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テレビは「千に一つの正解」を映さない


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先日、工藤さんちで「ほんとうにあった怖い話」を見たんだけど。

ま、地上波でやってましたやつです。
稲垣吾郎さんが出てます。
イワコデジマとか言ってるアレですね。

この番組、長寿番組と言ってイイかと思いますが、昔やってたと思うんだけど「霊に取り憑かれた人の霊を祓う」とかって部分がなくなって、全部再現ドラマになって、よくなりましたね。

正直、「霊に取り憑かれた人」ってのをやっぱテレビには出しちゃダメだと思うんです。
なぜなら、やっぱそれは「取り憑かれてないから」ですね。
いや、取り憑かれてないかどうかは証明ができないんですが、正直、そうじゃない人の方が多いと思われ。

つまりですね、藁にもすがる思いでテレビに出演する、って人はやっぱいないですよ。
できれば隠したい。
表には出たくない、という部分の正気を保ってる人じゃないと、やっぱテレビには出しちゃいけないと思うんだな。
で、まあそういう人は出ない、ということなので、やっぱテレビには出しちゃダメだと思う。

テレビって、やっぱ「正解の装置」なんですよ。
「テレビでやってたんだからいいことなんだ」とか。
「テレビでやってたから本当なんだ」とか。

だから、霊に取り憑かれてない人が「霊に取り憑かれた」って信じ込んでテレビに出たとしたら、(もちろん、自薦ではなく、恐らく他薦、つまり霊能者とかのプッシュとか、テレビ局側の「絵になる」って人を選んでいるんだろうけど。つまりその「憑かれた」って人自身が悪いわけでもないんだけど)それが、「霊に取り憑かれることがあるんだ」という「正解」を流布してることになってしまう。

といって、「この人は霊に取り憑かれてません」と霊能者が言ったところで、それは霊能者を正解にしているわけですから、もう出さない方がいいんです。

ま、オカルト好きな俺ですから、憑かれることがない、とか、霊がいない、とは思わないんですが、霊はテレビと相容れないのではないか、と。


でもまあ、再現ドラマはやってるわけで、どうなんだ?という気はしますが、まああれはまだ役者さんがやってる以上、「ドラマ」として見るコトができます。
「んなわけないじゃん」と突っ込める。
実際にあったかどうかは別として、そういう風に見るコトができる。

恐怖におののいている本人を前に、「んなわけないじゃん」とはやっぱ言えないけど、それを台本でやってる役者にはそれが言えるじゃないですか。

ので、まあセーフかな、というか、「オカルトを楽しむ」ということにはなるかな、と思ったりするわけです。

そう考えると、オカルトを楽しむ文化、ってのは、かなり民度が高くないと難しい、って話で、「狐憑きとはなんだったのか」、「開かずの間とはなんだったのか」「魔女狩りってなんだったのか」とかそういう知識がやっぱ多少必要になります。


オウム事件の時に、この手のオカルト番組は一掃されました。
「信じ込んじゃう若者がいる」というのが理由ですね。
テレビはそもそも「正解を指し示す装置ではない」ということを、テレビ側が自ら証明してるような流れだったんだけど、そこで、「オカルト番組は視聴率がとれるから、霊がいるかどうかわからないけどとりあえず合成の心霊写真ってわかってても、なんでもやっちゃってます」って言えばよかったのに、そこを明確にせず「やらない」という選択で済ませてしまった。

このことは、改めて霊の存在を認めるようなことになってしまったとも言えるのよね。


あのね、オカルトは本気で信じ込んじゃったら負け。
本気で楽しむモノだから。
とか言うと、本気で霊障に悩んでいる人もいる、とか言われそうですけど、いやいや、霊障以外の要因をまずきちんと考えませんか?という。

いや、でも、本気で「これはなんなんだ?」というものもありますよ(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-3806.html)。
生き人形とか。
ま、それも、それら本や語りがきちんと事実を綴っていれば、という前提ですけど。

そういうのは、おそらく千に一つはあるんだと思います。


だから、全否定はしたくないんですが、少なくともテレビでやってる某は、おそらくその千のうちの999の方のような気がします。
なぜなら、生き人形の例があるように、テレビでやれば、そのテレビに障りが起こるから。
そこには、テレビマンは手を出しませんよ。
テレビマンにも恋人とかパートナーとか、大切な人がいたりもするんですから。


霊能者って人たちも、人生相談だと思えば、かなりの部分、それで解決はすると思うんです。
つまりそれはもう霊に憑かれてはいないんですが、「霊に憑かれている」と信じ込んでる部分を溶かしてやればいい、ってことであって。

でも、「これは先祖の霊です」みたいなことを言えちゃう感じがオレにはよくわからないけど。
本気でそうなのか、もしくはそれも霊能者自身が「その人に霊が憑いていると信じている」だけかもしれない。
そうなれば、その霊能者の「信じてる」は誰が溶かすのか?って話になってしまいます。

故中岡先生のように、「これは1856年に死んだ江戸に住んでいたタエさんの霊です」とかマデ言ってくれると、それはそれでもうオカルトコントとして成立するんですが、取りようによってはどうとでもとれるコトを言われると、人は逆に信じてしまったりします。

もっと言えば、本気で霊能者で、ホントに霊が見えるのなら、やっぱテレビには出ないと思いますね。
そんなの出ちゃったら、日常生活に支障が出ますよ。
そこの部分の正気を保ってる、というか、テレビに出なくても正常?に日常をおくってる人ならまあ出てもいいんでしょうが、でもそういう人はだから、出ない、ということになります。


ま、んなわけで、この番組はそれらドラマを真に受けるでもなく、吾郎さんが「イイ感じで」受け流してたりするんで、すげえ「テレビの人だな」、って思うんですけど。
あの程度で流してもらわないと、信じちゃう人が出てきますね。
同時に、子役の子たちが、すげえ現場監督のキューで泣いてる感じもよく出ていて、それはまた、「これ、ガチじゃないじゃん」というのを逆に表現してますね。
この辺、この番組がオウムを経てのテレビの時代に復活し、生き残ってきた要因かと思います。


さて、で、この番組を久しぶりに見て、霊能者の人が出てきますが、その人、昔はもっと優しそうな顔してたと思うんだけど、表情が狐になってるじゃん…。

それが、ほんとうにあった一番怖い話だな、と思いました。







(BGM:ザ・ライオンズ「すてきなエルザ」fromYOUTUBE)
→「好きなんだ~(好き!)」「とてもエルザが(エルザ!)」
という、この()の合いの手が秀逸。
やけっぱちにも聞こえる。
けどもね、これ、逆になんかすげえネイクドでカッコいいかも、と思えてきた。
そう聞くと、この時代のGSにあって、演奏もけっこうラフなんじゃないかと。
コーラスもかなり音程苦しいところもあるし。
逆にいいよね、こういうの。
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