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スーパーちんどん・さとう

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憧れと憎しみ ★ 映画 「ソウルメイト」


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まあ、自由っていいよね、って話なんですけど。
あたりまえですね。
監獄にいるのはやっぱりイヤ。
だからそれが罰になるワケで。

とはいえ、じゃあ自由って何か?と問われると、今の世の中でまったくの自由に生きている、という人はそうそういない。
と思われる。
なんやかんや資本主義だったりの経済体制には飲み込まれざるを得ないし、お金が介在する世の中で、そこから自由になることはできない。

とはいえ、「あの人は自由に生きてるよな」と「言われる人」というのはいる。
例えば、画家として自身の創作活動に励みながら生きてる人、とか。
自分で飲食店を経営していたりとか。
いわゆる「サラリーマンじゃない人たち」という感じか。

俺も結構そう言われることが多いんだけど、でもサラリーマンになる「才覚がないんだよ」と俺自身は思っていて。
恐らくはサラリーマンの方が難しい。
俺にとっては、そちらの方が格段に人生難しくなる。
なので、まあ今の状況でしょうがないんだろうな、という選択でしかなくて。
けどまあ、「自由でいいよね」とか言われることが多くて、それはそれでまあ曖昧に「そうですね」とは言うけど、「そうじゃないんだよな…」とは心の中でいつも思う。

世の中、「真っ当な人生」というのをいわゆる「背広を着たサラリーマン」だとすると、サラリーマンじゃない方を「色々な真っ当から自由な人生」と思ってしまうのかもしれない。
でも、それはサラリーマンかそうじゃないかという話であって、真っ当かどうか、自由かどうかとは対極にないんだけれど、なんとなく、世の中の理解というのはそうなってるような気がする。

背広を着たサラリーマンをやれるというのは、それなりに学があったり、というか、まあ少なくとも学校を出ていたり、と言うことが必要になる。
と思われる。
だから、そもそもその機会がなかった人たちにとって、サラリーマンは高嶺の花となる。
親がどうしようもなくて学校に行けなかった、とか。
貧乏で行けなかった、とか。
こうなると、背広を着るサラリーマンにはなかなかなれない。
結果として、背広を着ない人生を選ばざるを得ない。
これは、望んでそうなったということもあるかも知れないが、一方で、選択肢の消失である。
ここのところが重要で。
つまり、「背広を着なくて自由でいいね」というのは、反面「自由しか選べなかった」ということでもある、という。

人はつまり、自由を渇望しながら、より自由に見える方に憧れ、同時に、選択肢が多い人にも憧れる。
というか、選択肢が多いというのが自由なのだから。
だから、「お前は自由でいいよな」というようなセリフは、あまり言われてうれしい言葉ではない、という人も多いのではないかとオレは思っている。
それに対する言葉は「お前は選択肢が多くていいよな」ということでしかないからである。

てなことで。
「ソウルメイト」という映画を見てきまして。

「The Witch 魔女」(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6308.html)のキム・ダミさんが主演。
ま、彼女好きですね。
彼女が幼い頃に出会った友人、というか親友、いや、それ以上、と、その後の人生の物語。

途中でやっぱ男の子が登場して、女の子同士の友情にちょっとした亀裂が入る。
そこから恋愛物語になるかと思いきや、これまったくなりません。
ならないのは、このキム・ダミさん演じるミソの情の厚さというか、親に捨てられた子の強さというか、優しさというか、その辺になってくるのか。
危うい場面も、ミソはしっかりと親友を裏切らない。
でも、その男の子が持っていたペンダント的なモノは欲しかったんだよな…。
その気持ちもなんか痛いほど伝わってくる…。

ミソは親に捨てられてバイトをしながら学校に通う女の子なんだけど、一方の親友、ハウンは実家で(島なのよね)、過不足ない暮らしをし、大学にまで進む。
親が(恐らくはなんとなく)言っていた教師の職に就き、その男の子と結婚まで進むのだが、その結婚式で彼女は逃げる。
「これは本当の自分じゃない」

この感じもわかる。
自由なミソに憧れ、できない自分を責め、いつの間にかミソを嫌いにもなったこともある。
でもそれはミソも同じで。
そうやって十年くらいの時を経て、彼女たちはまた出会う。
その時、ハウンは妊娠していた。
そして、突然の別れ…。

これ、決定的な場面が出てこない映画なんです。
だから、映画としての盛り上がり、というのはあまりない、とも言えるんだけど、ず~っと静かに彼女たちの思いがこちら側に染みてくる。

見た人がいたとしたら、あなたはどちらだっただろうか。
ミソの気持ちが入ってきました?
ハウンの気持ちでしたか?
それはきっと、あなたが生きてきた人生にもよるだろうし、あなたの人生で「何に憧れてきたか」にもよるかもしれない。

なんかね、俺はどっちの気持ちもグイグイ入ってきちゃって。
ちょっと涙がずっと止まらない状態に。

韓流映画というと、ノアール的なモノが有名になりがちだけれど、こういう映画もいい。
なんだろう、質が高いよね。

例えば、ラストのミソを描いた絵を展覧会で見る場面ね。
冒頭にも同じ絵は出てくるが、その意味は全く違う。
だから、違う絵にも見えてくる。
というか、もっといい絵に見えてくる。
こういう作り方、すごく芸術的でもあるし、かといってエンタメも決しておいていかない。

韓流映画いいな、やっぱ。







(BGM:葉加瀬太郎「watashi」from「watashi」)
→インストの曲って、どうやってタイトルをつけるのだろう、といつも思うのよね。
ま、恐らく作る人はそれをイメージして作ったんで、ということなんだろうが、その感覚がちょっと俺にはない感じだな…。
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