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スーパーちんどん・さとう

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先日、朝運動でカブキの車椅子を押して歩いてました。
するとなんか小学生が続々と「帰って」くるのでありました。
聞けば、どうも卒業式だったらしく、低学年は朝行っただけで帰る段取りだったらしい。
まあ、このコロナの最中それもどうかと思いますが、まあそういうことらしく。

朝運動は、マラソンの時はコースが決まっていて、近所の公園から川の土手沿いまで住宅地を抜けていき戻ってくる、というコース。
あまり車が来ない道を選んでいることもあるのか、逆に子ども達も通るのね。
通学路、スクールゾーン、ってヤツですか。
でも、いつもだったら、小学生は登校後の時間になるし、そんなに出会う確率は低い。

が、その日はそんなことで小学生の集団にたくさん出会いまして。
二三人だったり、もっと多かったり、男の子ばっかりだったり、女の子だけだったり、混じってたり、いろいろでしたが、何人か一緒にバラバラ帰ってくる感じで。

でね、何を言いたいかというと、けっこうみんな「気に留めない」んです。
車椅子を物珍しそうに見ていく子が少ない。
というか、いなかった。

昔、といっても30年前にあき江さんなんかと出かけた時は、小学生はまず興味を持つ感じだったんですね。
で、「アレなんだ?」という感じでひそひそ始まる。
もちろん、こっちをずっと見ている。
中には、「これ何?」と聞いてくる子もいた。

ま、小学生には「じろじろ見るな」とかってのは通用しませんから。
興味のママに行動してくれるので、まあそういう感じになるんだな。
あ、別にそれがダメだとは全然思わないんですよ。
当時もそう思ってました。
むしろ、「車椅子」ってのを知ってもらえばそれでいいじゃん的な感じもありました。

だけど、今の子はまず「興味を示さない」というね。
久しぶりにそういう状況になって、つまりカブキの車椅子を、小学生の群れの中で押す、という状況になって、それに気づきまして。

これね、まずおじいちゃんおばあちゃんが長生きになったり、自宅で過ごすことも多くなって、車椅子というモノを「見慣れた」ってのもあると思います。
同時に、学校に車椅子の子がいるのかもしれない。
そうなれば、そもそも車椅子が「特別な感じなモノじゃない」ということにはなるわな。
だから、道を歩いていても、別にどうってことでもなかろう的な。

それとまあ、テレビでもよく出てくるんですかね。
NHKとか見てても車椅子の子が出てきたりしますからね。
そういう番組を学校で見たり、家で見たりもしてるのかもしれない。

総じてまあ、いいことですよね。
なんか、「時代は変わったんだな」とオレは思いました。
いい方に。
なんか30年前は異物だったモノが、そりゃ全てってコトじゃないですが、なんか受け入れられている、というか、とりあえず存在だけは普通になってる、という感じ。

やっぱね、「あの子は違う」みたいなことって、慣れですよね。
「慣れ」っていう言い方はちょっとよくない気もしますが、慣れてないから、見たことないから「違う」ってなるわけで。
普通に一緒にいれば「違う」ということにはなりません。

だから、多くの障害者が地域に出て行くことは大事なことなのだなあ、と。
そうやって、みんな「慣れ」ていく。
「違い」がなくなっていく。

と、まあ、いいことばかりって感じで書いていますが、その「違いがなくなっていく」のはいいことだけれど、実際は違うんだよ、というね。
そこも大事なんですよね。
例えば、たいがい道はカマボコで、車椅子は端に流されるし。
そういうこともぜひ知ってもらいたいと思うけど、まあそこまではね。

とはいえ、それも「違いがない」ということを前提にしなきゃ成り立ちませんから。
「同じ人間である」ということがあるからこそ、そうしたカマボコに体して憤りを一緒に感じてもらえるわけで。
最初から「違う人間」だとすれば、もうカマボコであろうが何だろうが「オレには関係ないし、あの人は「特殊」だからいいんじゃね?」とかって、話が終わっちゃう。
「違わない」からこそ、話が始まるというか。

小学生なんかはそれでいいんでしょうね。
成長していく中で、いろいろとまた違う感情を持ってくれるでしょう。
「あの人、お風呂どうしてるんだろう」とか。
「生理になったらどうするんだろう」とか。
違わない人間であるあの人が、果たして「自分と同じ生活をおくれてるんだろうか」。
そして、「おくれるべきだよね」、でも、「制度がなくておくれてないんだ、それちょっとおかしくない?」と考えが広がっていくのかもしれない。

ま、そう考えると、なんかもちろん俺らがやってきたことなんかは一滴くらいのことですが、でもなんかよかったな、と思いました。








(BGM:SPEED「熱帯夜」from「RISE」)
→これ、サビじゃない部分が語りとかラップとかそういう感じになっていて、アイドルっぽい作りになっているのがいい。
そういえば「声のレコード」とかってソノシートがあったりしたなあ、って思い出す。
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