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スーパーちんどん・さとう

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事務所にDMが来てまして、不動産屋らしいんだけど、「障がい者グループホームの運営をしませんか」的な。
その会社がオーナーになって、建物は提供するから(とは言っても家賃は払ってもらう、ということなんだけど)、そこで運営しませんか、ということですね。

一見いい話のような気がしますが、どうしようもない気持ちの悪さもありますね。
というのは、これまあ、結局不動産屋が「取りっぱぐれのない家賃収入」を目指しているだけなんですよね。

そもそも、本気で「障害者の住宅不足を解消するために」というのであれば、障害者であろうが高齢者であろうが、まあ貸せばいいんですよ、不動産屋は。
でも、貸し渋るんです。
実際は。
にもかかわらず、「障害者の住宅不足を解消するためにグループホームの運営をやりませんか」というのは、もう自分で火をつけて消しにかかってるようなもんです。

その上、これ、そもそもグループホームをなめてるし、ひいては市丸たちの生活をなめてますわ。

今、貧困ビジネスとか言われてる問題がありますね。
詳しくはちょっとオレもよくわからない部分があるんですが、住むところは提供する、って、まあ布団一枚プラスアルファくらいのスペースを与えて、毎食弁当を与える、みたいな。
でも、年金は全部もらうし、生保ももらう、と。
そういうヤツですね。
たいがい、そういうところの家賃は生保の家賃補助マックスの設定になったりしていますか。

「でも、外で寝るよりいいんじゃないの?」という意見もあったりするわけなんだけど、それがまったく的を得てない意見なんだな。
いろいろありますけど、ちょっと鳥羽口のところを言うと、「生きる、ということと、自分で選択する」というのはセットじゃなきゃどうしようもないわけです。
毎食食べれるといっても、一方的に弁当を与えられ、住む場所も決められる、という状況は、人を腐らせてしまう。

これは施設なんかでも言われるわけだけれど、毎食給食みたいのは出てくる。
風呂の日も時間も、就寝時間も決められている。
風呂も入れるし、ベットもあるし、飯も食える、天国じゃないか、って思う人は、まあ一ヶ月もそこにいてみたらいいよ、って思うし、そもそもそう想像してみようよ。
あ、それと出られないからね。
つまり、行動範囲も決められている。

生きてる、って、息してる、ってことじゃないんだよ。

だから、単純に市丸たちも数人で暮らしているけれど、そんな簡単な話じゃないと、オレは毎日思い知らされているわけです。
これが、「毎日同じ時間に布団に入らせて、部屋の鍵閉めて云々」とかやっちゃうんだったら、それね、もうある意味監禁になっちゃうじゃん。
つまり、施設自体が監禁だし、って思うところもある。
でもまあ、やむを得ない事情で入らされてる人もいるわけだ。
仕方ない、ってことで今の世の中はそこには触らない。
アンタッチャブルになってるという感じか。

でもまあ、この不動産屋が考えているのは、おそらくこの施設の考え方がベースだ。
そして、家賃だけは払わせよう、というハラだな、これ。


時に大学を出た人なんかが、例えば障害者の介助とかにしても「●●にした方がいいじゃないですか」といようなことを言ったりします。
効率だったり、今ある金をどう有効に使うか、というような「運営」観点での発言だなあ、と俺はいつも思うんです。
そして、それはどっか先に書いた不動産屋のような発想だったり、不動産屋の発想につながると思っています。

でもね、そうじゃなくて、大事なのは、「ふんわり」なんだよね。
つまり、市丸がどう生きたいか、ってのは、他人がどうこう言うアレじゃないんだよね。
それを「こうだろう」みたいに「決めて」、効率的に考えることは、市丸の「生きたい」を壊すことになりかねない危険があるのよ。

それの総本山が施設なんじゃないか、って俺は思うんだけどね。

結局ね、効率的になんかできないし、白黒もハッキリしないことが多いんですよ。
「この方がいいじゃない」というのは、結局、市丸には「よぶん」なんだと思います。
そういう中でやっていく、っていうのは、理屈では割り切れない、ところになっていくわけです。

我々、いわゆる彼らに対する職業の人の中には、システムを作り上げるのが得意だったりする人もいます。
いますけれど、それ、結局使えないんですよ。
もっと言うと、トラブルを防止する、ってことは必要だけれど、だからといって、トラブルが起こらないように彼らを「管理しきる」ってことは、もう「生きる」を否定してるのと同じだと思うんだよね。
トラブルが起こっていい、とはまったく思わないけれど、「管理しきる」ってのは違うよな、と。


まあ、我々も「どうしたらいいんだろう」って思って悩むことはあります。
悩むことはあるんだけど、結局「どうしようもない」んですよ。
めんどくさいことはなるべく避けたいけれど、でも、起こったことはどうしようもないし、めんどくささが消えることはない。

「ふんわりとやる」っての、難しい。
難しいけど、でも、結局どうしようもないけれど、悩み続けて、「どう対処するか」のイメージをいくつも俺たちは持ってなきゃいけない。

そういう感じでやっていくのは、やっぱ大変で、簡単に「30万収入ができます」なわけねえじゃん!と先の不動産屋のDMにオレは思うのであった。





(BGM:シズヲバンド「夜の入り口」from「世界ノ中心デ馬鹿ナコトヲ叫ブ」)
→元ニューロティカとかいうのはもうどうでもいいんだけど、メロディが美しいのと、さびの「ねえ」っていう語尾がアタマにきてるのがいいなあ。
残っちゃう。
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