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スーパーちんどん・さとう

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譲らない


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kaijosha.jpg


先日、三原と飲んでいて、ま、三原は養護学校、今は特別支援学校の校長をしているわけだが、いろいろな話の流れで、「叱らないし譲らない」という話になりまして。

これどういうことかというと、例えばカイが何かをしたい。
何かをしたいんだけど、まあそれを彼は強引に人を噛んででもやろうとしてしまったり、人を倒してでも進もうとしたりすることがあります。
同時に、ほっておけば菓子ばかりを食べてしまってご飯を食べなくなるので、そこは止めたい。
コーラの類いもそうで、肥満だとかのことやこれからの成人病の事を考えると、毎日何本も飲むのはやめさせたい。

ウチのような業界では、「本人の意思を尊重する」とか言うけど、その言葉の通りだと、じゃあそのまんま受け入れるのか?って話になってしまう。
コーラも飲ませればいいじゃない、と。
でも、それは違うわけだどう考えても。
それを延長すると、自分の意思を通すために人を噛んでいい、という話にもなってしまう。

そこでまあ、彼らの行動を制限する必要が出てくる。
こういう言い方をすると、三原なんかは、「教員としてはあまり制限、って言葉は使わないけどね」と笑われるが、でもまあ、結果として彼らにとってはそういうことだ。

でもまあ、普通に言って聞かせたところでわかってはもらえないわけです。
だからまあ言うにしても、なんか考えなきゃならない。
その時に、まあ「叱らないし譲らない」というのがキーワードになるんじゃないか、ということですね。

どうしても一般的には、彼らの行動を制限しようとすると衝突することになりますから、そこで叱るか、つまり怒るか、譲るか、という二つの選択をしがちなんですよ。
でもまあ、俺らはプロですから、どっちも選択しないことが重要になってくる。

そもそも、例えば「コーラを飲まない」という選択をさせなきゃならないから、そこはまあ譲らない。
けれど、だからといって、「飲むな」と怒っても、逆に彼らは強行になってしまう可能性が高くて、つまり制限の力を強めれば強めるほど、彼らの「飲みたい」も強まってしまうというか。
作用反作用の法則というか。

じゃあどうするか。
彼を自販機に近づけないようにと思ったって、そんなことは現実的には無理だ。
街のあちこちに自販機はある。
それにまあ、勝手に自販機に走り出してしまう可能性だって高い。

こういう時に、まあよく使うのは、自販機で買わせるは買わせるが、お茶を買わせる、というのがある。
そのときに、「コーラとお茶、どっちにする?」と聞けば、それは振り出しだ。
コーラを選ぶに決まっている。
そこで、いくら言い含めても、経験的にそれは変えられない。
なので、まあごく当たり前の顔をして、「麦茶と日本茶、どっちにする?」と聞いてみる。
一度は「コーラ」を指さすだろうけど、それには全く答えないで、日本茶かウーロン茶の選択を迫る。
するとまあ、どっちかを彼は選ぶ。
というか、そこに追い込む感じだな。

選択をさせるわけだ。
譲らないが、譲らない範囲で選択をさせる。
「こっちの言うとおりにしろ」というのは、ある意味彼らの意思を潰してしまう。
潰すどころか、余計な反発を生んでしまう。
ま、コーラは簡単な例だけれど、抽象的なことであっても、これを頭に入れておくと、かなりいい感じでカイは言うことを聞いてくれたりする。

これはある意味だましていて、つまり、コーラを飲むか飲まないか、という論議を他にすり替えてしまっている。
「◯◯をしたくない」というのを、でも、とりあえずはさせる、けど、どうさせるか?を選択させる、というような感じであり、つまりはまあこの辺を俺はふだん、「だます」と言うような言い方をしたりする。
つまり、「どうだませるか?」がプロだと。

ま、こういう言い方をすると、三原なんかは「教員としては、まあだます、って言葉は使わないけどね」となるのだが。
「まあ、中身はその通りだな」ともなるが。

結局、穏やかに、うまいこと事が進めば、それはそれで居心地はいいのだ。
そういう状況を作り出さなきゃいけない。
そのためには、論議をすり替えてでも、だましてでも、結局、コーラなど飲まなくても俺は穏やかに過ごせるんだ、◯◯をしても、穏やかに過ごせるんだ、という風に持って行くしかない。
その積み重ねを作るしかない。

譲らない、というのはまあ、誰だって考えられることだけれど、それを行動するのは難しい。
大声を出され、噛みつかれ、それでも譲らないでいられるというのは、かなりの精神力を必要とする。
だから、その苦労をなんとか回避したい。

だます。
確かに言葉は悪いが、どうやってだませるか?に毎日苦心しているという話です。






(BGM:JAPAN「愛の回転木馬」from「果てしなき反抗」)
→後期JAPANも好きだけれど、これも好きだなあ。
後期はどこか必勝パターンを得た後の作品、って気がする。
このアルバムはメンバーは評価してないようだけど、う~ん、いいじゃないねえ…。
世界観がちょっとあれなんだろうかなあ。
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