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スーパーちんどん・さとう

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容赦ない監督 ★ 映画 「さがす」


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「さがす」を見てきました。
「岬の兄妹」(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4783.html)の監督さんなんですね。
あの作品は重く、恐ろしかったですが、まあ、こちらもそのテイストは変わらないし、「容赦ない監督だな」という印象も前作と同じ。
ただ、今回の方が主役が佐藤二朗さんということで、どっかメジャー感もあるし、殺人に関わっているとはいえ、ほとんどが彼が直接手を下していないところもあって、前作よりはマイルドな印象はある。

舞台は大阪西成。
知ってる場所も多く出てきて、あそこだあこそだ、と思いながら見た。
そこで暮らす父娘。
父親はダメオヤジ。
それをしっかり者の娘が支えるという、じゃりン子チエの世界観。

ある日、その父親が失踪。
「探さないでくれ」というメールも来る。
が、その失踪には秘密があったのである。
というか、そもそもその前に大きな秘密があって、ALSを患った母親を、彼は「安楽死」させていたのであった。
その安楽死を請け負った青年役に清水尋也さん。
彼が変態で偏執狂、シリアルキラーなワケだけれど、なかなかいい味を出している。
いつしか、彼の元で働くようになる父。
実行犯は清水さん一人という感じなのだが、「死にたい」という人をSNSでおびき寄せる役を父親がやるようになるワケね。
それについては、娘にはもちろん内緒だ。
母親を「安楽死」させたことも内緒。

しかし、この「女房を安楽死させる」という場面ね。
これがなんかもうリアルなんだよな。
「もう死にたい」を繰り返す女房に、時に手をかけそうになる二朗さんの感じがすごくリアル。
この辺の感じは見てられなかった…。
「容赦ない監督」の真骨頂。
生きていてほしい、という思いと、死んだ方が幸せだ、という間で揺れ動く様を二朗さんが怪演。
コメディ役者としての色が強いけれど、こういうのを見ると、本当は何でもできるすばらしい役者さんなんだな、というのがよくわかる(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5581.html)。
好きな役者さんの一人。

で、指名手配犯を見つければ300万円、みたいな流れがありまして。
ま、その指名手配犯が、二朗さんが手を組んでいる実行役の清水さん。
彼を匿いながら彼の手引きをしている、ということなんだけど。
最終的には彼を破滅させるために一芝居を打つ…。
そして、指名手配犯を捕まえたとして300万を手にして女房とやっていた卓球サークルを再開させるのだけれど…。

まあ、ラストはこれでよかったんだろうな。
なんやかんやあって父のスマホを手に入れた娘。
もちろん、父の仕事を知ってしまう。
そして娘は警察に通報(した感じ)。
そのラストの場面もなかなかよかった。

確かに、いろいろな?はあります。
そもそも女房の「安楽死」がなぜ事件として発覚しなかったか、とか。
娘の同級生は必要だったのだろうか?とか。
ただ一方で、父親が失踪した後の西成警察の対応や教師の対応といったような細部がとてもリアルなので、その大きな「?」をあまり気にしないまま見続けられる。

さて、「さがす」というタイトルだけれど、誰が何を探していたんだろうか。
映画としては、「娘が本当の父を見つけた」、ということなんだろうが、いろいろな解釈はできる。
尊厳死のようなことも扱っているし、それは「生きるとは何か」を探しているようだし、そもそも「指名手配犯を探す」ということでもあり、「母親の死の真相を探す」という意味にも取れる。
ただ、人生わかってしまえばそこで終わり、ということもあるわけで、果たして「探し出す」ことが本当に幸せかというとそういうことでもないわけで。
つまりは「探し続ける」ということなのかもしれない。

最後の最後、卓球台を挟んで父娘がラリー。
そこでの娘と父の会話がエンディングということになるわけですが、一度途切れて玉が落ちる。
そして再開するのだけれど、そこには卓球の球はなく、音だけが響いてくる。

もちろん、卓球しながらこんなに複雑な演技をできるワケがないから、一度目のラリーはやっぱり合成だったんだ、とそこで気づくワケだけれど、この演出の意図するところはなんだ?
「簡単に信じるな」「簡単に真実などは見つからない」ということなのか、ここまでは物語を提供していた監督が、急に観客に問いかけているように思った。
けど、何を問いかけられてるのかがよくわからなかった…。







(BGM:Arch Enemy「Beast Of Man」from「Arch Enemy History - Sampler」)
→アーチ・エネミーというスウェーデン出身のメロディックデスメタル?のバンドを紹介するCDなのね。
んで、なんか解説してくれる人がいて、解説があって曲が入るという。
ま、この手のCDってなんか面白い。
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