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スーパーちんどん・さとう

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悪魔のせいにしてはいけない部分 ★ 映画 「ヴァチカンのエクソシスト」


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悪魔ってのがいます。
いますってか、いるのか?
悪魔ってどっか「人の心の邪悪な部分」とかって思っていたんだけど俺。
でも、悪魔という存在がいる、ということになると、これなんか自分の世界観が歪む。

しかし、神様を信じている人にとっては、その対極にある悪魔をまた信じているということに他ならないということもありまして。
「悪魔はいる」
あろうことか「悪魔には名前がある」というようなことになる。

なんか、聖書によれば?、数百人の悪魔がいるんだとかいないんだとか、うろ覚え。
そういう意味では神様も万能ではなく、闘い続けるヒーローのような気がしてくる。
しかし、その多くの悪魔は封印されている的な?ことなのか、時にその封印が解けてしまい大騒ぎになるのである。
ま、封印されてる言いましても、その場所にしめ縄がしてある、みたいなことでもない限り、その辺の石なら蹴飛ばしてしまう可能性もある。
ましてや大規模開発で地面を掘り返す、などということになるとまあ封印が解かれてしまう可能性が高い。
よもや「昔の修道院を改装する」となると、これまた封印が解かれるきっかけには近くなる。

というわけで、「バチクソ」「ヴァチクソ」なのか、まあ話題の「ヴァチカンのエクソシスト」を見てきたわけですが、まあこれ、エクソシストモノとしては出色の出来かと思いましたね、はい。

正直、エクソシストモノは、どっか入り込めないんですよ。
というのは、聖書の世界観がよくわからないから。
しかし、この映画、冒頭から「ほとんどは病院の範疇である」というようなことを主人公であるエクソシスト自身が言っちゃってるんだ。
この辺、とても真摯なエクソシストモノだな、と思ったわけです、まず。

まだ医学の発展してない、特に精神医学だったり、脳科学だったりが発展していない世の中においては、その症状が悪魔憑きに見えるのはしょうがなかったのだろうと推測。
また、家族の抑圧だったり、社会の抑圧の強い時代だったらその辺の症状が起きるのは当然あるワケで、そこでエクソシストが登場して、いわゆるカウンセリングですね。
「お前の悪魔は取り去った」と宣言する。
そのことによって、その人は平穏を取り戻す、という。
つまりは、症状が出てる人、まあ患者と言ってもいいんだが、その人自身も悪魔が取り憑いていると思い込んでいるわけだから、そこをまあなんやかんやカウンセリングする、という役目だよね。
これ、まあ今の精神医学でもどうなのかわからないけど、今考えると、依存関係というか。
エクソシストがそう言うのだからそうなのだ、と信じ込める反応というのは、まあそういうことなんだけど。
でも、それだけ社会や生活の中に宗教、キリスト教ですね、入り込んでいれば、それでもまあ成り立つ、という。

しかし、今回のお話は、本当に悪魔が取り憑いてしまう、その「ほとんどが病院の範疇」以外の例なのね。
その悪魔にはきちんと名前もあるし、なんか舞台となる元修道院の歴史に関係する悪魔らしい。
その歴史を紐解いていく、という推理もあったりしてエンタメ感もあり、なかなかこれよくできていると思ったんですが。

が、ですね。
どうしたってやっぱ引っかかるのは、異端審問の部分で。
異端審問自体は、やはりキリスト教がというか、キリスト教を信じているみなさんや指導者の人たちが反省すべき大いなる罪だとオレは思うんだよね。
アレは人が「信仰」という名の下に創り出した罪だと。
というか、そういう史実になっているかと思うんですが。
それをね、この映画は「異端審問は悪魔のせいで成された」というような結論になっちゃってるんですね。

これは、どっかオウムが自身でサリンをまいたことを「アレは俺たちのせいじゃない」と言い逃れしているのと同じで、ちょっとこの部分はいただけない。
キリスト教にどこまで忖度しているのか?という感じがしてしまった。
やはり、宗教とは、時に「正義」が暴走し、ものすごい残虐なことができてしまう、という部分をしっかりと描いてもらいたかった。

まあ、その史実を歪めることがこの映画のキモではないんだとは思うが、だとしても、まあ成り行きでそういう物語になっちゃったとしても、でもないかな…。
違う物語はもっと作れたのではないか?
エクソシズムを否定的に考えていた若い指導者とかも出てきたわけでしょ。
どっか「悪魔なんかいない」とか言っちゃって。
そこを悪者にして物語を作ることは可能だったのではなかろうか?
異端審問に触れる必要があったか??
とはいえ、そうなると、キリスト教指導者に対する批判にもなるワケで、そこを忖度した結果の物語としか思えなかったかな…。

というわけで、でもまあ、そこに目をつむることができれば面白いホラー作品ではあります。
井戸の中の壁面に骸骨が並べられているとか、驚かせる音とか、取り憑かれた少年の演技、なかなかキチンと怖いんですよ。
だからね、それだけにちょっと異端審問の部分、なんかなあ…。
ま、それも含め批判的にエンタメにしているという気もしなくもないんだけど、だったら別に触れなくてもな…と思ったり思わなかったり。






(BGM:柴草玲「ゴルゴ13のうた」from「小唄婦人」)
→この人はゴルゴの歌など歌って平気なのだろうか。
ゴルゴをたまたま見て絵にした人すらやられてしまっているというのに。
「あなたのように…人にこびずに生きてゆきたい」とかって、まあそりゃそうだが、そういうことより、あなたのことが心配です。

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