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スーパーちんどん・さとう

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それでも悩みは続く ★ 「聲の形」


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「聲の形」ってのをアキとテレビで見たんだけど。

24TVの裏でやっていたらしいアニメ映画。
耳の聞こえない子をヒロインに据えたドラマ。

主人公は男の子で、小学校の時、耳の聞こえない女の子、西宮をいじめてた。
が、西宮は転校、今度は主人公の男の子がいじめられることになる。

そんなことがあって、で、この話は、その後、彼らが高校生になってからの物語。
高校で主人公は西宮をいじめていた過去、その後いじめられていた過去から逃れられず、一人カラにこもる。
学校に行っても話す人はいない、誰が話している声も聞こえない。
独りぼっち。
「俺なんか死んだ方がいい」「いらない人間だ」という思いを強くしていく。

で、まあ西宮に一言謝りたいというのか、謝るとも違うんだけど、とにかく一度会おうとする、みたいな。
そこからまあ西宮と主人公の恋愛ドラマが始まります。

まあ、自分をいじめてたヤツを好きになるかどうか?という意見はあろうかと思いますが、これ、やっぱ耳が聞こえない、という事情もあるような気がする。
つまり、彼女にとっては、「自分にとって何もない人」が結局いじめてる人なんだわな。
イジメを、関わってくれる、という意味でとらえたら、どうなんだろう。
って、まあけっこうひどくいじめてるし、イジメをそうやって肯定するのはよくないですけど。

とまあ、そんな流れの中、これが重要なんだけど、主人公の後ろの席に座ってた男の子がとある事件をきっかけに主人公の「親友」になる。
同時に、西宮の妹もあらわれて、言葉少なな主人公と西宮の距離は縮まっていきます。


これ、まあヒロインが耳が聞こえない、という設定にする必要があったかどうか、ちょっと疑問はあります。
「他人の声が聞こえない」みたいな、独りぼっちの世界、みたいなのを表現するために必要だったのかしら。

確かにこの話、都合はいいと思います。
主人公に都合がいいというか、いじめてた側にとって都合がいいというか。
そもそも、いじめられてた女の子がいじめてた子を好きになっちゃうんだから。

とはいえ、これ、完全な形で決着する話じゃなくて、明確にハッピーエンドでもないんだよな。
「これからの人生も悩み悩みやっていきます」みたいな宣言でしかなく、登場人物誰もが完全に「変わった」みたいなこともない。
それぞれの思いを抱えて、苦しい中、生きていかなきゃいけない、みたいな。


ま、高校生ですからね。
正直、この恋がそのまま続いていくとも思わない。
思えない、んじゃなくて、思わない。

逆に、大いに恋をして、大いにまた破れ、悩みながら生き抜いて欲しい。
主人公も、西宮も。

ま、そんなお話。
ちょっと否定的に書いたかもしれないけど、いや、ちょっと泣いたし、感情移入しちゃって、ものすごくはらはらもした。


で、この「思い悩む高校生」みたいな設定。
独りぼっちで、休み時間も自分の席に突っ伏している、みたいな。
このタイプ、よく映画には出てきます。
そして、主役だったり、重要な役回りだったりする。

「まわりとあわない」というのは、確かに主役級の、ひとかどの人物という気はします。
まわりにあわせてわーわー言ってるのは、脇役でしかないんですから。
それは映画だけじゃなくて、人生においても。

俺は学校をそんなにイヤだと思ったことがないので、この「突っ伏している気持ち」はよくわからない。
というか、憧れるところもある。
でも、それはそれで生きるには苦しいんだよな、ということもわかる。

人は、特別でありたい、でも、普通でありたい。
集団を動かしたい、でも、イジメを傍観してる側でもいたい。
自分が矢面に立つのはごめん。

…つまり、人は都合がいいんだよね。
どれをも兼ね備えている人などいない。
思いは矛盾してるんだから。

突っ伏してる人は、突っ伏してない人を幸せなんだと錯覚し、自分を不幸だと思い込む。
突っ伏してるヤツを「確固たる自分の世界を持ってるヤツだ」と憧れ、流されて多勢の中の一人であることにいらだちを持つヤツが突っ伏してるヤツをいじめる。

共通しているのは「自分は不幸である」「自分の今に満足していない」という点だ。


子どもの時はそういう思いがまた強い。
なにせ、仕事がない。
考える時間が山ほどある。
自分とはナニモノか、自分はこのままでいいのか、そして毎日ボッと見ているテレビからは理想の人生像が流れてくる。
そして、これから大人になる過程で、「自分はナニモノにもなれる」と思える時間が、少なくとも大人に比べて、ある。

結局、人間はないものねだりなのかもしれない。
自分にないものを欲する。
今の自分じゃない立場になりたい。

だから常に人生の悩みは解決はしない。

でも、そういうもんなんだよね。
違う立場になったとしても、それでもやっぱり悩みは続く。

だから、どういう自分でいたいか、ってことだろうな。
いろいろな悩みやあこがれや、不幸はともかく、どういう自分でありたいか。
どういう不幸を背負って、どういう人間になりたいか。
どういう悩みを背負って、どういう人間になりたいか。









(BGM:ザ・タックスマン「恋よ恋よ恋よ」fromYOUTUBE)
→タックスマン、カップリングが「恋の片道切符」。
なかなかに、当時を表していると思います。
しかしなあ、タックスマン、って税務署員みたいなことだろ…。
それはどうか…。
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