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スーパーちんどん・さとう

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市丸たちってのは、最初から邪魔者にされて搾取されてきてるわけです。
本人がそれを理解できてるかどうか、というのはまた別の話ですけど。
もっと言えば、知識がなかったらやられ放題。

ノブはここに来る前に一般のとこに就職していたけど、業績が悪化して一番にクビを切られた。
けれども、そのことに対して「理不尽だ」と言うわけではない。
というか、「理不尽」という言葉にはならないだろうが、「なんで?」というのはあるとは思うが、それをまあ「飲み込んでしまう」んだよね。

つまりは、企業の方にしてみたら「使いやすい」とも言える。

ミツなんかも、コンビニの店員にコバが「バカが来た」と言われてるのを見て、腹は立つけど、それをどうしたらいいかわからない。
どこかミツにして見ると、「確かにコバはおかしなことをしてる」ともなったりする。
どうしたらいいかわからないから、そのまま。

要は差別発言だし、ヘイトだし、でも、店員にしてみても社長にしてみても、結局は「こいつらは何もできないし何も言わない」から、言いたい放題だしクビを切り放題。
この構造自体が問題で、それは新自由主義の考え方だったりの中で、市丸たちは社会から落ちこぼれさせられてるわけだ。

けど、そのことはなかなか彼らには理解できない。

同時に、同じように搾取されほっとかれてる低賃金の労働者やシングルマザーなんかにすると、「いや、私たちは井上たちとは違う」みたいななんか「意味のない対立」があったりして。
んで、「彼らは年金をもらってるけど、あげなくていい」みたいな、弱者イジメがはじまって。
自分が弱者なんだけど…。
ま、そんなこんなで問題をややこしくしている。


彼らが毎日ここで飲みに行ったり、彼らだけで遊びに行ったりしているのをして、確かに有意義に楽しくやってるんだとは思う。
けども、だからといって、それでいい、ということでもない。
結局は彼らの置かれている立場は何も変わってない。

ここがなければ、やっぱり彼らは1人に戻る。
いや、施設に入って、オグラのように薬を飲まされて歩けなくされるかもしれない。
それでは意味がない。
全てが「ここ」にならなきゃ意味がない。

自分が搾取されない、自分が利用されない、たとえそれが知的障害者でも、という世の中になるのがゴールだ。
今、なう、彼らが楽しいかどうかはあまり関係ない。

ってか、まあ関係はあるんだけど、彼らは「ここにたい」とはいう(アクム以外)。
そりゃ楽しいから。
でも、「ここにいたいと思ってしまう理由」はわかってない。
社会の外が「ここじゃない」ことはわかっていても、それがどういうことかはわかってない。


「今が幸せならいい」という考え方は、確かにわかる。
そして、それが全てだとも思う。
が、「本当に幸せなのか」「幸せとは何か」を問わない限り、それは宗教と同じだ。

休む暇なくダブルワークで必死に子どもを育てていて、それでも今のところ安定してるからそれでいい、というのはわからなくはない。
けれども、休むヒマもない人生でいいのか?という問いはそこではなかったことにされる。

「がんばれば願いが叶う」などとよく言うが、確かにそれは真理だろう。
動き始めなければ何も変えることはできないから。
けれども、そもそも、なんど努力しても何も変わらなかったら。
そして「がんばったってムダだよ」という親に、大人の中で育てられていたら、そもそも「動き始める」コト自体が恐らく無理だろうと思う。

そうなれば、世の中の方が変わってくれるのを待つしかない。
よく変わってくれればいいが、今の世の中はそうではない。
より格差は開く一方である。
結局は、世の中の変化の中でそれに従い、クビを切られれば「しょうがない」「次をさがさなきゃ」としかならない。
市丸たちと同じだ。

貧困の問題を「努力しない人が悪い」なんて言う人がいるが、それは世の中を知らなすぎる。
努力して成功したなら、努力できた環境に感謝すべきだ。


俺は、社会を変える!なんて大きなことは言えない。
思ってはいるけど、そりゃみんながそう思ってくれればいい、とは思っている。
だからみんなに共感してはもらいたい。
でも、それは俺のチカラだけではもちろんどうすることもできない。
頭数の1人にはなれるかもしれないが、なかなか難しい巨大な壁だ。

そんな中でも、まず「自分を変えなきゃいけない」とは思う。
「自分を変えよう」「昨日と違う自分になろう」というのは、彼らにもよく言う。
「なにも変えられない」という意識を変えるために、まず、自分を変えてみよう、と。

これはなにも市丸たちだけじゃない。
外口さんやアキやいわゆる健体者の職員にもいう。
というのは、俺は市丸たちと一緒に暮らすというのは、その部分が必要だと思っている。
「自分を変えよう」と思わない人に、やっぱ彼らに「世の中は変えられる」「君の生きにくさはかえられる」と言えないと思うからだ。


朝の運動、というのをやっている。
これは自由参加だから、みんながやってるわけじゃない。
けれども、これはとても簡単な「自分を変える方法」ではあるんだよね。

走るのは誰だってイヤだ。
まあ、好きな人もいるだろうが、俺は嫌いだ。
イヤだけれど、正直な話、運動不足は身体にいいわけがない。
もっと健康になろう、健康診断の数値を上げよう、とするなら、手を伸ばさない案件ではない。
しかも、走っているウチに、走れる自分になる。
ちょっとだけラクになっていくのだ。
マラソンは裏切らないのだ。

だから、朝の運動というのは、俺は重要だと思っている。


今のままでいい、というのはわからなくはない。
けれども、それは奴隷であることを肯定しているだけだ。
「私は奴隷じゃない!」という人もいるだろうが、残念ながら、社会の構造の中で、今の日本の大衆は奴隷だ。
いいように搾取され、使い捨てられている。
ぎりぎりあなたが使い捨てられてないだけだ。

そのことと、市丸たちが「理不尽な状況に置かれていること」は、同じ問題が根底にある。
彼らの方が矛盾が多い、理不尽が多い、ということはあろうが、根っこは同じだ。

そのことに、自分が闘えないのであれば、やっぱり俺は市丸に「理不尽には怒っていいんだよ」とは言えないと思っている。

市丸たちと一緒に、俺はまずスタートラインにつきたい。





(BGM:ペドロ&カプリシャス「パントマイム」from「ペドロ&カプリシャス ツイン・ベスト《青春の歌》」)
→都倉俊一先生作曲なワケだけれど、まあこれだけ曲作ってればなあ…。
イントロはマイウエイっぽかったりいろいろな曲を継ぎ接ぎしたような、いや、もう一歩ちゃんとすればちゃんとなっちゃうんだろうけど、そうなると他の曲と一緒になっちゃったりするんだろうなあ…。
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