FC2ブログ

プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - -
- - - - 1 23
4 5 6 7 8 910
11 12 13 14 15 1617
18 19 20 21 22 2324
25 26 27 28 29 3031
- - - - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

恐れおののくは俺たちじゃない


【スーパー猛毒ちんどん動画】
スーパー猛毒チャンネル  ★  YOUTUBE
知的生涯PV  ★  知的生涯ライブ動画他

【リンク】
スーパー猛毒ちんどんフェイスブック  ★  虹の会本部HP
虹魂的障害者自立生活  ★  虹の会本体ブログ
ミツのホッサ日記PLUS  ★  ツイキャス!!

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら


kaijosha.jpg


ツイッターとかで政治的なことを発言した芸能人とかに、まあバッシングする人が多いわけですけど。
きゃりーぱむぱむですか、なんですか、言えませんけど←書けはするだろ!。

ま、どうなんですかね。
政治に興味がなかったとして、よくわからなかったとして、でもちょっとでも政治的なことに興味を持って、ちょっとでもそのことを読んだりして発言したとしたら、「いや、よく気づいたね」と褒めてやりたいと思うのが人情かと思うが、責める、という。

つまりは、その内容だったり、ではないんだよね。
「芸能人風情が!」ってことなんだな。
これはまあ、同時に「女風情が!」とか。
同じですけど、そういう感情で責めてるんでしょうね。

そういう人たちにとって、政治的なこと、というのが、どっか「特権的なこと」なんでしょうかね。
一部の偉い人が発言するモノだよ、みたいな。
で、オレは発言するね、偉い人だから、みたいな。
「そこに入ってくんなよ、芸能人風情が!、女風情が!」てことなんですかね。


JRの駅無人化の件がなぜか今ごろ記事になって。
あれは2月の頭に取材されたモノだから、ずいぶん前なんだけど、結局コロナで話し合いも流れたままなんだけどさ。
コメント欄もひどいもんで。
でもまあ、ピントずれてるし、こういう反応はしょうがないかな、とは思っていたんですよ。

「障害者は電車に乗る前の日に電話しろ、障害者なんだから!」という意見は、そもそも我々の主張とは相容れないし、相容れないから、例えば「何で障害者だったら、いや、事故とかで障害者になったら前の日に電話しなきゃならないんですか?」という風にふったところで、おそらくその理由は出てこないんですよね。
「障害者だから」というだけで。

これ、まあ冒頭の「芸能人風情が!」と同じで、「障害者風情が!」ってことなんでしょう。
そこに理由がないから、差別、っていうんですけど、そのことも伝わらないので話にならないですね。

まあ、そもそも我々はJRに対する気はなくて、ノーマライゼーション条例を掲げる市に対していこうと思ってるだけで、つまりは、条例をしっかり実行してください、と。
実行できないのなら、条例をやめちゃって、という話で。
そのあたりもまあ記事で伝わってるのかどうなのか、よくわかりませんけれど、まあどっちにしても、障害者が主張をし、健体者と同じように権利を行使しようとすると、まあ「反発を受ける」という流れは、今確実にありますね。

芸能人が政治の発言をする、というのは、まあ、芸能人も大人ですからね。
あ、子どもの芸能人もいるか。
それはそうとして、大人として、政治に声を上げるのは有権者としては当たり前の行為なんだけど、それをやると、まあ「芸能人風情が!」って言わなきゃ気が済まないんでしょうね。
あ、子どもも思ったらいっていいと思いますよ。
大人、有権者は声を上げるのが義務だとオレは思いますが、子どもにはその義務はないが権利はあると思います。


夫婦別姓も同じようなもんで、「奥さん」が主体になるようなことはイヤなんでしょ。
「奥にいろ!」と。
「男であるオレと同じように主体として生きるんじゃない!オレの奥にいろ」という話でしょう。
だって、選択制でもいいじゃない、という意見に反対するって意味わからないですよ。
選択の幅を広げよう、という話に反対する意味がわからない。
普通は、選択を広げよう、って誰だって思うわけでしょう。


弱い立場の人たち、というか、そう「思い込んでいる人たちにとっての弱い立場の人」が、立場を逆転しよう、いや、逆転じゃないな、「あなたと肩を並べよう」とするだけで、怒り出す、責め出すわけですよ、結局。
障害者や女性、だけじゃなく、生活保護受給者、いわゆる貧乏だったり、出身地だったり、ゲイの人たちだったり、まあとにかく「黙ってろ」と。
黙って、オレたちがやるおこぼれでおとなしく感謝して暮らしてろ、ってことなんでしょう。
そうしてるなら怒らないが、「おこぼれは違うでしょ…」と言い始めると怒り出す。

ま、丁寧にわかったようなことを言ってる人でもこういう人はいます。
「奥さんが手の上でいろんなことやってる分にはいいが、それを超えようとすると怒り出す旦那」というの、よくあるんでしょ?。
出かけてばっかり、「奥さん」の方が友達が多くて毎日出かけている、仕事的に彼女の方が活躍している、なんてことになると、たいがいむっつり「出かけてもいいが夕飯は作れ」とか言い出す感じ。

ま、よくある話かと思いますが、それも底ではつながってるんですよね。
他人を配下においておきたい、手の上に置いておきたい、その中では自由にやらせるけど、「出ようとするなよ」っていう。


社会は逆転をどれだけ怖がってるんだろうか、って思いますね。
そう考えると、どっか逆転をもくろむ俺らの方が気楽でいいや、って気がします。

どっかで「プロレタリアートは鎖以外に失うべきなにものも持たない」ってのを聞いたことがありますが、まあそうよね。
元々失うべきモノがないんだから。
恐れおののくのは俺たちじゃなくて、逆転を怖がる人たちなんだろうな、と思います。


(5/13記)






(BGM:痛郎「午前四時」from「No Title」)
→午前四時というバンドあったよなそういえば。
この人達は見たことがないし、でもZKサンプラーに入っていたトラックで気になっていて。
最近また復活したとかで、このCDが出された感じか。
曲はドラマチック。
この曲のラストの方、なんでしょう、もっと音を重ねたらすごいことになったんだろうな、と思うけど、でもこのくらいの感じがちょうどいい。
やり過ぎは引く。
スポンサーサイト



<< 人が死ぬコメディ | ホーム | 上級奴隷を目指す彼女 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP