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スーパーちんどん・さとう

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天才がたどり着ける場所 ★ 映画 「蜜蜂と遠雷」


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「蜜蜂と遠雷」を見て来たわけですが。
いやあ、どうですか。
ピアニストのコンクールを題材にした映画。
過去には天才少女と呼ばれてた主人公、そしてまさに天才という感じの少年。
努力家という感じの貴公子風の主人公の幼なじみ、そして、お父さんとして働きながらコンクールに挑む人、それぞれの思いや苦悩が描かれていきます。

ま、コンクールということになると、足を引っ張り合ったりする感じの話があったりする中、これにはそういうのが一切ありません。
天才、というか、このコンクールの頂点に近い人なんかともなると、そういうの、ないんだわ。
音楽が好き、ピアノが好き、まあ、そういうことだけで、誰が一番とかそういうのあまり関係ないンだろうな、おそらく。
「世界は音楽で溢れてる」「世界が鳴ってる」「世界を鳴らす」、そんなセリフが普通に出てくる彼らに、そういう「コンクール」などというのはそもそも俗物なのかもしれない。

とにかく自分が納得する演奏をしようとするし、悩んでいる仲間がいたら助けてしまうし、さっき聞いたフレーズを一緒に探してしまったりする。
それが例え、翌日に控えた本番のネタバレになろうと、そんなことはあまり関係ない。

なんだろう、この「天才にしかわからない領域」というのがすごい静かに描かれている映画ですね、これ。

一人、その働きながら、というお父さんは、「音楽だけを生業にしてる人には絶対にたどり着けない領域があるはずだ」というコトを言ってたりして、それは確かにあると俺も思うし、音楽とは専門家だけのモノではないはずだ、というのも。
けどまあ、二次予選で落ちちゃうんだけど、それでもこの人はねたんだりもしない。
その二次予選で彼が弾いたフレーズは、その天才の中でもものすごいフレーズとして残っていったりもして。
天才は、その鳴った音でしか判断しないわけだから、そう考えると、天才を越えるフレーズを彼は産み出してもいて。
でもまあ、テクニック的なコトなんでしょうか、その辺はわからないけど、まあ落ちてはしまって。
この辺、リアルでいいです。


なんでしょうね。
俺も子どもの頃に鍵盤をやってて、なんちゃらコンクールとかに出ましたけど、ああいうのは、子どもたちの中にある「上手い下手」を通り越した結果が出ることがあって。
つまり、そのコンクールの、その時間、その時に、ものすごい演奏ができちゃうコトってあるんですよね。
それは、普段の練習とか、そういうことももちろんあるんだけど、例えミスタッチがあっても、それ以上の感動を観衆に与えちゃうことがあって。
でもまあ、やっぱ一番上手い人は一位で通過しますけど、そういう人が二位になったりする感じの。
神がかるというか、そんな瞬間。
音楽の神様が一瞬だけ微笑んでくれる瞬間、というか。

まあ、でもやっぱ天才というのはそういうこともひっくるめて、音の神様に守られてるというか、そういう感じもあって。
その主軸は、練習のたまものでしかない、というか。
練習でしかコンクールの一位は通れない、という。
それが天才なんだよね。

音楽がわからない、という人も世の中に入るけれど、でも、いい音楽は絶対にいい。
そして、その演奏をするためには、調律もちゃんとしてなきゃダメだし、タッチもいいモノじゃなきゃいけない。
「そんなの音楽がわからない人にはわからないよ」というのは音楽への冒涜で、そういうものではないんだな。

音楽は、音楽がわからない人にこそ響かなきゃいけない。
俺はそう思うし、いや、わからない人でも歌える、わからない人でも身体を動かせる、何かを鳴らせる、そんなものじゃなきゃいけないと思ってる。
そのために、神は人に音楽の天才を与えているのだと思う。


これを見に行った前日、夜中の二時くらいまですず姉妹とカラオケに行っていて。
すず姉妹は合唱部で、歌ってる時の解放感というのがすごいあるよね、という話になって。
すずなんかはここに来る前に引きこもっていたと言うけれど、まあ、もう今はそういう感じはないけれど、歌ってる時はなお彼女が解放されているように見える。
声を自在に操っている感じ、というか。

これもおそらく練習のたまもので、だからこそ、彼女たちはその練習によって、声による解放を手に入れたんだろうな、と。
いや、あんだけ歌えたら楽しいだろうな、って思うんですよ。

この映画も、この人達はもう自由自在に鍵盤を操るわけ。
思ったフレーズがそのまま出てくる、みたいな。
コンクールで、いわゆる「アドリブ」の課題画でるんだけど、みんなそれを考え、譜面にしてくる中、主人公は、本気でアドリブで挑んじゃう。
この辺、まあホントにすげえな、というか、うらやましい限りですね。


ピアノは、一日練習をサボると自分にわかる、二日サボると批評家にわかる、三日サボるとお客さんにわかる、と言います。
毎日の練習こそが、天才に近づく一歩なんでしょう。
そして、ピアノが好き、ピアノに愛されて、始めて天才になれるんだろうな。

俺は、確かに当時は毎日練習していたけれど、もう40年くらい練習をしていないので、客どころか、もうそもそも指が動きません。
でも、その当時、例えミスタッチがあっても、客が感動する瞬間がある、という、一瞬でも音楽の神様が微笑んでくれた瞬間があったので、ちょっとだけでも、その恩返しはしなきゃな、と思っています。

市丸たちと音楽をやる、というのは、そもそもはひょんな事から始まったんで、それが目的ではなかったんだけど、バンドとしてやることになった以上、「音楽がわからない人に音楽って素晴らしい」と思える音を鳴らしたいな、と思います。







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(BGM:中村メイコ「酔っぱらっちゃったの」from「トリロー娯楽版」)
→いやあ、すごい表現力だよなあ。
歌が上手いだけじゃない。
酔っぱらっちゃったの、という歌声のすごさ、恋をしちゃったの、というささやきのキュートさ、まあなんだか昔のタレントさんはすげえな。
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