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スーパーちんどん・さとう

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「Hの話」で思い出したAの話


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この前、Hのことを書いたんですが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6595.html)。
それで、ちょっと思いだしたことがあります。
まあ、あれはエイプリルフールバージョンなので、一部はエイプリルフールですが、全く全てがエイプリルフールというわけではありません。

ウソというわけではなく、もちろん書いていなかったこともあるんですが、書いた方がわかりやすかったな、と思うのが、俺が通っていた小学校は、いわゆる「いい学校」であった、ということ。
団地に住んでいたのだから、団地の中の学校に行くのが通例だが、その学校に通っていた、ということになる。

それと、HとSとは同じ団地で、仲がよかったのも事実でしたが、小学校時代ずっと仲がよかったわけではないんです。
というか、仲が悪くなったわけではなくて、もっと仲がいい友だちがいた時期があって。
小学3年でクラス替えがあって、その時に同じクラスになって仲良くなったAです。
そのあたりはAとばかり一緒に帰っていました。

Aの名前は、とある日本の県名が苗字(Aは関係ないです)、下の名前が日本のとある島の名前でした。
といって、その島がその県にある、ということでもないですね。

彼はとても穏やかで、どこか「おじさんくさい」子でした。
溌剌とした感じというより、大人しくにこやかにみんなを見ている、みたいな。
頭も坊主刈りで、見た目も中学とかになったら「おじさん」というあだ名になったんじゃないかと思うくらいの達観した感じがありました。
そして、成績もよかった。

なんとなく彼と仲良くなり、彼がその例の林の入り口(前リンクで書いた入り口とは逆側)にある家に住んでいることが判明。
一緒に帰るようになりました。
つまり、Aの家は学校から見てウチの団地の手前にあり、帰り際によく寄ったんです。
前に書いたように、俺は鍵っ子だったし、塾にも習い事にも行ってなかったから、そんなに早く帰る必要もなかったんですね。

HやSはどこかアウトドア系だったのに対し、Aはインドア系。
Aはいつも玄関を入ってすぐのところにある「自分の部屋」というところに通してくれました。
その部屋は、10畳なんてもんじゃない。
おそらく20畳くらいったと思うんだけど、凄く憧れましてね。
それから俺は自分の家の見取り図を書く、という趣味を持つようになるんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6591.html)、それはAの部屋に出会ったコトが大きい。

部屋の一面が長い作り付けの机になっていて。
そこは「お父さんと兼用」とAは言っていて、左半分は確かに難しそうな書類とかが重なっていて、「そこは触らないで」と言われていた。
その奥に窓。
もう一面に大きな窓があり、その下に多少の物入れ。
あとの二面はドアの他は本棚、という。
お父さんの本もあったのだと思うが、彼が読むような図鑑のような本もたくさんあり、本を読むのが好き、というのはこういうところに現れているな、と思った。

今思い出してみると、彼の家は一軒家の平屋。
簡単に言うと天井の高い日本家屋、大邸宅と言っていいと思う。
門はなかったが、恐らく昔は入り口だったであろうところに小さな小屋があって、それは使われてないようだったが、その奥に玄関、そして廊下、廊下の左側に彼の部屋があった。
奥にも部屋はたくさんあるようだったが、俺は彼の部屋以外には通されていないのでよくわからない。

まあ、大邸宅でいい家なんだが、ただ、先に書いたように林の入り口にあるから、基本、暗かった。
もちろん、明るい時は明るいけれど、明るい時間が短い、という感じ。

お母さんはいつも和服を着ていて、授業参観の時も和服。
キリッとしているが、怖い感じではなく、いつもジュースなんかを運んできてくれた。
年はかなりとっていて、和服のイメージも相まっておばあちゃん?という感じでも通用するようなところがあった。
そして、お父さんは彼によれば「仕事で遠くにいる」とのこと。
当時、単身赴任、なんてのはあまりなかった時代だったので、珍しいな、と思ったことを覚えている。
お父さんの仕事は?と聞いた記憶もあるが、彼がなんて答えたかは覚えていない。

ま、俺とAはその部屋で本を読んだり、昆虫の標本を見たり、本棚にあったお父さんの本、といってもエロいとかじゃなくて難しい人体の図解、いわゆる医学のような本、その中には湿疹が出た足の写真とかもあって、気持ち悪い~とかいってた記憶がある。
俺もインドア派だったから、それで十分だった。
で、夕方暗くなったら帰る、みたいな。
そんな毎日をおくっていた。

時々、Aの家にはお客さんが来ていた。
とてもお客さんはAのお母さんに感謝しているようで、「本当にありがとうございました」とかなんとか言っていた。
そして、そのお客さんが持ってきたという高級そうなお菓子を持ってきてくれたりした。
Aの部屋は玄関の脇にあるので、その時の会話は嫌でも耳に入ってくるのだが、「先生にもよろしくお伝え下さい」とお客さんがよく言っていて、Aが父親の職業についてなんて言ったかは覚えてないが、Aの部屋にあるお父さんの本のこともあって、お父さんは医者なんだな、と思ったことを覚えている。
今思い出すと、「でも、遠くにいるのに、なんで?」とも同時に思ったが、まあそんなことはすぐに忘れて遊んでいたと思う。

ある日、玄関を乱暴に叩く人がいて、その女性は玄関先でお母さんとなにやら口論をしていた。
なんとなく居心地が悪くなったが、むしろ部屋を出ることもできない。
しばらくするとその珍客は帰ったようで、お母さんがAの部屋に入ってきた。
特に取り乱すこともなく、Aもなんか落ち着いていて、「さっきの口論はなんだったんだろう」と思ったが、まるで二人はそんなことはなかったようにいつもの会話をしていた。
「佐藤君は、今度の運動会で…」とお母さんが話した時、ドアを開けたままお母さんが話していたんだけど、そのドア越しに廊下が見えていて、その廊下にある一輪挿しに挿してあった花が揺れた。
まるで、文字を書くように揺れた。
風があったわけじゃない。
そういう動きとは違う、人の腕のような動きをしたのである。
ビックリした俺は、お母さんの話が入ってこなくなり、「今、花が…」と言った。
そしたら、お母さんが振り返ってその一輪挿しを見た瞬間である。
一輪挿しが割れたのだ。
お母さんは、「あらあら」と、「留めてあったのが緩んだかしら」といつもの通り優しくいい、ドアを閉めて片付けを始めたようだった。

これは不思議だったが、特にAも気にすることもなかったようで、自分もなんだかその雰囲気に飲まれてその後その話題をAとしなかった。

その翌日、学校で、例の林で変質者が出たという話があり、そこを通る人は誰かと一緒に帰るように、と言われた。
で、そこを通るHとSと帰り、その日はAの家には寄らなかった。
実際、あの一輪挿しを見てちょっと怖かったのもあった。
ちょっとむしろホッとしたのを覚えている。

で、たぶんその一輪挿し事件から二三日たった頃だったか、Aが転校する、という話が先生からあった。
Aはもう先にお父さんの方に行っているので、みんなにあいさつできないが、と。
さよならも言えないまま俺は、俺たちはAと別れ別れになった。

そしてそれからまた一週間くらい経った頃だったと思う。
なんとなくまだAがいるような気がして、Aの家の方を通って帰ろうと思ったんですね。
一人だったんですが、その時。

そしたら、Aの家、火事の後のようになってたんですよ。
半焼っていうか。
かろうじて家の体裁は整えているけど、崩れ落ちているところもある、という。
びっくりしちゃって。

急いで家に帰って、母親が帰ってくるのを待って、母親に言ったんですよ。
Aの家、火事みたいになってた、と。
そしたら、母親は知ってたようで、どうもその一輪挿し事件の夜中に火事が出たらしく、Aもお母さんも助かったが、とりあえずそこには住めないので実家の方に行くことになったみたいよ、と。
俺にはショックかもしれないと思って言わなかった、と。
どうも、先生や親の間でそういうことになってたらしい。
時期を見て話そう、と。

けど、どうも俺にはあの珍客のこと、一輪挿しが壊れたこと、がなんか火事につながっていたような気がしていて。
それと、珍客に全く怯えるどころか気にもしないAの態度は、どっか今思えばゴルゴくらいに全てを知っている、という感じもして。
珍客のことも、珍客が何に怒っていたのか、ということも。

当時は、何かわからないがどっかなにか林と共に禍々しい思いもあって、あまりこのことは思い出したりしなかったのだが、今思い出すとやはり不自然な点は多かった。

まず、Aは決して友だちを家に泊めることをしなかった。
当時、けっこう仲がいい友だち同士の間で、家に泊まる、ってのが流行っていた。
俺とAはその資格があると思うくらい仲良かったが、俺だけでなく、Aは誰も家には泊められない、と言っていたこと。

そして、奥の部屋には決して入れてくれなかったこと。
でもまあ、Aは寝るのは奥の部屋、と言っていたので、Aが入れない、ということはないのだろうけど、他人は入れない、という感じがあった。
でも、客が来ると奥の部屋には通していたから、多分俺に入られちゃいけない理由が何かあったのではないか?ということ。
あ、ちなみに、トイレはAの部屋の向かいにあり、そこを使っていた。

そして最後に、やはりあの一輪挿しの動きである。
あれは花の動きではなかった。
そして、小さな一輪挿しの花瓶は、落ちて割れたのではなく、その提げられていた場所で弾けたように割れたのだ。

今思えば、AやAの母親の「静かな」「何も起こっていない」というような達観した雰囲気に、俺も全ての疑問を飲み込んでいた。

最終的にAとはその後会っていないので、どうなったかもわからないし、全ては謎のママである。
というか、全てがたまたまで、謎も何もないのかもしれないが。






(BGM:Yamagata Tweakster「You Zeozil, Don man aneun Zeozil」from「大韓不法集会」)
→山形を冠した韓国のバンドなワケだが。
どっか人を食ったような感じがある。
冒頭韓国歌謡風に始まり、ポンチャックっぽく?なっていく感じ。
この言いっぱなしのボーカルがカッコいい。
これはやりたい。
敢えて言うと、陰猟腐厭っぽいか。
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