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スーパーちんどん・さとう

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怒られるかもしれない


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彼ら、井上達を見ていると、けっこう言葉に詰まってしまうこととかってのがある。
「何を答えたらいいかわからない」とか、「質問の意味がわかってない」とかじゃなくて、「怒られないようにしよう」と考えているフシがある。

特にまあ、コバなんかはずいぶん家でお父さんに怒られたりしてたらしく、「何を答えたら正解か?」というか、「何を答えたら怒られないか」を考えてる感じがする。

まあ、小学生くらいだとこういうのがありますね。

例えば、「なんでこれをここに置いたの?」みたいなことだとしましょうか。
単純に「ここに置いた理由」を聞いているんだけど、それがいつまでも明らかにならないという。

怒ったところで、「怒られないように、次は○○しよう」とはならなくて、「怒られないように黙っていよう」「怒られないように○○と言おう」という感じ。

だから、怒ることにあまり意味は見いだせないってことなんだけど。
これはまあ、俺らでも同じだけど。
上司にずっと怒られてたら、やっぱ黙るようになるでしょ?

つまりはまあ、怒ったところでなにもならない、という。
悪循環にもなる。
だって、やっぱり「怒られないように」が強化されるだけで、何の解決にもならない。
どんどん悪くなる一方である。

なので、まあ何があっても怒らない方が正解なんだろうと思う。


で、一方で「褒める子育て」とか言いますね。
子育てだけじゃなくて、まあ教育の世界でもよく言ったりしますけど。

褒めて伸ばそう、みたいな。
それが「いい子育て」みたいなことになってます。

けどなあ…。
思うんだけど、これはこれで「褒められなかったとき=怒られてるとき」でもあって、あまりいいとも思えないんだよな。
それに、「褒められたい」、ってのは、「怒られないように」より、むしろなんかすげえ手強い気もする←予感。

まあ「怒る」の対極の「褒める」ということなんでしょう、褒めるかどうかはともかく、「怒るのは逆効果」というのは、よくわかる気がする、ということであります。


結局、一番大切なのは「できなかったこと」「(彼らにとって)怒られると思うこと」を、どうやって出させるか?と言うことでありまして。
それがスッと出てくれば、いいわけですよ。

それを考えると、「別にそれは怒るために聞いてるんじゃない」とかいうことが伝わればいいわけなんだよな。
とはいえ、まあ、長い人生、これまで家で怒られ続けてきたりしてたのに、今になって「それは言ってもいいんだよ」といったところで、そううまくいくわけじゃない。

これまでの20年とかをひっくり返すのはそんなに簡単なことではありません。


で、まあいろいろ考えていかなきゃいけないな、と思うわけですが。
少なくとも、「怒られるのではないか」とビクビク生きているのはいいとは思えない。
まあ、彼らの人生がこれまでどうだったかは別として、それでは人生全く面白くない。
…ような気がする。

で、まあまずコバをどうこうしようは諦めて、というか、後回しにして、俺たちがまず変わらなきゃいけないんだろうな、と。
つまり、こっちサイド、外口さんとか、専従とかのね。

つまりはまあ、まず俺たちが、「できなかったこと」を言い合えて、できなかったことを他の人が「こうやったら?」とかアドバイスとか説明してやったりとかをできる関係性を作っていかなきゃいけないんだろうなあ、と。
その中で、先輩とか後輩とかあるけれど、そういうことと中身は関係ないから、互いに指摘しても「全然平気」「むしろ健全」な関係が必要なんだろうなあ。

そういう関係性を「見せなきゃいけない」、というか。
彼らは単純に俺たちを見習っている?、まねしてる?ところがあるし。


結局、井上たちをどうこうしたいとか、こうなってほしいとか、そういうのって、彼らに直接何かできるわけじゃないというか。
まあ、できないわけじゃないかもしれないけど、どんなにうまくいった作業所のレポートとか、いわゆる「実践報告」とか読んでも、どっかまあ、ちょっと引っかかるんですよね。

彼らを対象にしちゃって、ああだこうだ、学校の先生のようにいろいろ教育方針を決めるのは「考え得る」手段だとは思う。
そして、それが本当に何かを成せるのなら、それでいいんだけど。
でも、まあ俺たちが変わらなかったら、なんか彼らだけが変わるとはちょっと思えないんだよな。
というか、そういう「付き合い」を俺たちは普段からしてないし。

なんで、うまくいくとは思えないというか。
いや、そういう実践報告とか、参考にはしますけど。


なんか、やっぱこっちが変わることが、一見回り道のように思えるけど、なんか一番近道のような気がしております。









(BGM:ネーネーズ「待ちくたびれて」from「贈りもの」)
→ネーネーズらしからぬ、泣きの歌謡ロック風ギターイントロから始まりますが、歌が始まったらネーネーズワールド。
サウンドはまったくもって、歌謡ロックなんだけど、歌がもう全部沖縄に持って行っちゃう。
すげえな、唯一無二とはこういうことなんだな。
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