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スーパーちんどん・さとう

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「タノシカッタ」ではなく、表情で


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表情が物語る、ということがあります。
いくら「楽しかったです」と言ったところで、表情が真っ暗だったら全然それは説得力を持たないわけで。

よく他の作業所から来たばかりの連中、他の作業所の連中が来たりしますが、最後に感想を聞くとかならず「楽しかったです」と言います。
ま、これは感想が出ない彼らに対して、親や教師なんかが教えた処世術だと思います。
つまり、「楽しかった」ということ自体がなにかわかってないのかもしれないけど、とりあえず「タノシカッタ」と発音する、という「決まり」ですね。

ま、感想というのはそもそも抽象的で内面的で主観的で、そんなものを言葉にするのはなおさら難しい。
だから、まあ「楽しかった」ということを言っておけばまあ間違いはあるまい、相手を不快にすることもなかろう、というのは間違ってないと思います。

ただ、まあウチの場合は基本「楽しかった」は禁句になっています。
感想を求められて、楽しかった、は禁句。
とはいえ、まあ「昨日のプロレス楽しかったですね!」みたいな彼らからの自発的な会話はもちろんあります。
それはおそらく彼らから出た言葉だと思うので、それはそれでいいんです。
ただ、なんかあるじゃないですか、イベントの最後とかに感想を言う、みたいな流れ。
そこでの「楽しかったです」は、「別の言葉で言ってごらん」という風に言っています。

まかりなりにもイベントに参加したという一日を、機械的な「楽しかったです」で誤魔化してしまうのではなく、できれば他の言葉を探してほしい、と思うからです。

といっても、もちろんそもそもモトミ先輩やカイなんかに何かをしゃべらせること自体が難しいわけですから、それはそれでイイと思うんですけど。
でも、彼らの場合、言葉はなくても「表情があるじゃないか」と思うのです。
いや、言葉のない彼らだけじゃなく、他の連中、認識が高いと言われている井上だったりも「表情が物語ることもあるじゃないか」と思います。

そういう表情を通して、我々は「あ、これはコイツは理解できてないな」とか、「別の言い方をしないとわかってもらえないかな」と思うワケです。


注意や、例えば社会のルールを教える時に、それは「言えばいい」ということではなく、実際にそれを守ってもらわないと困るわけですね。
例えば、出かけるのだったらお金を持っていかなきゃ行けないし、その金額だってちゃんと必要分を持たなければならない。
人と待ち合わせをしたら、遅れてはいけない。
遅れそうなら電話する、とか。
もっと言うと、「人を噛んじゃダメ」とか。

先の「タノシカッタデス」という発音と同じことを我々がしてしまっては話が進まない。
これは「言いましたからね」というアリバイではないわけです。
もっと言うと、こちらがそれを「言ったんですが、わかってもらえてないことを私がわかってませんでした」というのだって、俺はなり立たないと思います。
それはこれで金をもらってるプロの仕事ではないと思うからです。

が、実際は、「わかってないな」とは思っても、どうしたらわかってもらえるか?の手立てがなかなかみつからないことの方が多いわけですが。
でも、それを探し続ける、というのが仕事なワケです。
完全に理解させられるわけがない。
理解させられるんだとしたら、彼らは別に障害者でも何でもないじゃん、とか思います。


とまあ、そんなことを考えると、「表情」ってのはいかに大事か、というのはわかってもらえるかと思います。

トークイベントの時にも言いましたけど、俺は基本SNSとかにも写真を上げます。
もちろん、それがプライバシー云々とか言う人もいるでしょうが、今、障害者への理解を進めなきゃいけない、という途上にあって、しかも相模原のような事件があって、我々がすべきことを俺はやっていることをしていると思います。

会長の工藤さんがここで一人暮らしをはじめた頃は、それは珍しい話でした。
だから、取材もあったし、見せてくれ、という話もありました。
プライバシーの問題もあるわけですけど、でも彼は「今、見せないでどうする?全部見せるよ」と言っていました。
じゃなければ、何も世の中変わらない、と。
つまり、先人として、今すべきことはプライバシーだから生活を撮らないでくれ、じゃなくて、どんどん出すことなんだと。
それが、次の人につながるんだ、と。

実際、彼がいたところからはたくさんの人が一人暮らしをはじめたわけだけれど。


我々は大きな歴史の中にいて、数十年前に座敷牢だった頃とは隔世の感がある。
さて、これからの数十年先をどう描くか。
我々は死んだ後かもしれないが、そこで我々と同じ誰かが、どう生活しているか。
それをしっかり描けなければ、「障害者運動」なんて言葉を使ってはいけないと思う。


ま、そんなわけで、俺は彼らの表情をどんどん出していこうと思っています。
「タノシカッタデス」ではなく、彼らの表情で、なにかを感じ取ってください、と思うから。

この道70年近い佐藤先生が我々の写真を見て、「こういう表情ってのは、しろって言って出るもんじゃないんだよね。普段がこうだから、撮れる」と言ってくれて、とてもうれしかったんだけど。

それに、俺は自慢なんだよね。
ツイッターで大阪の写真もあげたけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4824.html)、表情がよかったら、やっぱ自慢したいんだよ。

ウチは、毎日、みんなイイ顔してる、って。
この気持ちは抗しがたい。

もし、俺のような仕事をしてる人で、そう思わない人がいたら、それはそういう表情が撮れてないのかもしれない。
それは、佐藤先生の言葉を引けば、普段がどうですか?普段が充実していますか?という、我々への挑戦状なのだ、と理解すべきだと俺は思います。

そういう意味で、我々だってまだまだゼンゼンだな、と思うこともたくさんあるんです。
でも、やっぱだからこそ、撮れたらうれしいんだよね。









(BGM:Ahh ! Folly Jet「I am a Child」from「MIRROR BALL SONGS」)
→ニールヤングのトリビュートなんだな。
しかも、なんかオシャレっぽく仕上がっている。
まあ、いいのか、これはこれで。
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