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スーパーちんどん・さとう

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はじき出された側


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前に「世の中からはじき出された」というような話を書いたけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6518.html)。

「世の中からはじき出された」って思うと、世の中と話したくなくなっちゃうんだよね。
だってやっぱはじき出した側とはじき出された側ってのは、対立構造なワケで。
優しい言葉をかけられたって、「うるせえよ」ってなる。
もちろん、そこを素直に受けられる人もいるだろうけど、でも素直になれなくてもそれは仕方ないとも思う。

井上たちの中には、高校時代、いわゆる当時の養護学校の高等部時代に、企業就職を目指していた連中もいる。
実際、企業に就職したのもいるが、業績悪化でクビを切られた。
その後、ウチに来た。
業績悪化で一番先にクビを切られる、というのもまあ、よくある話だ。
そもそもの会社が中小だったりしたら確かにそれも致し方ないのかもしれないとも思ったりするが、これもまあ世の中に余裕がなくなってきた証拠だろう(前リンク)。

そうやって、一般就労、つまりは社会の「仲間に入れてもらえ」といわれて頑張った結果、自分にはなんの非もなくても彼らは真っ先にクビを切られてしまう。
「はじき出されて」しまう。

そもそも、障害者なんだからしょうがない、というならまあもう論議のしようがない。
ま、そういう人は加齢で人の手を借りなきゃならなくなったら自決するんだろうから、それはヨシとする。
とはいえ、そもそも障害者はなりたくてなってるわけじゃない。
加齢とはまた違うけど。

まあ、世の中うまく渡れる人はいい。
でも、そうじゃない人はどんどん孤立してしまう。

「世の中からはじき出す」という理屈は、どっか歪んでいる。
差別に満ちているし、はじき出していいわけがない。
障害者だから、外国人だから、女だから、そういう理由ははじき出す正当な理由にはならない。
のに、はじき出す。
「バスに乗るな」と言う。
「車いすの人が乗ると運転手が一回降りたりして時間がかかる」とか言う。
そもそもそれ、他人、自分より「不幸であるはずの人」に向けた刃なんだと思うけど、自分に向かってるよ?とも思う。

だから、「はじき出す側の理屈」というのは、やっぱりどこにも通用しないとオレは思っていて。
大事なのは、「はじき出された側の理屈」なんじゃないか、と。
はじき出された結果、どうなったのか、どうしてはじき出されたのか、というのをはじき出された側が理屈を構築していかなきゃならないのではないか、と。

そういうことに対して、「いやいや、今の社会の流れはそうじゃないから」みたいなことって、つまりははじき出した側がはじき出された人の意見をツブしてる、ってことでもあると思うんだよね。

例えば、いわゆる福祉の企業化、いわゆる民営化、みたいなことがあるけれど、それってやっぱり社会側、つまりはじき出した側の理屈が産んだモノだと思うんだよ。

そもそも、例えばヘルパーを取り上げれば、資格を取らせてやらせる、みたいな流れになってるけど、来てもらう本人としては、「信頼できる人」という一択でしょう。
それを、資格があるからって、なぜ夢精した下着を女性のヘルパーに片付けてもらわなきゃならないのか。
もちろん、同性だからいい、って話も単純すぎるけれど、少なくとも女性のヘルパーに俺はやってもらいたくはない。

にもかかわらず、なぜ資格にこだわるかというのは、簡単に言えば「簡略化」と「合理化」なんですよ。
その人その人に信頼を持ってもらう人なんていうのはなかなかいないわけで、例えば施設で数十人の介助をしなきゃならない場合に、成り立たないんです。
だから、介助をしてもらう側の一択を捨てて、「国家資格」というのを作る。
じゃないと回らないからです。
というか、金が掛かるからです。
当事者が信頼するかどうかは別として、とにかく二人を一人で見てもらった方がいい、という考え。

あ、もっと言うと「利権化」ってのもありますね。
そもそも福祉は利権、というかそもそも利権を生む利益に結びつきにくいから民間は入り込めなかった部分もあったと思うんです。
役人にうまみがない。
けど、資格、というのを作ることでそれに関してはまったく当事者には関係しませんから。
利権、利益を生みやすい。

二行前に「当事者には関係しません」と書いたけど、いやいや、資格があった方がいいヘルパーが来ることになるでしょう、ということを言う人もいるかと思うけど、違うんですよ。
資格があろうがなかろうが、当事者の信頼一択なんです。
自分がヘルパーを使うことを考えてみて下さい。

つまりね、はじき出した側の理屈は、常にはじき出された側には圧倒的に否定する形で作用するんです。
今は、福祉も民営化の流れで…なんていうのは、そもそもどうでもいい話なのに、つまり信頼してくれる人、というのが大事なのに、そのためにそういう人を教育する、創り出すためのお金を出さないのに、そういうことを言ってる。
そうやって「はじき出された側」、障害者側、ヘルパーを受ける側、もっと言えば知的障害者の作業所とかに通う障害者も同じだと思いますが、そういう意見が「今の流れは民営化ですから」「資格がある人が行きますから」で論議もされない。

そもそも、信頼できる人を育成するための努力をすべきなんですよ。
いや、そのための資格だ、というのなら、もう散々いろいろなことがありましたのでまた別の機会にしますが。
ってか、ヘルパーによる窃盗とかあるわけでしょう。
信頼以前ですよね。

とある作業所に通う人が親と一緒に、というかその親がウチに相談に来てたりするのを見ると、ちょっとおかしいと思うんだよね。
まず、その作業所に相談しなよ、と思う。
おそらく信頼できないんでしょうね。

これでいいんだろうか?と。






(BGM:クイーン・エンジェルス「ローリング・ラブ」from「ミラクルバイブルシリーズ ガール・グループ3」)
→ルーシー加山、トミー青山という二人の女子プロレスラーによるクイーンエンジェルス。
ビューティーペアの時代ですね。
ま、これが思いのほかしっかりしている。
早口でまくし立てるAメロなんかなかなかだし、基本ソウルっぽい曲調もいい。

kimonoichibira.jpg

kanukibochu.jpg
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