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スーパーちんどん・さとう

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先日、小沢遼子さん、室井佑月さん、戦慄かなのさんによるトークイベントに行ってきまして。
まあ、アキが行こうというので、あまり前情報なく行ったんですけど。
チャリティーイベントとのことで、収益やカンパなどはそのまま寄付するみたいな感じのイベントでした。
とはいえ、単発とかじゃなく、連続イベントとしてこれからもやっていくみたい。

ま、メンバーが好きな人ばかりなので、というか戦慄さんは知りませんでしたが、小沢遼子さん、室井佑月さんとくれば、まあ間違いはないです。
面白かったです。

こういう風に名の知れた人が、地下のライブハウスでトークをやる、そしてその収益を寄付する、というのは、なんかいい。
前に原爆オナニーズのライブでも寄付を募っていたけど、基本、信用できる感じがする。
「どっかに寄付が消える」みたいなことがないような気がする。
ま、これは印象ですけど。
でも、間違いないと思います。

だって、そもそも、戦慄さんはわからないけど、お二方は確かにギャラとかそういうことじゃないんだろう、と思うのです。
自分の知名度でもって、多くの人に協力してもらいたい、みたいなことなんでしょ。

いや、これは「知名度の使い方」として、すげえかっこいいよな、と思うのです。
しかも、「自由に喋れる場所」というのを確保する、という意味でも重要なんだろうなあ、とか。
それは小沢さんも最後の方で言ってましたけど、やっぱなかなか「好き勝手にしゃべる」ことができなくなっていくんだろうな、知名度と反比例して。

俺ら一般人は、どこでなにを喋ろうがどうでもいいわけですが、テレビで、新聞記事で、というところで活躍している人は、そこのフィルターがかかるわけで。
それは、影響力が大きくなればなるほどきつくなっていくのだろう。

例えば、やっぱ議員とか首相とかになったら、そりゃ好き勝手喋っちゃう、みたいな、居酒屋の与太話じゃないんだから、そういうのはやっぱ本来ダメなんだよね。
影響力ありますから。
「戦争やんなきゃしょうがないじゃないですか」なんてのは、居酒屋で俺らが話してる分にはいいですけど、議員が公の場所で言っちゃダメなんだよね。

今の議員は好き勝手喋る、みたいな、それが「本音でいい」みたいな風潮がありますが、だとしたら、政権批判も「本音でいい」とならなきゃおかしいんですが、今のメディアは政権批判は自主規制するが、芸人が首相を訪ねるのは別にかまわない、みたいな感じになっていて。
まあ、つまり「批判つぶし」なんで、本音でも何でもないんですけどね。

この議員が「本音という批判つぶしをする」という流れは、橋下さんから始まったように思うんですけど、維新なんかはそのままそれやってるわけだけど、ありがたがるのはどうでしょうかね。
ちょっと俺には議員として品がなさ過ぎるように思います。

そんな中、テレビやラジオで活躍する小沢さんが言ってましたけど、二十数年ラジオをやっていたのに、急に打ちきりになった、と。
それはモリカケの件をやったから、というコトらしいんだけど、彼女にしてみたら「これまでだって、ずっとそんなことは話してた。けど、今回こういうことになった」と言っていて、なんか、いよいよ政権によるメディア統制がのっぴきならないところまで来てることを痛感しました。

こうなると、メディアに出てる人は、「政治を語れない」んじゃなくて、「政権批判」ができなくなるわけです。
これはまあゆゆしき事態で、その「雰囲気」を作りだしたのは、いわゆる石原節とか、麻生節とか言って、放言を見過ごしてきた我々にも責任の一端はあるように思います。
「本音を言ってなにが悪い」というのは、確かに正論のような気がしますが、発言の影響力と発言する場所、によって、やっぱりその「本音の表現の仕方」というのはあると思うんだよね。
もし、それがいくら本音であっても、その影響力と場所によって、その人がすべき発言じゃなかったら、やっぱ追い詰めないとダメなんだよね。

じゃないと、政権側のそうした放言が放置されて、それはOK、けど、政権批判だけができなくなっていく。
これは力関係ですね。
政権と市民は対立する構造にあるわけですが、政権側の放言をメディアが許してしまい、それを「本音で語る政治家だ」なんて我々がありがたがってしまうと、それを批判する声、というのは自然と萎縮してしまう。
「いいじゃないか、本音なんだから」って、いやいや、批判も本音ですよ、となるんだけど、だからってそれが並列にはならないんだよね。
というのも、国家、政権というのはそもそもが巨大な統治装置だから、力関係として、「放言を許さない」に傾いててやっとバランスがとれる、というか。

その辺で、市民の本音の声と議員の「本音、とされる声」を同等に扱ってしまうことがそもそも問題なんですよね。
本来は、政権側がそうしたことを政治倫理としてしっかり持って行動すべきなんでしょうが、そのタガが外れてしまっている。

このまま行くと、政権バンザイは言えても、政権批判だけが出来ない、という状況に進むことは間違いないと思います。
「言論を守る」、というのは、政権批判だけが出来ない状況を変える、という意味ですね。
なにも、政治家の放言を認める、という意味ではありません。
そこは同等ではないんですよ。

そこを間違っちゃいけないと思います。








tanndokuchuu.jpg

baka.jpg

(BGM:Switch Trout「カ・ラ・ダ」from「SMASH in LA-PPISCH」)
→「カラダがいうこときかねえ」「あ~健康になりたい!」「あ~おうちに帰りたい!」
元曲をちょっとこれは知らなかったけど、名曲だなあ。
これはなんかアレンジもいい、というか、音質がくぐもっててイイ感じ。
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