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スーパーちんどん・さとう

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外から見たら同じでも、中に入れば違う、ってコトがありますね。
同じ障害者団体でも、いろいろあるから、ま、最終的な目指すところは同じでも、考え方が少し少し違う、というような。
ま、ゴールを目指す道のりが違う、というか。
もっというと、一つの事象の評価も、それぞれに変わっていたりする。

新しい制度ができました、という場合に、それを評価するか、しないか。
まあ大きくベクトルは違いますが、そのくらい違ってくることもある。
というか、たいがい、全面的に評価する、ってことは少なくて、まあ評価はするけれども、近い将来にこの部分を変えないなら評価できない、とか。
評価はできないけど、ある側面だけ取り上げればそこは評価できる、とか。
たいがいそういう評価って四分六だったりすることが多かったりして。
細々しちゃうんですよね。
そういうところで差異は必ずあると思います。
その集団の歴史とかそういうのが関わってくると思うので、何がいいとかそういうことではないんだけど、確実にそういうのがある、と思います。

問題は、その「些末な部分」が、「でもそこ重要」ということが時々あって。
「だって、そこ認めちゃったら、ゴール違っちゃうじゃん」みたいな。
それもまあ、「見方」だったりもするかなあ、とは思ったり。

組織というのは、そこそこ意思を固めなきゃならないんだけど、どうしたって、異論も含めて結論を出せる論議ができるほど時間がない、というのもあったりして。
ウチなんかもそうだけど、結局手弁当になってしまうからね。
時間もなければ金もない。
そうなると、論議する時間がなくなってしまう。
結果、モノゴトが単純化されやすい。
強力なリーダーがいればいるほど、判断は単純化してしまう。

それって、いいことではない。
柔軟な思考を持つことが重要だと思うのだけれど、どうしたって現実が追いつかない、というようなことがよくある。
そうなると、なかなか他の団体や組織と共闘する柔軟性を失う。
そもそもの「言語」が一致しない、ということも起こりうる。

特に「それってあたりまえじゃん」という部分にそれって集約されることが多く、それが単純化の大きな要素になっていく。
じゃあなんで「あたりまえじゃん」なのか、ということを常に確認しなきゃいけないのだけれど、それってなかなか難しかったりもしたりして。

強力なリーダがいなくても、まあそこそこみんな同じような感じだったとしても、けっこう人って人に任せがちだし、そもそも保守的だったりして。
なんで、前時代の「あたりまえじゃん」をなかなか乗り越えられなかったりする。
強力じゃないリーダーができあがったりする。

学問というのは、そうしたことを考え直させてくれる大事なものである。
けれども、やっぱりなかなか学問を皆で共有するというのはまた時間がかかる。
本来、それをやっていかなければならないわけだけれど、なかなかその時間はない。
とはいえ、けっこう、「あたりまえじゃん」も、一つの理屈、モノの見方で、みんなで簡単に「あたりまえでもないじゃん」に一致することってできたりもする。
問題は、その理屈の構成とモノの見方の訓練という部分がきっちりできるか、という。

俺は、組織はやっぱりみんなが納得して進むのが理想だと思う。
というか、じゃなければ組織などいらない。
ま、よく「音楽性の相違」とかってバンドが解散したりもする。
ただまあ、納得の度合いというか、許容するラインは人それぞれ違う。
ある人には気にならなくても、ある人には気になる、ということはある。
つまりは、それって「相違」なのかもしれないけど、でもまあそこそこ許容しながらその辺は飲み込むことになる。
結局は最大公約数的な考え方を採用するしかない。

問題は、それを多数決ではなく、論議して出していけるか、という。
論議というのは、前提とするモノがきっちり共有されてなければならない。
しかし、組織というのには、その組織の歴史があり、人によってその歴史の長さは違う。
そこでの経験の差は大きい。
日本には先輩後輩という伝統芸があるし、郷に入っては郷に従うと言う言葉もあったりして、なかなかその長さってのは越えるのが難しい。
時間の余裕がない中で、それは大きな壁になってしまう。

その壁に阻まれて「あたりまえじゃん」が論議されない、というのは、まあしょうがないのかもしれない。
が、問題は、「あたりまえじゃん」が、みんななんとなく「もしかして、あたりまえじゃないんじゃないか」と薄々思っているのに、その壁が邪魔をして、時間の余裕のなさが邪魔をして論議にならないことである。
これはよろしくない。

そして、まあ時代の流れ、というのもある。
もっと大きなモノの流れ。
そこを意識しなければ置いていかれてしまうことは自明。
たいがいは、大きな流れというのは意識することなく、なんとなく人の中に入ってくる。
だから、うっすらと「時代に置いていかれる」という認識は持てるものだけれど、それを形にするのは難しい。
もっと大きな範囲での学問も必要になるような気もする。

すごく大きくなくていい。
もうちょっとだけ時間の余裕が欲しい。






(BGM:The Dandy Warhols「Sleep」from「Thirteen Tales From Urban Bohemia」)
→いわゆるオルタナ?っていうんですか。
どっかサウンドは昔風だったりするけど、ところどころ新しいわけで、そこにセンスがすごく出ると思っていて。
これはなんか俺はとても好きで、静かで、落ち着いていて、コーラス的な感じもいいし、バックがとにかくカッコいいし。

kanukibochu.jpg
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