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スーパーちんどん・さとう

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「保護者」という言い方をやめませんか?


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機関紙5月号にカズミが書いた文章を転載します。
機関紙はにじ屋で配布しています。
あと、遠方の方には連絡くれれば送ります。


「保護者」という言い方をやめませんか?
~『敵は誰か?』監査から見た障害者福祉の社会的考察 第2回 『敵は親?』~

【「保護者」であれという圧力】
 何年も前のことですが、にじ屋で一緒に働いていたH(当時20代半ば)が親の意向で虹の会を辞めさせられていきました。Hは、虹の会にいたかったのです。にじ屋のみんなと一緒に働いて遊びたかったのです。でも、彼の親はそれが気に入りませんでした。
 市のワーカーも入った面談で、Hは「虹の会がいい」という意味の「○」を紙に書きました。緊張して、怖くて、でも勇気を出して書いた「○」。しかし、それでも親は辞めさせるという意見を変えませんでした。ワーカーまでもが、「お母さんもう少し考えた方がいい、本人がこう言っている」と言いましたが、結果は本人より親(保護者)の意見が通ってしまったのです。
 「家にいたら出てこられなくなっちゃうから、虹の会に泊まりたい」などと度々SOSを出していたHの思いは、日本の慣習に潰されてしまいました。
 
 障害をもつ子の親御さんは、障害者への理解がまだまだ不十分なこの社会の中で、大変な思いをしながらお子さんを育ててこられたと思います。「おまえが産んだんだ、おまえが一生めんどうをみろ」。そんなあからさまな言葉で言う人は、現在は少ないのかもしれませんが、でもそれとたいして変わらない圧力を、周囲からずっと受けてきたのではないでしょうか。そんな中にいる親御さんは、やがて本当にそう思い始め、子どもが成人しても自分から進んで子どもの「保護者」であろうとする。それが、今、日本の多くの障害児の親の姿ではないかと思うのです。

 「障害があっても、成人したら親の保護から抜け、ひとりの市民として地域で生活できるべきだ」。虹の会はそう考えるので、虹の会に来る人の親御さんには、一番最初に「今後は来ないでください」ということをお願いします。親との日常的な接触はありません。連絡帳はもちろん存在しません。親による送迎もありません。体調が悪くなったからといって親に迎えに来てもらうなどということもありません。親の、にじ屋への品物提供もダメ。にじ屋での買い物もダメ。
 「でもいつもお世話になってるから…」いやいや、あなたはもう「保護者」じゃないのです。障害をもたない子が勤める会社に、普段「お世話になります」って挨拶に行くのですか?


【成人しても親子のセット】
 ミツは学生時代、よく一緒にいる子がいたそうです。でもミツ曰く「オレは、あの子とはべつに友だちじゃない。お母さんどうしが仲がいいだけなんだ」。
 それと似た光景を、日常の中で目にすることがあります。
 お好み焼き屋さんで談笑するふたりの女性。…と、その隣に障害があると思われる女性。たぶん娘さんでしょう。彼女は空中に向かってずっと独り言を言っている。この「彼女」が子どもならまだ違和感のない光景ですが、その彼女は明らかに成人でした。
 毎日毎日、親が「めんどうをみている」から、親の友だちづきあいにも連れて行かざるを得ない。成人しても親の手元に置かれている障害者。


【親の話はあえて聞かない】
 作業所や施設に入所するとき、事業所側は親に「生育歴」を聞くそうです。あと、クセとかこだわりとか?好きな食べ物とか?…あまり詳しくは知りませんが…、そのようなことを、虹の会ではあえて聞きません。これから本人と付き合っていく上で、先入観となって邪魔になると思うからです(発作や服薬、アレルギー等、健康や命に関わるようなことは聞きます)。
 あとから聞いたところによると、カイは、野菜は大嫌いで食べない人だったんだそうです。でもこちらはそんなことは知らないので、特別なことはせずみんなと一緒に食卓を囲ませます。そうしたら野菜の汁物も食べるし、サラダも普通に食べていました。
 また、学校では絶対に体操着に着替えようとしないので、なんと体育の時間はずっと見学だったというカイ。こちらでは朝、仕事前に運動をしていますが、これまたみんなと一緒にやっていたら、なんの躊躇もなくみんなと同じように着替えています。
 「この子のことは私が一番よく知っている」と考える親御さんも多いでしょうが、意外とそうでもないかもしれませんよ。
 また、こちらも、どうやってもうまくいかないとなったら、親御さんに頼ることもあると思います。でも、まだそこまでの事態になったことはありません。


【親には親の人生を】
 最初は実家から通っていたイチマル。数年後に実家を出て、虹の会の近くに家を借りてこちらで生活するようになりました。
 実家にいた頃は、1日のテレビ番組を全部録画するというこだわりがあり、仕事が終わって帰ったらそれを全て確認していたそうです。録画できていないと爆発的にパニックを起こして大暴れ。そんな強固なこだわりがあったから、息子が家に帰ってこない日が来るなんて想像できなかったと、親御さんは言います。
 でも現在のイチマルは、実家のことも親のことも普段はすっかり忘れて(笑)生活しています。お盆やお正月に帰省しても、数日帰省する予定だったのに、2日目には「浦和に戻ろうかなあ…」なんてつぶやくそうです。
 あるときイチマルの実家の方のお祭りにみんなで遊びに行ったら、親とばったり…ということがありました。「せっかくだからこれからお母さんとも一緒に呑もうか?」なんていう話の流れになると、イチマル「オレ帰ろうかなあ…」。
 「普通」の反応ですよね。職場の人と親と一緒に呑むなんて、なんだか照れくさくて居心地が悪くてしかたがありません。
 そんな息子を見て、きっとお母さんは喜んでいるだろうと思います。障害のあるこの子のことは、一生自分が背負わなければいけないと思っていた。この子を自分の人生の生きがいにしなければ、自分は生きていけないと思っていた。
 でも息子は今、障害のない兄弟と同じように親から独立して彼自身の仲間と一緒に生きている。
 子どもが成人したら、親御さんには親御さんの人生を歩んでもらいたいと思っています。自分の友だちと、自分の趣味に時間を使い、連泊する旅行にだって行ってほしい。


【「保護者」という言い方をやめたら…】
 今回のさいたま市による監査において、「自主点検表」内で、次のような設問がありました。
 「地域及び家庭との結びつきを重視した運営を行い、市、障害者福祉サービス事業者等との連携に努めているか。(保護者会等)」。
 「保護者」。この言葉に私たちは驚きました。
 「保護者」という言葉は、それを聞いた人に、「障害者は成人しても自分で自分のことを決められない人たちなのだ、子どもと同じなのだ」ということを簡単に連想させます。これは、さいたま市も掲げる「ノーマライゼーション条例」の信念に反するものではないのでしょうか?障害があるからということを理由に、成人しても子どもとして扱い続けることは、人権侵害にあたると言ってもいいと思います。
 社会が、子どもが成人しているのに親のことを「保護者」だと言い続けたら、親は一生子どもを手放すことはできません。子どもはひとりの市民として自立することはできません。それを、さいたま市は後押しするということでしょうか。
 もう、幼稚園児ではないのです。困ったことがあったら一緒にいる仲間に相談し、助けたり助けられたりしながら問題を解決していけばいいと思います。作業所職員など周りにいる人間は、それをフォローする努力をするべきだと思います。子どもの頃と同じように、すぐ親に責任を押しつけるのではなく。ひとりの成人した人間なのですから。

 言葉には力があります。
 「保護者」という言葉が、成人した障害者の人生やその親の人生を縛っているなどと、言っている方は気づいていなくても、「保護者」「保護者」「保護者」と言い続けることがその圧力を発揮してしまいます。
 今の日本の仕組みや慣習を変えるために、まずは「親=保護者」という言い方をやめませんか?
 障害があってもそうでない人と同じように、親から独立して生きていける社会をめざして、子どもが成人したら、「親=保護者」という言い方をやめませんか?
 やめたら、ではなんと呼びますか?親?家族?
 「保護する人」ではないのだとしたら、何を求めますか?あるいはあえて求めませんか?
 「保護者」という言い方をやめるだけで、いろいろなことを考え始めることができると思います。そして、それはきっと、障害があってもない人と同じように生きていける社会をつくる、ひとつの鍵になると思うのです。










(BGM:クリスタルキング「大都会」from「NEW MUSIC BEST COLLECTION 6」)
→好きでしたね。
小学生だったと思うけど、ドーナツ盤を買ってもらった覚えがあります。
この高音じゃない人の正体不明な感じとか、今考えるとけっこうスナック臭もあります。
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