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スーパーちんどん・さとう

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先日、マキタスポーツさんの「オトネタ」を見に行ってきましたけれども。
まあ、マキタスポーツさんといえば、知る人ぞ知る、みたいなカルト芸人っぽかったと思うんだけど、最近は映画だとかにもずいぶん出ていて、もうメジャーな方になりました。

この人の芸風はなんだろう、きっと俺にピッタリくる、ということなんだけど、いかんとも形容しがたいところがあります。
流行の音楽をバラして、その作者の「雰囲気」で曲を作っちゃう、みたいなところもなんか俺、けっこう普段やってるなあ、とか思ったり。
最近の流行歌にも精通しているところはちょっと俺と違って勉強家だな、と偉そうに思ったりもしました。

独演会なので、まあテレビだったらメンドクサイ一言もいくつもあったと思います。
最近薬物で捕まった人のこととか、まあなかなか言えないんだろうなあ、とか。
でもまあ、そういうので爆笑はくる。
客はそういうのに飢えているんだよな、というのがよくわかる。

最近人気のバンドの曲に、それをぶち壊すような童謡をのっけちゃう、とか。
まあ、これは放送上どうこうというより、そのバンドに対する部分になるわけですが、バンドが認めてくれればやれるんだろうけど。

テレビのバラエティは、テレ玉でやってるのと、時間が合えばなんでも鑑定団は見ますけど、あとはウチではほとんど見ない。
なので、どういう状況になってるかわかりませんが、かなり面白くなくなっているんだろうな、というのは、ツイッターとかから流れてくる情報でわかります。

というのは、お笑いというのは、タブーに切り込まなかったら面白くないんですよね。
ものすごく流行ってるものとかを茶化すから面白い。
先のバンドの歌+童謡、というのも、そのバンドが売れているから面白いんであって、無名のバンドの曲をやったところで面白くも何ともない。

巨大なモノに、世捨て人のような芸人が切り込むから面白い。
茶化すから面白い。
大衆演芸というか、そういうものがそこから産まれるわけです。

流行ってもいない、その辺の人を茶化したって面白くもない。
それは、見てる側、大衆が茶化されてることになっちゃうから、見てる側は笑えない。
茶化す相手が巨大だからこそ面白い。
いつもだったら、頭を下げなきゃいけないような相手を茶化してくれるから面白いわけです。
つまりはまあ、演芸ってのは、大衆のガス抜きとも言えるというか。

逆に言うと、その演芸が「規制」されるというのは、その巨大なモノが「恐怖なもの」に変わる、ということを示しています。
例えば、先のバンドでもいいですが、そのバンドが「俺たちの歌を茶化すのはまかり成らん。そんな奴とは共演しない」などと言い始めたら、それはもう「恐怖」ですね。
その演題をやることは、かなりの勇気が必要になってきます。

ま、同じように政権を茶化すのも同じなんですけど。
政権が「茶化すのはまかり成らん」というのはもちろん、一部の狂信的な政権信者が「そんなこと言うんじゃない!」などと警棒でも振り回そうモンなら、それはもうナチスですね。

こういう演芸は、本来だからテレビでやれるべきなんです。
「テレビではちょっと…」というのは、もう政権への忖度、狂信的な政権信者にひれ伏している状況ですから、それはもう「恐怖政治」なんですよね。
今もう、そういう状況だってコトだと思います。

少なくとも、テレビからは排除されているのは事実で、その翌日に松元ヒロさんの「ひとり立ち」という独演会を見に行ったんですけど、彼のネタはテレビでは「やれない」ということになってしまっている。
それは、政権に対する批判をするから、ということですが、でも、聞いてみればちゃんとネタになってるんですよね。
べつに、なんでそんなに忖度するのか、テレビが恐怖にひれ伏していることがよくわかるわけですが。

でもまあ、それをステージで見れるわけだから、その恐怖はまだテレビ界隈で止まっている、とは言えるのかもしれません。
そのうち、「松元ヒロさんには貸しません」という劇場が出てきた時、…いや、もうその時は遅いんでしょうね。
後戻りができないところまでいってしまっているということでしょう。

先ほど、「巨大なモノに切り込むから面白い」と書いたけど、だから、芸人自身が巨大になっちゃった時が真価が問われるんだろうね。
自分が師匠になって、テレビで毎日見る人になった時、いきなり面白くなくなる人っている。
昔は抜群に面白かったのに、今やもうコメンテーターみたいに座ってるだけで、巨大なモノに切り込むでもなく、弱いものを叩いて笑ってるような人もいます。
俺は昔大ファンだった関西のコンビにものすごく幻滅してるんだけど、それはたぶん、そういうことだな。
若かったあの時は冠番組の中できちんとフジテレビのことも攻撃してたじゃないか…、有り体な料理番組とかを茶化してたじゃん、とか思うと、もう彼らはテレビという巨大な箱に取り込まれちゃったんだな、と。
で、そこからもうその上にある巨大な何かにはたてつかなくなっちゃった。
というか、彼ら自身が「権力」だから。
芸人じゃなくなっちゃったね。
若い頃は「歳とってコメンテーターになるくらいだったらやめる」とか言ってたのに。
もう一回コント番組作ればいいと思うけど、もう面白くないだろうな、とも思う。


ま、そんなことで。
話変えますけど。

この二人とも、もちろん芸風も違いますし、スタンスも違うし、ご自身の年齢も、客の年齢層というのも違う。
けど、どっちもまあ「メジャー」と言ってイイと思います。
テレビではその真価を発揮できない芸人かもしれないが、「知ってる人」はちゃんと知ってるよ、みたいな。

で、この二人の独演会を見て思ったんだけど、とにかく「お客さんを置いていかない」んですね。

「わかる人にはわかる」というネタは、もちろん独演会に来るお客さん相手だからみんな「わかる」。
けど、わからない人にもわかることをちゃんとやるんだよ。

例えば、マキタさんがステージの端から端に走り回る演目があったんだけど、ちゃんと「ハアハア」言うわけ。
まあ、「大変なんですよこのネタ」というコント55号の時からある「記号」ですけど、そういうのもちゃんとやるんだよね。
そこで笑わせたいんじゃないわけだけど、でも、ちゃんとやる。

そういうところがやっぱ二人はメジャーだな、と思った。
ここができるかどうか、なんだよな。

なるべく俺もステージではわかりやすいネタをぶち込む方針ではいるんです。
ネタ曲、というか、曲間にネタをぶち込む前提の曲もなくはない。
そういうのをきっちりやっていくことって大事だよな、と改めて思いました。


そういえば、「テレビに出れない芸人」みたいなドキュメンタリーがこの日のヒロさんを追っていたんですが、地方局のテレビの企画らしいですけど。
まあそれ自体が矛盾してますが、そのテレビの人にカメラ向けられて話聞かれましたけど、来年とかまで追うそうで、放映は遠いかと思いますし、もちろん使われない気がしますが(しどろもどろになっちゃったから)、その番組もちょっと楽しみですね。
どういう仕上げになるんだろう。
九州の方のテレビ局みたいです。






(BGM:Mario Castro Neves「Bye Bye Blackbird」from「Cafe Siesta」)
→シエスタ、といえば、スペイン語ですか。
午後の昼寝のことでしょうか。
いいですよね。
昼寝大事。
この元曲も好きですが、ブラックバードってのは、不安の種、みたいな意味みたいですね。
不安の種にバイバイして、カフェでお昼寝、オーケー人生事もなし。
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