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スーパーちんどん・さとう

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「生き生きしてますよね」を考察する


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実は、昨日アップした「生き生きしてますよね」の原稿は、真夏にたまたま見学に来た人がいて、そのあたりに書いたものだったんですけど、その後、数ヶ月間、いろいろ考えた末、ちょっとこんなことを思った、というコトを書きます。


時に「私たちは幸せなんです!」とか言われて引いちゃう時があります。
「どう見てもちょっと…」というか。

男が浮気してるのをしっかりまわりは知ってるカップル?が、いくら「私たち幸せなの」と言っても、やっぱそれは違うよなあ…、とか思っちゃう。
DVなんかも、そういう構造だったりしますね。

「私たちは幸せなんです」ってのは、どっか鍵をかけてドア閉めちゃう感じの言葉で、それ以上の言葉を外からかけられなくなる。
もうちょっとまっすぐ考えてごらんなさいな…、とか思うんだけど、それでもその「幸せだから」で話は終わっちゃう。
きっと思考がそこで止まっているんだと思うんだけど。

何か言えば、「なんで私たちの幸せを壊すんだ!」って怒られるし、いやいやいや…、って思うけど、もうそうなると何も言えません。


まあ、幸せ、なんてのは抽象的な、そして主観的な言葉だから、本人がそう思ってるんだからイイじゃん、ということにはなるんだけど。
逆にまあ、「幸せだから」って言葉で自分をまとめてるんだと思うんだけど。
そう思い込んで、何をか放棄している、みたいな。

ま、いいんですよ。
それでも自分が壊れたり、ぶたれたりしなければ。
いろいろな幸せな形があってもいいから。


でも、仲間がそういう状況に置かれてしまったりすると、ちょっとどうしよう…、って気持ちになります。

ま、専門的には依存、とかって言葉になるんでしょうけど。
依存したっていいんだとは思うんですけどね。
依存自体が悪いとかってことでもないような気がするし。
要は程度の問題というか、依存の先の問題というか。


そう考えた時に、なんか「あの人たちは幸せに見える」ってのが、すげえ実は「幸せ」の的を得てるんではないか?ということに思い至りまして。
他人が「君は幸せそうだね」みたいなことってのが、実は幸せの正体ではないか?という。

主観的な「幸せ」は、実は客観的なモノなんじゃないか?みたいな。


ま、それでも例えばわかりやすくカップルとかで言えば「仮面夫婦」みたいな言葉もありますから、一概には言えませんが、でも、他人が「幸せそう」と思うコトがまず幸せと言うことの条件ではないか?という気がしまして。


そう考えた時に、前に市丸たち内の連中が生き生きしてるって言ってくれる人がけっこういます、ってのを昨日アップしました(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4562.html)けど、まあつまりもしかしたら市丸たちはけっこう幸せなのかもしれない、と思ったんですね。

その時の原稿には「そんなに生き生きしてないよ」って書きましたけど、でもよく考えたら確かに好き勝手やってるし、笑ってるし、帰りたがらない、というコトで言えば、どう考えても外から見れば「幸せ」なのかもしれない。
言葉を換えれば「生き生きしてる」のかもしれない。

外の人たちがそう言ってくれるのは、なんか、実はとてもすごいことなんじゃないか、と思ったりしたんです。


確かに、知的障害者、作業所、施設、なんて言葉から連想されるのは、どっか暗い感じの知的障害者本人。
弟の行き場所を探して、そういうところをずいぶん探していろいろ訪ねていったオグラの姉に言わせると、「ここ(虹の会)はみんな生きてる顔をしてる」ってことになる。
「他はみんな死んだ顔してた」と。

実際にそうかどうかはそれこそ主観だけれど、彼女にしてみたら、ココの人たちは「幸せ」に見えたんだろうし、前の原稿に書いたようにそう言ってくれる人は多い。
ウチに手伝いに来てくれて、他にも行ってみたら、もうそこには行く気がしない、という人もいる。
みんな楽しそうじゃないから、マイナスをもらって帰る感じになっちゃうから、と。
ちんどんの練習だって、「本番より表情が見えて楽しいですよ」って言うカメラマンすらいる。


そう考えると、「生き生きしてないじゃん」とか書いちゃったけど、でもそうじゃなくて、そう「見えている」ってことが実は重要なのではないか?と。
オレたちはもう中の人だから、そうは思えないこともありますし、「もっともっと」って欲もある。

でも、外から見た人がまずそう言ってくれる、ってのは、実はとても誇らしいことなのかもしれない、と。











(BGM:チコとビーグルス「帰り道は遠かった」fromYOUTUBE)
→GSとピンの女性歌手を混ぜてみましょう、みたいな感じなんだろうか。
「帰り道は遠かった 来た道よりも遠かった」って歌詞が冒頭なんだけど、これ、なんかすげえいいフレーズだなあ…。
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