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スーパーちんどん・さとう

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愚痴


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世の中って、会社の人と飲みに行って上司の悪口言うくらいがちょうどいいって感じがあって、たぶん上司が悪口を言う対象じゃなかったら、自分の力だけが評価されちゃうじゃん、ってところがあるんだな。
もちろん、自分に力があればいいわけですが、そういう人はまあそもそも上司の悪口言わないで自力でなんかやってるだろう。
ま、でも愚痴が悪いとも思わないし、そういうなんだろう、開放弁?みたいなモノは確保しておくべきだと思うし。

でも、オレは聞くの苦手なんだよね。
というのは、「いや、だったらどうしたらいいか現実的に考えよ!」とすぐに思ってしまうから。
愚痴がエンターテイメントにならないというか、愚痴が存在する地平に生きていないというか、愚痴をそもそも「楽しめない」のだろうオレは。

先に書いたように、愚痴は悪くないと思うんだけど、でもそれは一時のことで、「その内容はそこでなんとかして」と思ってしまう。
で、また違う愚痴を言えばいい的な。
つまりは、愚痴はスタートであって、ゴールではないし、ましてや「通常」ではない、という気持ちがあります。
ま、でも「愚痴を言いたい」という人はいますから、それはそれでいいんだろうけど、それはきっと「愚痴を言うために生きている」ってことだから、なんだかさみしい感じもするけれど、でも本人はそうしたいんだから、それはそれでいいんだろう。

ま、ただそうなると、愚痴の対象である上司としては常々言われてしまうので、ちょっとかわいそうな気もしなくもない。
あ、でも本人の前では言わないのかな。

これが政治家だ、大企業の会長だ、ということになれば、世の中から一斉に文句を言われてもしょうがないと思います。
やっぱそういう「立場」なんだと思うから。
それだけのお金をもらってるわけだし、それだけの防御する体制も自分の組織の中にあるんだと思うし。

けどなあ、中小の社長さんとかはなんだかかわいそうにもなりますか。
でもまあ、人を使うってのはそういうことなのか。

オレが愚痴が苦手なのは、なんだか愚痴の言い合いになっていく感じ、というとこで、場の雰囲気が怖くなるというか。
その場にいたくなくなる感じになってしまう。
でも、愚痴を言いたい人にはそれが心地いいのか…、と思うと、なおその人たちがイヤな感じに見えてくる。
それが一人ならまだしも集団じゃ、もう逃げるしかない。

愚痴って最強の自己正当化だから、反することを何か言っても話が成り立たない。
だから、自己正当化を共に許し合う環境にある、ってのも怖い。
成長のない世界、って気もする。
成長だけがいいわけじゃないが、自分が変わらずしてまわりも世の中も変わるわけがないのに、それで愚痴ってる感じも怖い。
ま、自分がかわるってのは他人がかわるってことだから、そういう「自分」が増えることが大事で、それが「愚痴を言わないで済む」ということになるんだろうけど、つまりは自分も変えないし、愚痴を言わないで済むことも変えない、という。

つまりはだから「愚痴が怖い」。

でも、そういう人たちはそうやって群れるから、ってか群れざるを得ない、だって愚痴には聞いてくれる人が必要だから。
余計に怖い、という。

ま、いいんですよ。
いや、愚痴はいいし、俺も時に言ってるだろうし、聞いてるだろうし。
そういうのは先に書いたように必要なことだから。
でも、なんかそれを「最強の自己正当化」ってわかってないとしたら怖いなあ、って話。

で、まあちょっと話変わりますが、ウソをついちゃう人、っているじゃないですか。
自分を大きく見せたい、とかってのもあるだろうし、そうじゃなくても「ちょっと言い出しにくくて言えないまま」みたいなことっての、よくある話な気もする。
で、言い出せなかったのを「言い出しにくかったからだ」とまわりを責め始めちゃったりしたり。

そういう面はきっとあったんだろうけど、それはきっとあなたが言い出さなかったからそういう集団になったんですね、とも思えて、結局会社でもなんでも集団ってのは人一人一人の集まりだから。
自分がその集団の感じをよくしよう、と思えてなかったら、きっとそうはならないし、他の人もそういう動きをしてくれない。

つまりは自分と他人は同じなんだよ、というね。
そこの部分をなんかオレはいつも考えていて。
自分がやらなきゃ人もやらない。
だから、人にやってほしいことは自分が先にやる。
そうすると、あら不思議、けっこうまわりが、オレがやってほしかったことで動いてくれたりするもんで。

愚痴もそうなんですが、愚痴を言う人には愚痴を言う人が集まるし、ウソを言う人にはウソを言う人が集まるし、「なんとかしよう」と動く人のまわりにはそういう人が集まる。
愚痴がイヤな人は愚痴ばっかりの人からは離れるだろうし、「ウソを言ったのはまわりのせいで自分のせいじゃない」というのがイヤな人はそういう人から離れるだろうし、なんやかんや、結局人は同じような感性の持ち主と群れることになるんですよね。
交際相手がどういう人か知りたければ、その相手の友人を見ろ、という話しもあります。
自分がなりたい人のそばにいろ、という言葉もあります。

ま、どれも当たり前の話ですけど。









(BGM:Keiko Walker「Solo」from「Both Sides Now」)
→イギリスと日本の血を引く、という方らしい。
確かに、どっかイギリスフォークの雰囲気があって、この曲なんかは特にいろいろなイメージが頭の中にわいてくる。
間奏もいい。
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