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スーパーちんどん・さとう

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これは「便利」だったはずのモノなのに


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オレがこの仕事を始めたときは、そもそも携帯電話がなかった。
当時はまあ、井上たちもいなかったし、けっこうまるまる介助、という仕事だったんだけど、それってやっぱ緊急のこととかもあるわけですね。
今になってみると、どうやって連絡とかを取っていたのだろう。

まあ、家の電話とかはあったにせよ、出かけていたら連絡がつかないし。
けっこう介助そのものに緊張感はあったというか、穴が空いたりすることに対する危機感は今よりもあったとは思うけど、それでもまあ、よくやっていたな、と思います。

というか、諦めも多かったのかな。
もう連絡がつかないから、待つしか無い、みたいな。
留守電、みたいのはあって、まあ、帰ってきて留守電聞いてくれたらかけてくれるだろう、という感じはあった。

で、そのうちポケベルが鳴らなくてが導入されて、まあ鳴りましたけど。
ポケベルが鳴ったら近くの公衆電話とかから電話する、みたいなことですね。
これはまあ革命的でしたよね。
介助者が急に来れなくなった、みたいなときにとりあえず鳴らす、ということができるから、安心度は多少上がった。

つまりはまあ、やっぱ科学の進歩と障害者の生きやすさ、みたいなのは比例するよな、という。

自動ドアもそうですよね。
手が使える人は両手が塞がっていたら便利、くらいの感じかもしれませんが、そもそも手が利かない人とかにとっては革命的な出来事だったんだと思います。
エレベーターにしてもそう。

まあ、便利、と言われてるモノはたいがいみんなにとって便利なわけです。
というか、使えなかった人にとっては、便利を超えて、それまでは使えなかったが「使えるモノになった」ということもあるわけです。

話戻しますけど、で、携帯電話が導入されました。
これ、まあ安く手配できるルートがあって、手に入れました。
NOKIAとか?なんとか?そんなのありましたね。
でもまあ、通話料が高くてね。
その頃はメールとかもついてなくて。
ただ公衆電話を探さなくていい、くらいの感じだったんだけど。

そのうち、メール、インターネット、となっていって、今のスマホですか。
メールの最初の頃、飲みに行くのに「電話しないでメールだけで誘い合えちゃう」ということに驚愕しましたね。
「一言も話さないでここに集まれるなんて!」とかってよく言い合ってた。
今やもう当たり前ですけど。
当時はやっぱいちいちみんなに電話して確認したりしてたよな。
「この日集まれる?え?候補日他にって?」って感じ。
今はもう一斉にそのメール出せちゃいますから。

どうなんですかね。
んでもって、今のスマホですけど、なんだか通知音とかありますけど、あれがかなりストレスになってるのではないか、という研究もあるようで。
アラートっていうんですか。
ま、消すこともできるようですけど、いろいろアプリとか入ってるといちいち音が鳴る、という。

確かにうざったい。
しかもまあ、集中力が切れますよね。
こうやってパソコンに向かっている間も、携帯はもうそばに置いておく感じじゃないですか。
こっちの集中度合いに関係なくとにかく鳴るでしょ。

まあ、メールが来ました、みたいな。
一応、見ますよね。
何があったかわからないし。
俺らの仕事だと、やっぱいろいろあるからね困った出来事がそれも緊急に。
でも、まあそんな重要な緊急ごとはそうそう起こらない。
緊急ごと、というのはそういうものです。
よく鳴るなら日常と言います。

で、集中力が切れる、と。

SNSとかにしても、どっかめんどくさい。
基本、通知が来ても次見るときまで放置なんですけど、あれもなんだか監視されてるような気がする。
ならやめちゃえばいい、って話なんだけど、まあ拡散したいことはあるので、もっぱら発信のためのあれですけど。

まあ、世の中がバッドな方向に傾いているときだと、やっぱSNSもニュースもバッドなことを流してくることになるんだけど、そういうのをまあずっと見てると、やっぱ自分もバッドになっていく感じがするでしょう。
「世の中の感じ」に巻き込まれてしまう、というか。
悪循環というか。
自分は関係ない、が成り立たない感じ。

便利が行くところまでいって、俺らを取り囲むようになった感じというか。

前に、携帯を忘れたまま飲みに行って、明日取りに行けばいいかと思っていたら雪が降って諦めて、数日間事務所のデスクに放置していたことがありました。
あの時はね、いや、確かにすごい開放感があったんですよね。
なんのためにオレは携帯を持っているのか、という疑問さえ浮かぶような。

でもまあ、それもアキ坊と一緒に住んでいて、緊急の連絡はアキの携帯にあるだろう、というもくろみがあってのことで、線はつながっているというか、そういう感じだから雪で諦めたわけですけど。

今はもう、メールとかにしても「見てなかった」が通用しないですからね。
これもどうなんだろう、って気がしますね。
居留守が使えないというか(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5132.html)。

普段ならいいんでしょうけどね。
精神的に追い詰められてるときとかあるじゃないですか。
電話の音もイヤだ、みたいな(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5016.html)。

つまりアレは、なんか「囲まれてるのがイヤ」なんだろうな。
ほっといてくれ!みたいな。

まあ、でも向こうさんにしてみれば焦っている状態なのかもしれないし、まあそれはお互い様だから、この感じの中をうまくその時の自分の状態とすりあわせてやっていくしかないんだろうけど。
便利と窮屈の間というか、情熱と冷静の間というか。
ま、普通じゃん、って話なんだけど。

まあ、オレは基本携帯は見ないことにしようと思ってるよ。
もうなんかうんざり。
なんか、何もなかった頃にオレが求めていた「便利」とは違う感じがするし。








retoroi.jpg

(BGM:H-MAN「ラガラガレゲエ馬鹿道場」from「Di VIBES ~Japanese Reggae Selection 2002~」)
→まあ、道場言っても、なにせバカ道場というあたりがかっこいいわけですけど。
バカ田大学か!という。
踊れ踊れ~。
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