいな論議はあった。
パンクの有りよう、というか。
ハードコアパンクのオムニバスのジャケットをめぐって、アウトサイダー論争、なんてのもあった。
でも、俺はなんかそういう「より過激に」って部分、キライじゃなかった。
そんなに難しく考えなくてもいいじゃん、みたいな気持ちもあった。

それに好き嫌いは各々だし、聞きたくない人は聞かなきゃいいんだし、って。
俺は、これが好きなんだ、というか。
で、それでいいんだよね、パンクって、とか。
個人個人のアレじゃん、というか。
自分に正直にアレ、自分の思いに正直に生きろ、というか。
パンクを広げようとかの策を弄するのはジャンルを殺してしまう、というか。
今でもそれは思ってるけど。


このフィルムには、ゲットザグローリーを歌うSAKEVIさんがうつってる。
チャーミーさんがギターを弾いている。
融和の方向に向かっている時代だ。
ハードコアが芽生えた時から見ると、様相を変え始めた頃の映像だな、という感じ。

これはこれでひじょうに資料的価値が高いし、感激もするけれど、一方で、このちょっと前には、ゲットザグローリーをSAKEVIさんが歌うなんてのはあり得ない、という風に見えた時代もあったということも、ちょっと思い出した。
そのざらつき感は、このフィルムに映し出される以上のモノだった、とも。

そして今、改めてCLAYを思い出して聞いている。
すげえかっこよかったな、と。








(BGM:アイドルス「夕日よ燃えろ」fromYOUTUBE)
→なんていうか、表層に出てきていたGSって、確かにエレキサウンドってことなんだろうけど、一方で、どっか昭和歌謡曲の歌唱を残してるところがミソだよな、って思うんだけど。
つまり、バックがエレキサウンドで、ただ、きちんとした歌唱が乗っかってる、というか。
正直、このタキシード着た感じの歌唱は今のロックから考えると聴いてられないところはあります。
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