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スーパーちんどん・さとう

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検証できない


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検証できないこと、というのがあります。


知的障害の子が生まれた。
で、どうしたらいいかわからない。
障害者と話したこともなければ障害者のことなど考えたこともない。
そんな親御さんが、いきなり障害児の親になったら、まあそりゃどうしたらいいかもう途方に暮れるのは当然である。

そこでまあ、いわゆる「専門家」という人に頼るのは当然の流れで、けれどもまあ、「何の専門家なのか?」「何を得意としているのか?」、もっと言えば、全体から見たら、「どこの派に位置しているのか?」というのは、そもそもわからないわけです。
あ、派、というのは語弊がありますね。
明確な派は確かにないかもしれませんが、傾向は実際問題専門家によってあると思います。

だってまあ、全体がわからないんだから。
というか、部分も分かってない状態で障害児の親になるわけだからね。

その親に、「専門家をきちんと選べ」と言ったところで話が始まらないわけです。
意味がないし、そこ、親の責任にするところじゃないよ、と思うわけで。


それにですね、専門家、といいますが、そもそも専門にしている部分だって、変わっていくわけですよね。
科学も進む、それに、社会も変わる。
だから、例えば生まれたときに専門家に言われたことが、そのままその子が二十歳になった時に同じ状態だ、ということはあり得ない。

そもそも、数十年前までは座敷牢、みたいなことは普通にあったわけです。
警察だったか、行政だったかが認めてそういう場所を家に作ることを許可する、みたいなことがあった地域もあったという記事をちょっと見ましたけど、細かいところはともかく、社会がそれを容認していたわけです。
いい悪い、じゃなく。

生まれたのがその時だったら、「座敷牢作りなさい」と言われていたかもしれない、ということですね。

専門家が言うことというのは、そういうことなわけです。
その時代のマックスを診察?提案?していくというか。
まあ、それもマックスならいいですが、専門家自身もそんなに最新なことを勉強できる環境にもないんですよね、今。
薄給で忙しいのが福祉の仕事の世界なので、そういう中で、マックスじゃないかもしれない、というのもある。
これもまあ、専門家を責めることでもないんだけど。
福祉に金をかけない社会の問題ではあります。
というか、政治の問題ね。


で、ここから仮定の話になりますが、こんなことがあったとする。

まあ親が専門家に聞いたら、「とにかくなんでもやりたいということをやらせなさい」と言われた、と。
なので、何もわからない親は、自販機があるたびに何かを買いたいとねだるので買ってやる、みたいなことを繰り返す。
最終的には「自販機を買っちゃおうかくらいのところまで追い詰められていく。
で、その子が30歳になって、でもまあ親元にいて作業所に通っているとして、「この子が喋れるようになったのは、そうやって何でも言うことを聞いてやったからだ」という風に親は総括する。

けれども、まあ客観的に見ると、喋れるといってもなあ…、という程度かもしれないし、同時に「自販機があったら買わなきゃいけない」ということを未だに繰り返し、もしかしたらそのおかげで太ってしまっていたりするかもしれない。

どうも、他人から見るとその専門家の意見はデメリットも大きかったのではないか?という風にも見える。


で、これは検証が不可能なのです。

親としては、もうずっとやってきたことだから、否定はしたくない。
だから、「あの時言われたとおりにやったことがよかった」ということに固執しがちになる。
セカンドオピニオンではないけれど、いろいろ意見を聞いたらどうかとも思うけど、違う意見は受け入れなくなってしまったりする。

その気持ちは大いにわかるのだが、小さいころに○○していた、ということが、どうも???と思われることは少なくない。
でもまあ、否定する、意見するのは、その親の人生を否定するようなものなので、なかなかどうにも難しい。

ま、実際、それをやらなかったら、例えば、やりたいようにやらせるのではなく、自販機で一日一本、と決めていたらどうだったか?というのは、もう検証ができない。

これが30年とか経っちゃうと、検証ができない上に、親御さんにとってはそこまでの人生を賭けるような話になってしまうので、正直、話し合いにはならないんだよな。


これはまあ、だから最初に出会う専門家の問題にもなっていくんだけど、まずは大きな障害者を取り巻く歴史と、これからの未来も変わっていくんだということ。
その中で、今考えるに何が必要か考えられることを話します、という前提をキチンと親には伝えたほうがいいような気がする。

といっても、まあそれをキチンと親がきけるかどうかはわからない。
だって追い詰められているんだから。
誤解して受け取ってしまってもしょうがない状態だと言えるわけだから、そこも留意したいものだ、と思う。


正直、ウチに来るのは20代からあとなわけだ。
そうなると、そこまでの20年をひっくり返すには、正直40年くらいかかると思ってもらわないとどうしようもない。
ひっくり返さないまでも、「自販機で一日一本」にするだけで数年かかる(こともあるし、まあかからない場合もあるけれど)。
それも、やれる保証もない。

毎日成人がコーラを数本飲んでいれば、もうそりゃ成人病確定だ。
自分の身体を守るために、やめさせたいと思うが、そこまでの20年30年で積み重なったものは、そう簡単には変えられないんだよね。


だからまあ、いや、専門家云々のことを先に書いたけど、何か特別なことをしようというのではなく、普通に、普通のことをやったらいいと思うんだけどね。
外で急に裸になってはいけない、道外で決を出して急にウンコしちゃいけない。
ジュースは誕生日だけ飲む、ふだんはお茶、とか。

別に、障害があるから云々の前に、普通に子育てするのがまず大事だと俺は思うんだけどね。

「専門家がこういっていたので」という話をする親の子は、たいがい先のようにもう直せないところまで来ちゃってる場合が多いので困ることが多い。







(BGM:溶け出したガラス箱「あんまり深すぎて」from「Urc Special Sampler 1st Edition」)
→マスターテープに起因するのか、ワウってる感じもありますが、それだけに貴重音源という感じがします。
誰なんだろう。
知らなかったな。
ガラスが割れる音とかが入っていたり、雅楽っぽい音色を持ってきたりしてて、これはけっこうすごい人たちなのかもしれない。
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