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花びら実験


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ここのところで、親戚、そして前に虹の会をずいぶん助けてくれた方の葬儀が続けてあって。
とても悲しいことですが、いつかは人は死ぬワケなので、順番通りだった場合は、もうご冥福をお祈りするばかりなんですが。

まあ、葬儀社なんかどこでも同じだろう、という人もいるかと思いますが、けっこうこれが違いますね。
もちろん、ご遺族の意向もあるんだと思いますが、故人の思い出を思いっきり展示するようなアレもあれば、そうでもないところもある。
ただ一つ言えるのは、「狭い葬儀場だけはやめとけ」ということですね。

もう、狭苦しいのはちょっとやっぱダメだね。
やっぱ、葬儀となるとご老人が参列することも多いわけで、車いすだったり、杖ついていたり、みたいなことが多くなります。
それって、けっこう「スペース」さえあれば何とかなっちゃうことが多いんだけど、それがないともうどうしようもないです。
式場の二階とお見送りの一階の移動が多すぎる、とかね。
やりようがないし、どんなに係の人が手伝うったって、もう係の人が多すぎて狭くなるわ!みたいな。

てなことで、今後そういったこともアタマに入れて生きていかなきゃいけないな、と思った次第なんですが。


で、まあ、葬儀に出るといつも思うコトがあって。
というのは、「死後の世界はあるのか」みたいなことですよね。

…って、あれ?オレだけか?

まあ、「霊は存在するのか否か」みたいなことって、もうずっと論議の的ですよ。
ホットな話題ですね。
たいがい、この辺は一家言ある人がいたりしますから、飲み会でこの話題は、出しようによっては正解な場合があります。
ま、失敗する方が多い気がしますが。

たいがいは、「霊などいないだろ。死んだら終わりだよ」って意見ね。
でも、一方で、疑似科学だったりいろいろなことがありますし、宗教もあったりするので、「いや、死んでも人は生き続ける!」なんて禅問答みたいなことを言い出す人もいる。
しかも、まったくこれ、結論が出ませんから、平行線で終わる。
そう考えると、飲み会の話題としてはけっこうイイと思うんですけど。


で、まあちょっと考えるんですよね。
お坊さんの読経の間に、祭壇を見ながら。

こんなことですね。
「これ、死んだとして、幽霊になったとしよう。
その場合、この葬式の場面は見てるよな。
だって、自分が死んでるんだし、誰が来てるか知りたいもんな。」
「いやいや、だったら、じゃああの花びら一つだけでいいから、動かしてみたらどうだろうか」
「オレはまだここにいるよ、ということの証明として、花を動かす、ってのを誰かやってみる人はいないんだろうか?」

みたいな。


でも、そこでまた疑問が湧くわけです。

死んで霊になるとして、だとしたら、その霊の世界はこっちの世界と交流ができるんだろうか?と。
霊の世界は霊の世界で、もう霊になっちゃったから、「初めまして」とか「日本で死にました○○です。よろしくお願いします」とか、そういうアレで忙しいんじゃないか?みたいなことですね。
だから、もうコッチの世界の花がどうしたとか、そういうのはもう興味がなくなっちゃうし、いや、もしかしたら遮断されている?ということも考えられる。

いや、遮断されてる、と考えると、今、この我々が(というかオレが)「コッチの世界」と呼んでいるこの世界が、もしかして「どっかの死後の世界」ということも考えられなくはないんだよね。

いや、そう考えると、もうどうにも結論でないというか、いやいやいや、面白い話になってきましたけど、それはまたちょっと行き過ぎなので、今やってるお通夜じゃなくて明日の葬儀の時に考えるとして。


だから、まあ、死後の世界はある、と仮定したとしても、二つあって、
①コッチの世界と死後の世界はつながってない。
②死後の世界は、コッチの世界のことが見える。
という2つ。

臨死体験をしたという人が自分が寝ている病室のベットを俯瞰して見ていた、みたいな話がありますが、それはまあ結局生きているので、死んでない、と考えると、①も充分に考えられるわけですよね。

で、まあ①だった場合は、もうしょうがない。
コッチの世界では霊の存在を証明しようがない。

なんで、あくまで②ですね。
②の場合、いわゆる、我々が(オレが)云う「幽霊を見た!」みたいな感じとかもコッチに入ると思いますが、つまりは、こっちも時々それを見ちゃったりする、みたいな。
どっか「つながってる世界」「重なってる世界」だった場合、だから、「死んだら花を揺らす」ってのを、やっぱみんなやるべきなんじゃないか、と。

これ、誰かがやって成功したら、それはもう「霊はいる」しかも、「コッチの世界とつながってる部分がある」ということまで証明できちゃうわけでしょ。
でも、これ、なかなかやった人という例を聞かない。

ま、確かにここでもまたいくつか考えられる仮定はあって。
「霊になった場合、コッチの世界のことは見ているが、物理的な現象を起こすことまではできないのでは?」というね。
だから、花びら一つ動かせない、と。

…いや、これはけっこう辛いですね。
たかが花びらですよ。
それも動かせない。
手を伸ばせど、スカーッと花びらを通り過ぎちゃう、みたいな。
フーフー必死に息を吹きかけても花びらが動かない、みたいな。
これはもう、地獄ですねこうなってくると。
逆に、この世界のことは見えない方がイイ、ということになります。

だからまあ、その「花びら実験」が失敗、つまり動かなかったとして、それは霊の存在を否定することにはならないんですけど。


もう一つ考えなきゃいけないのは、実際霊になってみたら、「花びらは無理だけど、人の背中はかゆくすることができる!」みたいなことに気づく、みたいなこともあるかもしれない、ってことですね。
「ああー、こんなことなら花びら動かすなんて言わないで、お前の背中をかゆくする!って言えばよかったー。ほら、お前、今背中かいてるじゃん、ああー失敗した!」とかね。

霊というのは、電磁波というか、電気とか、そういうのに影響があるんではないか?みたいなことも言われたり言われなかったりするので、例えばお坊さんのマイクを一瞬切る、みたいなこととかね。
「ああー、花びらなんて言わないで、マイク切るって言っておけばよかったー!」みたいな。

ただこうなってくると、ターゲットが絞れないので、本当に電気系統での事故、例えば誰かがコードを踏んだ、みたいな偶然もあり得るので、こっちとしては「何か起こったら霊がいることにする」ということには成りにくいんですね。
「偶然待ち」みたいになっちゃう。

それは、なんか証明にはならないですね。
だからやっぱ、花びら、とか決めとかないとダメだと思うんですけど。
で、「花びらがやっぱ5人ダメだったから、次、死んだ人はマイクね」、みたいな、そういう壮大な社会実験をしてみたら、これ、いつか霊の存在ははっきりするんじゃないか、と思ったり思わなかったり。
やっぱ、霊の存在は社会の大きな興味関心だと思いますから(オレだけなんだろうか)、みんなで力を合わせて、例えばさいたま市で取り組もう、みたいなことをやったら、なんか解明に近づく気がするんですけど。


ただまあ問題は、なんか不謹慎なんだよね。
死にそうな人にそんなこと言ってる場合じゃないし、「もしあなたが死んだら」って、今死にそうな人になかなか言えない、という。


というか、そもそも霊がいる前提ですけどね。

ま、幽霊というのは、人間だけが作り出したモノだ、って話もあります。
同じ「命」を持つ動物にはその概念はないんじゃないか?という。
つまり、知力が発達して想像力が豊かになった人間は、やっぱ「死が怖い」となる。
なんで、その「恐怖」を乗り越えるために、「死んでも幽霊になって生きる?んだ」というのが、幽霊の原型じゃないか?という論ですね。

確かに、誰か近しい人が死んで悲しい。
とても悲しいから、例えば偶然に物音がしたとして、「あ、アノ人がまだここで見ててくれるんだ」って思って、なんか安心する、心の支えにする、みたいなね。
ま、これはもう物音だけじゃなくて、全てにそういう「解釈」が成り立ちますから。
それはそれでね、なんかオレはイイ話だな、と思うんだけど。

つまりはまあ、幽霊ってのは、「今、生きてる人のためのもの」なのかもしれないな、とは思ったり。
葬儀に参加しながら、そんなことを考えていたら、「実際には、幽霊がいてもいなくてもいいのかもしれないな」という結論に達してしまいました。


でも、花びら実験はしてみたい。






告知1

単独700

(BGM:Tan Dun「Africa, Africa」from「2000TODAY」)
→現代音楽というか、クラシックの方なんですね。
この曲は、ワールドミュージックであり、どっかディズニーで通用するくらいのポップさも兼ね備えている。
こういうの作れるってすごいなあ。
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