FC2ブログ

プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 78
9 10 11 12 13 1415
16 17 18 19 20 2122
23 24 25 26 27 2829
30 - - - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

心を亡くさないで


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg


この前、「祭」ってのを書いたんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5018.html)。

俺の仕事ってなんだろう、と思うと、まあみなさんの仕事とは違うんだなあ、ということをものすごく感じるわけです。
誰かに指示される、誰かの命令で動く、というモノではない。
モノを作る仕事ではないから、期限とかがあるわけでもないし、かといって、どうでもいい仕事ではなく、全力で市丸たちと付き合わなきゃ始まらない。
でも、それが必ずしもうまくいくことばかりでもなくて、しかもそもそも主体は市丸たちであって、俺たちはその手助けみたいなコトをしているわけで、なかなかこの辺の感じは「物作り」とは違う。

まあ、これがもの作りだったらラクだなあ、とは思うんだけど、思った通りに市丸は言うことを聞いてくれるわけじゃないから。

ま、結局、祭の連続なのかもしれない、と。
何が起こるかわからない。
アタマの中でどんな予定を組んでいたとしても、朝にトラブルが起きればそこまでだ。

毎日がジェットコースターのようなもので、仕事の時間といってもあってないようなものだ。
夜中に何かが起これば、出動はしなきゃならない。
人がいなければ、休みでも行かなきゃならない。
ま、これは職務と考えると、なかなか許容できるものではないが、仕方ない面もなくはない。

市丸たちとの付き合いも、どこまでが仕事なのか?と考えると、まあさっぱり仕事ではない。
というか、仕事として、彼らを「対象」として見下したりすれば、彼らはその瞬間に俺たちの言葉を聞いてくれなくなる。
そういう空気感に彼らは敏感である。

有り体な言い方になるんでイヤだけど、自分の生き方でぶつかっていくしかない、というか。
そう考えると、仕事であって仕事ではない。
結局、自分がどう生きているか?という問題だから。

俺がアキ坊の姓にしたのも、結婚式を盛大にベッタベタなことをやったのも、やっぱそれはそういう生き方を見せたかったから。
結婚って何?と聞いた時に、「彼氏の名前になること」と答えるヨウコに、俺とアキ坊は「そうじゃない」ことを伝えたかった。
たくさんの人に祝福されることが結婚で、それが自分の幸せでアリ、多くの人を幸せにするのが結婚である、ことを伝えたかった。

よく俺は飲みに行くけれど、まあ酒は強くないが、飲みに行ってくれる仲間と話すのが好きだ。
普段は違うところで働いている人たちなわけだけれど、でも心根のどこかでは同じ部分があって、それが楽しい。
もちろん、ウチの連中とも飲みに行くけれど。
でも、そういう風に人と付き合っていくこと、多くの仲間を作ることの幸せを、俺は彼らに知ってほしい、とも思うのである。

俺の生き方を、彼らは興味深く、そして憧れとしてみている。
だからこそ、間違ったことをしてはいけないと肝に銘じている毎日である。
それが仕事であるかどうか?というのは、かなり難しいところである。


俺は、「忙しい」というようなことを言う人をあまり信用していない。
「忙しい」ってどういうことだろう。
心を亡くす、と書いて「忙しい」。

そんな心を亡くすようなこと、しなきゃいいのに、と思うから。

でもまあ、多くの人たちにとって仕事とは、心を亡くすことであって、自分の気持ちとは関係なく上司の命令に従うことだったりするようだ。

だとしたら、俺は仕事をしていない。
心を亡くすことをしていない。
心を亡くしてしまったら、市丸たちに俺は何を見せたらいいんだろうか?ということになってしまう。


確かに、今の時代、労働者にとって幸せな世の中にはなってない。
だから、心を亡くさざるを得ない、というのはわかる。
けれども、やっぱ魂まで売って欲しくない。
社会や子どもや、そういうものに対し自分のすべきこと、したいこと、そういうのを捨てて欲しくない。

そういうのを捨てないことが、なんか世の中を変えることのような気がするし、あきらめないで欲しい、というか。

忙しいからできない、というのは現実問題としてわかる。
わかるけれど、だから?と思う。

別に、ヒマがあるからやる、くらいのことであれば、やらなきゃいいし、あなたはなにをしたいの?って気持ちにしかならない。

けど、まあ現実問題もわかる。
だから、この感じをどう話したらいいかもよくわからない。

だから、そういう人とはあまり付き合わないようにしてる。


よく「徹夜自慢」みたいな話ってあるけど、アレはまあ「会社や社会に俺がどれだけ必要とされているか」という確認作業なんだろうけど、自分が気に入らない会社や社会のいいなりになることが自慢になってしまう、というのもなんか俺にはあまり意味がわからない。

ま、俺はそういう意味では幸せな人生をおくっているのだとは思う。
けど、まあどこか「忙しい」を言う人に憧れもある。
忙しかろうが、その時間を終われば「知らん」と言えるのなら、それはラクだろうな、とも思うから。
仕事がおわれば市丸のことを考えなくてイイのなら、それはそうありたい。
でも、それでは成り立たない。

この循環する輪の中で、どうやって「心を亡くさないか」ということを俺も考える。
考えてる。
ぜひ「忙しい」を使わないで暮らせるように、自分をあきらめないで欲しいな、と思う、という話でした。

そういう言葉を使っちゃってると、やっぱどんどんそっちに引っぱられちゃうとも思うし。





momijilitt.jpg

にじ屋初売り2020白黒ミニ

01_20191209110145666.jpg

jr.jpg

(BGM:東京混声合唱団「男が旅に出る時は」from「懐かしのCMソング大全 1966-1973」)
→なんのCMソングだったんでしょうかね。
すげえ重厚ですし、歌詞もなんだかすげえんだけど、一節毎に入る「カンッ」っていうししおどしみたいな音がもう耳について離れない。
スポンサーサイト



<< メロリンQ | ホーム | 危機感を感じないという危機感 ★ 映画 「i-新聞記者ドキュメント-」 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP