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スーパーちんどん・さとう

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当事者にならなければ、そのショックや被差別感覚や果てまた怨嗟に至るまで、それはいくら想像したとしても、論理的に考えたとしても、それはただの絵空事に過ぎない。
それは、誰もが生きやすい社会を目指す上で、とても大きな壁であり続けている。
「私はあなた方の気持ちがわかっている。応援するよ」という言葉がどれだけ空虚であるかは、我々も終ぞ感じてきた。
例えば、24時間テレビで、その他のテレビ番組で、障害者が感動ポルノに消費されることを苦々しい思いで見てきた。
それに一時、加担してしまったことについても後悔している。

自分も、この活動を続けてきて、つくづく、市丸たちの気持ちはわからないし、車椅子に乗った人の気持ちなどわからない、と思う。
わかる日が来るとすれば、俺が事故にでも遭って車椅子生活になる時だろうか。

誰にも、その人の苦労や悲しみなど理解できない。
けれども、そこに想像力を発揮させ、一緒に語り合い、酒を酌み交わし、その上で「わからない」と思うことが重要で、想像だけして「わかった気になる」のは最も醜悪だ。
人はわからなくても寄り添うことはできるのだから。

今回の東京五輪が、「復興五輪だ」と言われた時に、強い憤りを感じた。
なぜなら、何も解決していないどころか、原発の新設をしようとしている国がいうセリフではないと思ったからだ。
けれども、実際に被災した人の気持ちはもっともっと深い憤りであったのではなかろうか、と思う。
そこまでの気持ちを想像することはできても、身に染みて思うことは被災者ではない俺にはできない。

というようなことをまず書いた上で、俺は先日のNHKのウエブで流れたニュースに絶句した。

それはこのように始まる記事だ。

全国各地で、元になる火を採取することになっている東京パラリンピックの聖火について、5年前、知的障害者施設で19人が殺害される事件が起きた相模原市では、あらゆる差別をなくし共生社会を実現していく決意を示すため、この施設で聖火の火を採取する方針を固めました。

この事件に関しては、これまでも発信してきたし、もう亡くなったけれど、盟友藤井ともイベントもやった。
この事件に対し、「もっと生きたかった」とかふざけた歌を作ってちょっと評判になった車椅子の女性を呼んでイベントもやった。
イベントと言うか、それに対する反論イベントだ。
彼女は俺らのよく知っている人だったが、よくイベントへの出演を快諾してくれたな、と感謝はある。

この記事を平たく読めば、確かに美談のように思える。
そう思った人も多いかと思う。
しかし、この記事に俺は深く疑念を抱いたし、冗談じゃない、と思った。

そもそも、ここで死んだ、いや、殺された人たちは、何に殺されたのか?という問題が何も解決されていない。
いや、その前に、「生きていたのだろうか?」という問題もある。

施設という場所に閉じ込めて、「世話する人」の「合理化」のために、全ての生活を制限されて、自らの思いを彼らはなにも実現できなかったのだ。
「いや、施設だって、彼らの思いを実現するために頑張っている」という意見もあろう。
ちょっとまて、だったら、ジャニーズのコンサートに彼らは行けたのか?
だったら、好きな時間に風呂には入れたのか?
いや、今日食べたいものが食べたい時間に食べられたのか?
夜更かししたい日に夜更かしができたのか?
ふと、コンビニに買い物に行けたのか?
好きなテレビを夜中まで見れたのか?

いやいや、好きな時間にトイレに行けたのか?

それらの一つでも実現できないで、「施設も頑張ってるから」って言葉だけで納得しろとでも言うのだろうか?
なぜ、障害者に生まれてきたから、家にいられないから、そういうことだけで彼らはその自由を奪われたのか。
その上、「施設も頑張ってるんだから」って、どういう理屈だそれ?

オグラは似たような施設にいたわけだけれど、彼は同室だった人の名前さえ思い出せない。
歩けない状態でここにやってきた。
会話も成立せず、まさに薬漬けといった状態だった。
それでも、「いい施設よ、施設も頑張ってるんだから」と言えるか?
彼は今、マラソン大会にも出るようになったし、みんなと楽しくふざけ合えるようにもなった。
その力は、そもそもあったのに。
「がんばってるんだから」で、どうして納得できようか。

オグラのお姉さんが、保護者会で(父母は年齢が高いことや持病があって彼女が出席していた)、「もっと外出の機会、例えばそういう行事を増やして欲しい」と言ったら、他の親から「こんなに施設が頑張ってくれているのに、まだそんなことを言うのか」と烈火のごとく怒られたという。
この構造が、入所している彼を、彼の仲間たちをどれだけ追い込んでいたのか。
その中で、彼が気持ちを亡くしてしまったとしても、それは仕方がないことではなかろうか。

お姉さんによれば、オグラは施設にいた時に笑いもしなかったし、「お祭り」のようなイベントで彼を見かけても「笑ったことがなかった」という。
これはまあ、大げさに過ぎるかと思うが、でもそういう感じだったことはそうなのだろう。
今はまあ、笑ってることの方が多くなった。
オグラが施設を出る、という話になって、それをお姉さんが施設に話したら、彼女に言わせれば「鼻で笑われた」という。
まあ、肉親による主観的な話だ。
鵜呑みにすべきではないだろうが、しかし、主観的だったとして、そこまで気持ちがこじれるほどに彼も、お姉さんも追い込まれていたと言うことは言えるだろう。

翻って、この相模原の施設は事件後解体されて、再びまた同じような施設を建設するという。

ここに、何か反省があるだろうか。

彼らを殺した犯人は「こいつらは生きていてもしょうがない」と言った。
そうだ、ある意味では当たっているのではないか、とすら思う。
だって、「全ての自由を取り上げられて、永遠に出れない監獄に収監されていたようなもの」なんだから。
そこで、人としての希望を失い、器質的にしか生きていられなかった、能動的に生きることが1ミリもできなかったのだから、それはそう言われても、語弊があるかもしれないが、仕方がないかもしれない。
でも、それは彼らに向けるべき論ではないのだ。
そこが重要なのだ。
ここに「閉じ込めた」社会に向けるべき論である。
そこを徹底的にこの犯人は見誤っている。

だって、出てきたオグラが、毎日をそこそこ楽しく生きることができるようになっているのだから。
その力を奪ったヤツがいるんだ。
そこを問題にしないで、彼らの存在が無意味だと断じてしまうことには大きな間違いがある。
もっと言えば、その「奪ったヤツ」とは、我々の社会だ。
だから、このことは我々社会が大いに反省すべきコトなのだ。

この事件が起こった時、施設解体に進むのだな、と思った。
一所に彼らを閉じ込めておいたツケを、彼らはその命で支払わざるを得なかったのだ。
そんな施設は、もうなくならなければならない、と思った。

が、世の中の論調は違った。
「彼らだってもっと生きたかったはずだ」などと歌にして、感動ポルノに取り込もうとした。
闇だ。
暗闇だ。

そうじゃない。
彼らを社会が受け止めなければならない。
一所に押し込めて、自分の社会から障害者を排除してきたことを反省しもしないで、何を言ってるんだ…。

今度は、差別を無くそうの旗印の下、また彼らは自由を奪われたまま、社会は感動ポルノに絡め取ろうとしている。

この記事はこう締めくくられている。

津久井やまゆり園の関係者は「パラリンピックが行われる夏は、園が新しくスタートする時期とも重なる。聖火が共生社会を改めて考えるきっかけになればうれしい」と話していました。

共生社会というのであるなら、施設はもういらない。
「合理化」の発想の元、大規模にどこかに閉じ込めて自由を奪って、それを「共生社会」というのは、どう考えても矛盾である。

この問題に、そしてイチマルやオグラ達と暮らしている俺には、このことはとても深い闇を感じさせてくるし、同時に強い憤りを感じる。
俺はオグラのように施設で暮らしていた当事者ではないが、彼らと共に暮らしていて、それでもこれだけの憤りを俺は感じている。

これでいいのか?
少なくとも、施設を続けるという判断をした社会に、我々はNOを言うべきではないか?
それはもちろん、俺自身に対するNOでもある。
少なくともその判断を聖火などで祭り上げて「誤魔化す」ことはしてはならないのではないだろうか、と思う。






本リターンズ

(BGM:保田 隆「わしだって  いつか・・・・・」from「プロローグ」)
→「わしだって~人並みな学歴ぐらい欲しかったんだ わしだって~本当は仲間と楽しくやりたかったんだ~ん~あ~」という。
ま、つまりは大人たちが作ったレールの上を走るのはイヤだった、ということらしい。
で、見返してやる、という歌なんだけど。
ルサンチマンの暴発、どこへも届かない爆発地点。
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