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スーパーちんどん・さとう

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1/28(金) 10時より桜区役所で さいたま市と話し合いをします

にじ屋を中心とするネットは、デイケアという形で市から補助金をもらって運営をしていますが、実際にはその枠はとっくに越えた運営をしています。
そこで、虹の会はそれらを市に応援させるべく話し合いを行ってきたところですが、今回改めて要望書を出し、と話し合いを行うことになりました。

話し合いは誰でも参加できますし、正直、数も一つの主張になりますので、みなさん見に来てください。

niijiya.jpg


以下、要望書です。

平成23年1月11日

さいたま市長
清水勇人 殿
さいたま市保健福祉局長
青木龍哉 殿
さいたま市保健福祉局福祉部長
大塔幸重 殿
さいたま市保健福祉局福祉部障害福祉課長
岡村健司 殿

どんなに障害が重くても
地域で暮らすのがあたりまえ
虹の会 会長 工藤伸一
虹の会 事務局長 藤井義則



障害者の地域生活実現に対する支援についての要望書


 日頃より、障害者福祉の推進及び、その充実にご尽力いただき、ありがとうございます。
 また、昨今では、国による障害者施策が極めて不安定な中、さいたま市におかれましては独自の取り組みなどにより対応される姿勢について、失礼と存じますが、高く評価しております。

 私たち虹の会は、さいたま市(旧浦和市)において、障害者が地域であたりまえに暮らすことが出来るような社会の実現を目指し、1982年より活動してきました。

 さて、標題にあります「障害者の地域生活実現に対する支援」について、要望させていただきます。さいたま市におかれましては、障害者総合支援計画や、今後制定されるノーマライゼーション条例など様々な施策の中で、障害者が地域で差別されることなく、人としてあたりまえに、そして自分らしい暮らしの実現を、明確な目的として掲げられていると存じております。

 しかし、現実は、決して、障害者が自分らしい暮らしの選択が出来るような状況ではありません。当然、さいたま市におかれましても課題、問題点として把握されておられることと存じますが、未だ、成人しても親に擁護(親に負担を求めるような施策展開の存在)されたままの障害者。社会から隔離された施設での暮らしを余儀なくされる障害者。作業所に通っても利用料が工賃を上回る(給料よりも利用料負担の方が多い)ような馬鹿馬鹿しい構造。通所施設に通っても、午後3時には帰宅させられる、幼稚園児的な扱い。企業就労しても賃金の差別や特別扱い故に同僚からも特別視され、結果、飲み会にも余暇活動にも誘われない、そして友達も出来ない虚しさ。地域で暮らしたくても、生活資金に対する支援や、介助保障の不足により断念せざるを得ず、将来への希望も持てない心の疲弊(自立したいという思いすら無くなってしまう)。ヘルパー制度に至っては、少ない介助料(事業所に対する報酬)、不足する人員により、利用する本人の都合ではなく、事業所の都合によって生活を左右(この時間にしか行けないので必ずこの時間にトイレを済ませてください等)され、さらにはヘルパー資格のマニュアルによって、自分なりの生活の仕方を否定される、自分らしくない暮らし。これら未だ解決の糸口も見えないような現実が、私たち障害当事者の目の前にあります。

 今回、要望させていただくにあたり、実際に具体的な施策として実現していただきたいという思いはもちろんありますが、何よりも、これら障害者の状況、不遇にも目を向け、何が必要なのかを見極めていただきたいと考えております。入所施設を増やせば良いとは思えませんし、企業だけに努力をしろとも思えませんし、障害者自身、そしてその親御さんの甘えや葛藤も当然あると思います。障害者の保護や擁護を目的とするのではなく、障害者自身が人として社会における責任や義務を果たすことが出来るようにするためにはどうしたら良いか、より厳しい目で見ていただけるよう、お願い申し上げます。

 要望に至る意見を次のとおり述べさせていただきます。また、今回の要望では、既に私たちが実践している活動を基にし、主に知的障害者に関することに論点を絞らせていただきます。障害者における課題、問題点は非常に多く複雑で、それらをすぐに解決出来るとは私たちも思っておりません。ですから、少しずつ、慎重に議論を重ねていただけるよう、併せてお願い申し上げます。

①障害者が地域生活を実現させるために最も必要な要素
 障害者が入所施設や親元に依存することなく、地域での生活(自立した生活)を組み立てていくためには、まず、その生活資金が必要です。そして、生活資金というのは、例え障害の無い人であっても、自立した生活を送るためには絶対に必要な要素でありますから、特別、変わったことではありません。
 しかし、障害があると、企業就労が困難であったり、作業所で働いたとしても、その工賃にいたっては極めて少額であり、生活資金の確保が難しい状況であります。
 また、そういった現状において、生活資金の確保が困難な末に選択されるのは、生活保護であると存じますが、本来生活保護とは、自由選択の域にはあらず、最終的な手段であり、あくまでも措置であるという認識が通常であります。
 従い、生活保護を受けることでは、この要望における根本的な解決にはならないという認識に基づいていただけるよう、まずはお願い申し上げます。
 つまり、障害者の生活資金に対し、生活保護以外の支援を必要としております。

②虹の会の取り組み
 虹の会では、デイケア事業(過去の介助保障要求運動の課程において、あくまでも補助金を目的として開始したものです)として、店舗であるリサイクルショップ「にじ屋」の運営を軸に、10名の知的障害者の賃金確保に取り組んでおります。
 にじ屋の運営方法を簡単に説明しますと、まず、さいたま市民に広く協力を仰ぎ、無償で提供品(服、本、雑貨をはじめ、ありとあらゆる物)をいただき、それらを検査、清掃、値付けのうえ、販売しております。そして、その売り上げからデイケア制度で賄えきれない経費を引き、残りを知的障害者の賃金としております。昨年度は1500万程度を売り上げました。
 しかし、1500万を売り上げるためには、やはりそれ相応の経費がかかり、最終的に知的障害者の手に渡る賃金は最高でも月6万円程度(経験年数によって賃金の差を設けております。平均すると月4万5千円程度です。)が、現状においての限度であります。
 にじ屋の運営は2001年にはじめ、現在の店舗に移行したのは2004年からであります。以降、売り上げを伸ばし、2007年頃には現在と同程度の規模になりました。しかし、そこからは売り上げが減ることはあっても増えることがありません。つまり3年間程、推移は平行線という状況であり、正直、限界では無いかと考えております。売り上げを伸ばすための経営手段の改善や、経費削減に対しては、無論、恒久的に取り組まなければならない課題として認識させていただいているところですが、絶対的費用である地代等に関しては削減する方法がありません。
 また、知的障害者のみでにじ屋を経営することは、当然、困難なことも多く、人的な支援も必要であります。デイケア制度上のいわゆる職員については、利用換算において現在は常勤2、非常勤1という計算になりますが、この人数で成り立つわけもなく、虹の会の他事業に関わる人員が無償で手伝っているという状況です。
 整理しますと、デイケア制度及び、地域活動支援センターの補助金レベルで賄える経費、人員だけでは、にじ屋の運営はもとより、1500万円を売り上げることは不可能であると考えております。そのうえで、1500万の売り上げでは10名の知的障害者の賃金を確保するには至らないという現実があります。つまり、今回は特に、知的障害者の賃金に対する支援を必要としており、同時に既存の制度に関わらない、もしくは既存の制度以上の支援を必要としています。

③地域と共に発展していくこと
 虹の会及び、にじ屋の活動方針として最も大事に考えているのは、地域、そして市民の協力や理解を得ながら活動することであります。これは、にじ屋においては仕入れ販売は最小限にし、市民からの提供品を主体として販売し、それをまた市民が購入するというように、まさに市民同士が協力し合う、地域社会の実現へ向けた取り組みであります。
 特に障害者における課題、問題点を解決していくうえで、その生活の拠点である地域の理解は欠かすことが出来ないと考えているからです。例えば、いくら良い制度が存在したとしても、地域の理解が無く、結局アパートを貸してもらえないのであれば、何ら意味がありせん。
 また、虹の会の歴史においても、地域、そして市民の協力や理解と共に発展してきた事実があります。その歴史について、簡単に述べさせていただきます。

 虹の会は1982年、筋ジストロフィーの障害を持つ、故・福嶋あき江が、入所施設での暮らしに疑問を持ち、地域での暮らしを実現させるために強行的に一人暮らしを始めたことをきっかけに発足しました。重度障害者である福嶋あき江は、24時間の介助が無ければ、トイレにも行けず、食事も出来ず、外出も出来ません。当時、障害者が地域に暮らすために必要な制度は皆無であり、当然介助保障と言えるものは一切ありませんでした(暮らしを始めた頃は、一人のボランティアと共同生活を送り、介助はそこに頼るしかありませんでした)。
 そこでまずは生活を成り立たせるために、介助ボランティアを募集する活動に終始し、市民や学生の協力を得ることが出来、当初よりは生活らしくはなりました。しかし、あくまでもボランティアであって、確実性を求めるには限界があり、決して生活の安定には繋がりませんでした。そこで、有償の介助者を雇い、介助の確実性(行きたい時にトイレに行けるといったように、24時間いつでも介助がある状態に)を向上させるために公的保障を求める方向へシフトしていきました。ただ、やはり当時はそもそも介助保障制度というものがありませんでしたから、公的保障と言っても簡単に得られるものではありません。従い、行政と交渉することはもちろん、自身でも介助者を雇うためのお金を用意しなければなりませんでした。
 その介助者を雇うお金や活動資金を得るために、現在と同じように、市民から提供品をいただき、それをまた市民に販売するバザーを始めました。しかし、当初は提供品も売り上げも微々たるもので提供していただいた方々には感謝をしつつも、正直、どうにもならない状況でした。そこで、さらに提供品やバザーに来てくれる人(お客さん。お手伝いさん。それもまたすべて市民の方々です)を増やすために、ビラ配りや捨て看板設置はもちろん、機関紙(虹の会の主張や活動内容を報告し、理解を得ようとするもの)を発行し、より多くの協力者を増やしていく活動に専念しました。そして何年もかかりましたが、少しずつ市民の理解を得て、バザーの売り上げは徐々に伸び、1回の開催で100万円を超すようにまでなりました。
 福嶋あき江亡き後も、市民の多大な協力の下、バザーを続け、市民の理解という大きな後押しもあり、行政との交渉も進展し、虹の会発足より約30年経った今、以前とは比べものにならないほど介助保障も充実し、24時間の介助を使いながら地域で一人暮らしをする身体障害者が7人にまで増えました。
 そしてそのバザーが、知的障害者の地域生活実現に対する取り組みとして、「にじ屋」という店舗に姿を変え、障害者の賃金を得るために、市民の協力を求め続けています。今までのすべての活動において、市民の協力は欠かすことは出来ませんでしたし、それはこれからも変わりません。

④労働や賃金以外に必要な要素
 障害者が地域で差別されることなく、人としてあたりまえに、そして自分らしい暮らしを実現していくためには、その生活の目的や質という点についても、目を向けなければなりません。

 例えば、仕事があれば、それが平日における生活の目的になります。その目的を果たすためには、まず朝起きて、それから会社などに行き、一日働いて、帰宅することになります。時には仕事終わりに同僚や友達と遊びに行くこともあるでしょう。そして休日は、仕事があるからこその価値というものがあり、充実したものにしたいと誰もが思い行動するはずです。あくまでも一般論ではありますが、これが社会で生活をしていくことであり、人間らしい暮らしであると思います。
 それが障害者の場合、入所施設は論外ですが、仕事や活動が無ければ、朝起きる必要は無く、社会が最も活発に動いているであろう日中に社会参加することが出来ません。仕事や活動といった生活の目的が無いという状況は、社会との接点が閉ざされていることに他なりません。

 また、社会生活を送るうえで欠かせないのは人間関係の構築です。社会から隔離された入所施設や、そもそも障害者を幼児扱いしていたり、保護の対象として日中預かれば良いという差別的な考えで運営されている通所施設などでは、障害者と健常者で明確な立場の違いがあり、正常な人間関係を構築することはまず不可能です。
 虹の会及びにじ屋では、そういった差別的な状況に対抗する意味でも、障害者も健常者も同じ目的を持って活動する当事者に他ならず、職員と利用者という構図にはありません。ですから、障害者だからといって特別優しくすることもありませんし、健常者の都合だけで障害者に指図をすることもありません。そしてこれは本来意識することではなく、わかりやすく言えば、健常者と健常者の間では、至極自然に行われていることであり、人間同士ですから時には喧嘩をすることもあるでしょうし、好きな人、嫌いな人にも出会うことの方が正常です。
 にじ屋では、当然、仕事の部分については、障害者も健常者も同等の立場において、それぞれの責任を持ち、取り組みます。障害者だけが午後3時に帰され、あとは健常者がやるなどということはありません。そして仕事が終われば、疲れて帰る日もありますし、食事でも行こうかという日もありますし、お酒を飲みに行ったり、映画に行ったり、そして休日には皆でプロレスを見に行ったり、遊びに行ったりと、障害者も健常者も人間としてごくあたりまえの付き合いをしています。
 つまり、これら正常な人間関係こそが生活の質を左右させるものであり、まずそれを構築出来る環境があることが、生活の充実に繋がると考えています。友達がいなければ、休日もただひとりぼっちで、生活や人生に何ら発展がなく、変化の無い、つまらない生活を強いられることでしょう。

 仕事や活動さえあれば良いというわけではありませんし、お金さえあれば良いというわけでもありません。既存の施設や作業所、そして制度など、その考え方の多くは、障害者の保護を目的としているものであり、障害者の生活の充実や正常な人間関係を意識したものではありません。人としてあたりまえに、そして自分らしい暮らしを実現させるためには、制度的にも理念的にも全く新しい取り組みが必要だと感じております。 

 以上、4点の意見を提出させていただくとともに、次のことを要望させていただきます。



1.市民同士の相互協力に基づいた地域社会の実現を目指し、にじ屋の仕組みを根拠に制度を制定し、その運営費に対して補助してください。

2.障害者が地域であたりまえに暮らしていけるように、入所施設や作業所などの既存の制度以外の新たな支援制度を検討及び制定してください。その制度はさいたま市障害者総合支援計画及びノーマライゼーション条例の理念に基づく形にしてください。

以上
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