fc2ブログ

プロフィール

スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

@SMChingDongSATO twitter

Calendar 1.1

<
>
- - - - - - 1
2 3 4 5 6 78
9 10 11 12 13 1415
16 17 18 19 20 2122
23 24 25 26 27 2829
30 31 - - - - -

全記事

Designed by 石津 花

カテゴリ

最新記事

最新コメント

リンク

検索フォーム

RSSリンクの表示

ブロとも申請フォーム

最新トラックバック

QRコード

QR

好きと嫌いの間


【リンク】虹の会本体ホームページ虹の会本体ブログスーパー猛毒ちんどんフェイスブック虹魂的障害者自立生活ミツのホッサ日記PLUS井上のリーダーズブログ筋ジストロフィーの花屋・漆黒ブログ
【YOUTUBE】スーパー猛毒ちんどんチャンネル
スーパー猛毒ちんどんシリーズ介助者大募集シリーズ知的生涯シリーズ影の声シリーズ

虹の会では、専従職員を募集しています。社保完。詳しくはこちら





コバと話していると、思うことがありまして。
ま、コバだけじゃないんだけど。
というのは、誰が嫌いだ、好きだ、って話になることがあるんだけど、その時に、好きと嫌いしかないんですよ。

コバなんかは特に家庭環境もあったんだと思うけど、「怒られなきゃイイ」という思想を持っていて。
まあ、それ自体もどうかとは思うんですが。
だって、怒るとか意見してくれるってのは、まあコバのことを考えてしてるわけですからね。
それをしない人が好き、ってのは、まあ向こうはコバのことなんとも思ってない、ってことだから釣り合いが取れない。
その辺がどうも見ていてヤキモキする。

とはいえ、最近はそれでも「やっぱり意見してくれる人は大事」とは思っているようで、ちょっと変わってきたというか、子どもじゃなくなってきたかな、とは思うんですが。

で、まあその好き嫌い、なんだけど、二つしかないと、好きじゃなければ嫌いなんですよ。
嫌いじゃなければ好き。
これね、もう浅いんです。
本当に好きな人が誰だかがわからない。
本当に大事な人が誰なのかがわからない、って事態になる。
逆もまたしかりで、本当に嫌いな人って誰?というのが薄ぼんやりとしてしまう。

まあ、これについてはオレも反省していて、というのは、けっこうね、彼ら知的障害者を相手にしていると、「みんな仲良くしましょう」とか言いがちなんですよ。
でも、それって違うじゃないですか。
大人の社会でそういうのってやっぱ違うなあ、と思ってて。
だから、「嫌いなら嫌いでイイ」「でも一緒の船に乗ってる仲間ではある」というような言い方をしてきちゃってましたね。
だから、好きの反対が嫌い、という意味ではあってるけど、「好きでも嫌いでもない」ということについてうまく表現できてなかったな、と。

そして、その「好きでも嫌いでもない」という人がほとんどなんですよね、世の中。
逆を言えば、その「好きでも嫌いでもない」ってことがあって「あたりまえ」ということをもっと彼らに伝えられるように普段考えておくべきだったな、と。

みなさんもどうですかね。
嫌いな人っています?
ちょっとコバと話している中で考えてみたんですけど、いないんですね。
あまりパッと浮かばない。
というか、嫌いな人は近くにいない、ってことかもしれないんだけど。
と思って、いろいろ思い出してみるけど、実際その時はアタマにきてたとしても、別になんか「なんだかんだ関係ねえな」と思う人ばかりで、つまりはもう「好きでも嫌いでもない」んだな。

まあ、世の中っていろいろだから、姑さんが嫌いだとか、中には旦那さんが嫌いだとか、そういうのもあるかもしれません。
だからまあ、オレなんかは幸せなんだと思います。
思いつかないもん。
好きな人ってなると、これはなかなか難しいけど、ってか、たくさんいるなあ。
…と考えると、やっぱオレは幸せなんだろうかな。

で、でもたいがいは「好きでも嫌いでもない」んだよな。
いい人だと思いますけど、まあ好きでも嫌いでもない。
会話は時に弾むけど、まあ好きでも嫌いでもない、みたいな。

結局それってなんだろう?と自分に翻って考えてみると、「自分のコトを思ってくれてるかどうか」なんだろうか。
つまりそれには「自分」という物差しがなければならないって感じになるのか。
でも同時に、そうやって自分のコトを思ってくれる人がいるから自分が立ってる、という部分もあるわけで。
だから、本当は「誰が好きで誰が嫌いか」なんてのは、どうでもいいことなのかもしれない。

人間関係や、自分の立ち位置を、「自分が誰が好きで誰が嫌いか」みたいなことで考えてしまうのって、やっぱどっか自意識が高いんですか?どうなんでしょう。
オレなんかは自意識が高いんじゃないかな、とか思いますけど。
人に乞われればそれはやるし、そうじゃなきゃやらなかったりもするし、なんだろう、結局は「その相手がオレに何を望んでいて、オレは彼に何を望んでいるか」でしかなくて、それが叶うか、叶わないか、だけの問題のような気がしたり。
つまり、好きだろうが嫌いだろうが、結局はそれが叶うかどうかだけの問題で、オレがどう考えていようがそんなに関係ない、というか。

ま、それが正解かどうかはオレはわからないけど。

で、まあコバに戻って考えて見ますと、つまりは他人が自分と同じ人間である、という部分に欠けてるのかもしれない。
つまり、自分がその人に望むことと、その人が自分に望むこと、ということの区別、というかその両者がある、というのがあまりアタマにないのかもしれない。
自分がいつも主人公で、その他は脇役、としか思えなければ、やっぱりそうはなっちゃうかもしれない。
でも、彼からしたら自分が脇役で、彼主役の時にきちんと脇役がつとめられたか?ってのが結局は「仲間意識」だったり、「友情」だったり、「愛情」だったりするような。

ま、またいろいろコバとは話をしていきたいと思います。









(BGM:田代ユリ「青い影」from「愛のエレクトーン ベスト」)
→オレはビクター版のエレクトーン、ビクトロン、というのを習っていたので、この音色はとても懐かしいモノがある。
しかもこの曲はエレクトーンに向いていると思うのよね。
名曲。
スポンサーサイト



<< 被差別者に理由を見いだそうとしてはいないか? | ホーム | 後ろの子 >>


コメント

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

 BLOG TOP