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スーパーちんどん・さとう

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映画なんかを見てますと、「おかしくなっていく主人公」という感じの物語があります。
周りの人も助けようとしているんだけど、なかなか強いことも言えない。
本人は「自分はおかしくない!」と主張していて、まあ他人の言うことを聞かない!という感じになってるわけだから、もう何を言っても無駄。
周りとしては、言っても無駄なんだけど、力になりたい、みたいな。
何をどうしたらいいのかよくわかんない、みたいな。

「お願い、きちんとこっちを見て」って話しても、自分の妄想からは出てこない。
そんなことで出てくるくらいだったらおかしくなってるわけじゃないわけで。

これはもうどうしようもないんだけど、周りとしてはもどかしい…。
ま、映画の場合、たいがいは破滅に向かっていってしまいます。

これね、まあ色々考えたんですけど。
映画を見ながらですね、なぜ「おかしくなっちゃうのか?」というね。
これ、パターンがあるんじゃないか?と。

考えた結論を言いますと、「結びつけちゃダメ」なんじゃないだろうか?と。
ま、あくまで映画上の話ではありますけど。

つまりですね、例えば道で老婆が「道を教えてくれ」と言ってきたとします。
それが「銀行」だったとしましょう。

それはまあ、たまたま「おばあさんが銀行に行きたかった」→「けど銀行への道がよくわからない」→「ちょうど俺が通りかかった」というだけの話である。
なんで、銀行の場所を知っているのなら普通に教えてあげればよろしいし、なんなら銀行まで送っていってあげてもいいのではなかろうか。

しかし、「おかしくなってしまう」と、「あのおばあさんが銀行に行きたかったのは、俺の未来を暗示しているのではないか」みたいな風に思いがちというか。
「あのおばあさんが銀行って言ってたってことは、俺はお金を誰かに貸さなきゃいけないのではないか」とか。
「そもそもおじいさんでもなく、若い子でもなく、おばあさんが俺に聞いてきたのは、俺が朝起きた時間が8時だったからなのではないか?」とか。
ま、なんで8時かはよくわからないけど。

そういうなんていうか強迫観念みたいなモノに取り憑かれてしまうというか。
しかも、なんか「偶然」を必然にしてしまう、というか。

こうなると、「今日隣の駐車場に止まっていた車が青だった」とか。
「ふと時計を見たら4:44だった」とか。
「コーラを頼んだのに、店員が間違ってコーヒーを出してきた」とか。
「上司が残業を頼んできた」とか。
「蝶が飛んできた」とか。
もう全部意味があることになっちゃう。

そのうち、「俺はなんでコーラを頼んだのだろうか」みたいなことにも意味を見いだし始めるというか。
いや、別に飲みたかったからじゃねえの?と思うのだけれど、「コーラということは、コーランに誘われてるのかもしれない」とかなんとか。
ダジャレかよ、と思うけど、そういうことを真剣に思ってしまうという。

挙げ句に、だんだん自分のことも信じられなくなっていくというか、「今朝、コップをここに置いたはずなのに、ちょっとズレている…」とか。
いやいやいや、そんな微妙なズレは記憶違いだよ…、と通常であれば思うはずなのだろうけど、「いや、ここじゃなかったはずだ」と断じてしまう感じになっていくというか。

これね、まあ気が滅入っていたり、自分に自信を失っていたりする状況だと、わかるような気もするんです。
洗濯モノを干していたら、手がすべって洗濯モノが落ちた、と、それだけのことなのに、なんか世界中に拒否された気分になる、というか。
で、まあ滅入った気持ちもより滅入っていく、という。

悪い連鎖というか。
どっかで断ち切れればいいんだろうけど、もう最初がたどれないくらいに連鎖して言っちゃうと、もうどうしようもなくなっちゃう。
最初の時点で冷静に判断できればよかったんだろうに、まあそもそも心身共に疲れる状況に追い込まれていたらそうもいくまい。
で、連鎖していっちゃう、という。

こうなると、「冷静になってよ」という周りの優しい声すら入っていかない。
入っていかないどころか猛然と反論されたりするので、「冷静になって欲しい」と思っていた「その人のことを一生懸命考えている人」がどんどん離れていってしまう。
そして連鎖の中に孤立する。
連鎖していく輪っかはどんどん大きくなって、世界が彼を追い詰めていくのである。

恐ろしい。

ゲンを担ぐ、みたいなこととかもよく言いますけど、ま、アレもどっか似たようなところもある気がしますけど、その行動が完遂できないとダメ、みたいな。
でも勝敗なんてのは恐らくは相手がいることだったりするから、自分のゲンばっかりが影響するわけじゃないから、どうしたって余分なところで勝っちゃったりして、ゲン担ぎの輪が広がっちゃったりして。

恐ろしい。

ま、だから大切なのは、「おばあさんはたまたま道を聞いただけなのだ」「時計を見たときがたまたま4:44だったのだ」とか、「たまたま」なのだ、ってことをいつも思えるような身体の状態でいたい、ってことだね。


そう、自分が産まれたのだって、たまたまなんだから。





本リターンズ

(BGM:中村雅俊「ナカムラ・エレキ音頭」from「SONGS LIMITED EDITION [Disc 2]」)
→ああ、なんか惜しい!
GS音頭の基本には沿ってるけど、エレキ音頭というからには、もっとファズギターとか欲しかったところである。
でもまあ、ベンチャーズ式テケテケテケテケやってるからいいのか。
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