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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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25日 スーパー単独ちんどん やります 来てね


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スーパー単独ちんどんの曲の設定で、こんなのを考えていたのですが、まあ曲にはまだなっていませんが、近いうち曲に出来たらな、と思っています。

次回スーパー単独ちんどんは、千葉、津田沼で、25日水曜日、メディテラネオというお店で歌います。
お時間ある方、ぜひ来て下さいね。



ウチの息子はすぐにどっかに走って行っちゃうから、すぐそこのスーパーに行くのでもビクビクしてました。
すぐに止められるように、リュックを背負わせて、そのリュックにいつも長めのタオルを巻かせていました。
そうすれば、飛び出した瞬間にタオルを引っ張って止めることができるから。

歩く時も、二人で並んで歩くってことはあまりなくて。
隊列組んで前後ろに並んで、って感じで。

けど、それでも近所で声をかけられて、そっちに目を向けた瞬間に走って行かれちゃうこともあって。
声をかけてくれた近所の方にも申し訳なくて。

それでも、だいたい行く方向はわかっていたので、先回りして捕まえたりしたこともありました。
そんな時、息子を捕まえると、笑ったりするんですよ。
こっちはぎゅっと抱きしめるじゃないですか。
そしたら、ニコニコって、捕まえてくれることを喜ぶように。

かわいくてね。
でも、走って言っちゃうのだけはダメだよ、って、何度も言ってたんだけど。

それに、小さい頃はまだよかったんです。
走るったって、こっちも若かったですから追いつけた。

でも、ある日、息子が小学校の3年生の頃ですかね。
追いつけなかったんです。
いつも行く場所で、捕まえられなかった。

そしたら、どんどん走って行っちゃって。
背中がね。
「早く捕まえて」って言ってるみたいで。

でも、追いつけなくて。
捕まえてやれなくて。

その日は、家に戻って捜索願を出しました。
夜になって、三つ先の駅にいるからって電話があって。
会社から帰ってきた旦那と、あわてて迎えに行きました。

その時ね。
ニコニコって笑ってくれなくて。
抱きしめようとしたら、腕を払われて。

旦那は「大人になったんだろ」と言っていたけど、私の中には不安ばかりが大きくなって。
いや、きっと旦那もその不安を打ち消すために、「大人になったんだろ」と言ったことはわかってはいたんだけれど。

小学校の6年生だったか、陰毛が生え始めると、「剃ってくれ剃ってくれ」って、毎日真っ裸で家の中で騒ぐようになって。
仕方ないんで剃ってやるんですけど、かゆくなるみたいで。
日中外に出ても、その辺りをズボンに手を突っ込んで掻くようになっちゃって。
ずいぶん不審な目で見られるようにもなって。

そうですね、背は高かったんです。
体重は軽かったですけど、ひょろっとしてる感じで。
落ち着いていれば、なかなかイケメンにも見えたと思うんだけど。
親の欲目ですけどね。

でも、ズボンに手を突っ込んじゃうし、急に走り出して、回りをびっくりさせたりすることもあって。
あ、あれは中学校になってからでしたが、急に走り出したことに驚いた近くのお婆ちゃんが転んじゃって。
接触したわけじゃなかったんですけどね。
でも、そのお婆ちゃん、お医者さんに通うことになって。
本当に申し訳なくて。

走っていかないで、って、何度も何度も息子には言うんですけど、まるで聞こえないようで。
その頃になると、もう近くの交番のおまわりさんとも仲良くなっちゃうくらい、何度も捜索願を出すようになってました。

でも、たいがいはその夜中にはどこかの駅やコンビニで発見されてたんです。
お金を持ってるわけじゃないから、改札には入れないし、そこで駅員さんが止めてくれて、首に提げてる名札を見て通報してくれて。
だから、逆に、夜には見つかるだろう、って、ダメなんでしょうけど、安心していた自分がいました。

それに、学校には毎日普通に行っていたし、休みの日には近くのボランティアグループの方にお願いして、一緒に出かけてもらったりもしていました。
いなくなる頻度も、減っていました。

だからちょっと安心していたんだと思います。
高2の夏休みです。
あの日、とても暑かったんです。
家にさっきまでいたと思った息子がいなくなっていました。
私が洗濯物を取り込んでいたちょっとしたスキに。

いなくなった息子のことを交番に相談し、私は家で待機していました。
いつ電話が来るか、どこから電話が来るか、構えていました。
いつものように、夜になればどこかで引っかかってくれる、と信じていました。
が、その晩、結局どこからも電話はありませんでした。
その翌日も。

暑い日が続いていたし、お金も持ってない。
事件に巻き込まれたんじゃないか。
衰弱してしまったんじゃないか。
いろいろな絶望が浮かんでは消えました。

それが一週間続き、彼は、高速道路、それも東北の高速道路の入り口で確保されていました。
まさか県を越えるとは思っていなかったこともあり、愕然としました。
急いで迎えに行くと、彼は近くの警察で座っていました。

その間何をしていたのか、何か食べたのか、ずっと走っていたのか、歩いていたのか、何が起きたかも、息子は何も話してくれません。
特に傷もなく、事件に巻き込まれた可能性は低い、ということで、一緒に帰りました。

帰りの車の中、私は涙が止まりませんでした。
一週間の空白を何も語らない息子を後ろに乗せたまま、路肩に車を止めて、ちょっとの時間、動けませんでした。

帰った翌日、そのまま私は動けなくなっていました。
息子が家で真っ裸で「剃ってくれ」と迫ってくる姿を見て、動けなかったんです。
鬱になっていました。

年老いた親にお願いするのも難しいし、私や旦那の兄弟に面倒をかけるわけにはいかない。
どうしようもなくて、息子を施設に緊急保護してもらいました。
といっても、私の身体が動くようになるには時間がかかり、そのまま、息子はその施設にお世話になったんです。

一年くらいした時でしょうか。
やっと外に出られるな、いう感じの時、その施設に旦那と面会に行きました。

清潔な施設だったし、職員の方も親切でした。
そこの面会のホールのようなところで待っていると、息子がやってきました。

いや、私は、すぐにそれが息子だと気づきませんでした。
職員さんに肩を支えられて、やっと歩いているという感じでした。
太っていました。
とても。
もう走り出すのも難しい、というくらいに。

旦那は、時々その施設に面会に行っていましたけど、「元気だった」というだけで、なにも言ってくれなかったことを思い出しました。

息子は、私を見て、なんの反応も示しませんでした。
いや、私を見ていたかどうかもわかりませんでした。

旦那は、しょうがないんだ、と私の目を見ました。
それが薬の影響だったということに、私はその時は思い至りませんでした。


そして今、私は、息子の遺影の前に座っています。
そして、私は何度も鬱を再発し、今もなかなか動くことができません。

私のここまでの一生はなんだったのか。
そして、息子の一生はなんだったのだろう。
何度も自問しますが、なにもわかりません。

ただ一つ、もし、天国で息子と会えたなら、今度は横に並んで歩きたい。
一緒に、歩きたい。







(BGM:テツandトモ「最初から今まで」from「お笑い芸人★SONG STYLE」)
→歌が上手いという。
コミックソングではなく、いわゆる本気勝負の一作。
こういうのもいいよね。
失恋ソングみたいなのはお笑い芸人にとてもフィットする。
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