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スーパーちんどん・さとう

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Hの話から始まったAの話⑤~林の立地について


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①Hの話 http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6595.html
②「Hの話」で思い出したAの話 http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6600.html
③Aの話をYとした話 http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6601.html
④Yのお母さんの葬式の夜の話 http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-6607.html


ちょっと話を整理してみる。

上記リンクで、Aの家は林の入り口にあった、と書いた。
その林は学校から駅を抜けたところにあり、そしてウチの団地に到着する。
ウチの団地は巨大な埋め立て地にあり、林はその埋め立て地と元の陸地の間にあり、多少傾斜がある。
そして、林から埋め立て地にはさらに高低差があり、広い国道を挟んで下りの階段からの下りの階段、という形の歩道橋があった。

つまり、そもそも林は海に面した場所にあったと考えられる。
まあ、林というより、傾斜もあるので放置された土地、という言い方が正しいような気がするが、まあ雑草だけではなく、木がうっそうともしていて、我々小学生は林、と言っていた。
松が多く、幹が曲がっている感じの木もあって、それも不気味であった。
とはいえ、そういう不気味さではなく、先生や親が「林に入ってはいけない」というのは、そもそも傾斜があって危ない、ということだったのではないかと思う。
地面に多くの雑草があって、そこに傾斜があるとすれば見逃すこともあり得るし、滑ることもあり得る。

さてまず、林の話の前に、学校から見て林の前にある駅の話から。
これはこれまで書いてこなかったが、俺としては小学校の頃から知っていた話である。
ま、恐らくオカルト好きな人なら全国規模で誰でも知ってる。
この駅前にはそういうスポットがある。
祟りの木である。
そこには江戸時代に刑場があり、そこにある木は斬首された首を供養するために木が植えられたという。
駅前のロータリーという絶好のロケーションなのに、この木だけは切られていない。
一説によれば、開発のために木を切ろうとした業者が怪死した、とか。
近くに建てた病院の院長が、その病院ができた途端に急死したとか、いろいろな噂が当時からあった。
ネットで今この木のことを探してみると、今でもこの木は健在で、近くには神社も建てられているという。
加えて、近くのマンションでどうだとか、俺が当時聞いていなかったオカルト現象もネットに載っていた。

これ、その場に行ってみればわかるが、どう考えてもその場所は放置するより木を倒してでもビルなどを建てたい場所だ。
逆サイドはそれこそ店が入ったビルなどが建ち並ぶが、木のある方はすっぽり空いているのである。
まだその呪いは解けていないのかもしれない。

恐ろしい話だが、でもまあここまでは場所を知ってれば誰でも知ってる話だ。

これは当時知らなかったのだが、今回改めてその林を地図で見た。
当時渡っていた歩道橋の名前に「黒砂」という文字が入ってることを知った。

黒砂、という地名は、全国あちらこちらにある。
その由来は、更級日記の「くろとの浜」に由来するという話が一つ。
もう一つは、処刑場があり砂浜を黒く染めたからという説もあるという。

とはいえ、刑場、つまり駅と歩道橋には実はかなりの距離がある。
なので、これは同じ「処刑場」を示しているわけではないと思われる。
調べると、歩道橋の方の処刑場は平将門の乱が終わった時に、捕らえられた謀反人がクビを切られた場所だという説がある。
一方、駅の方の刑場は、とある藩の斬首場だった、と。
つまり、時代が違うのである。
多少の時間的場所的な距離がありながら、似たような機能を持った施設が近くにあるというのはなかなか興味深い。

同時にその駅の隣の駅は古代の官職名に由来するとも言われる土地の名前がついている。
それが表しているのは、そこは古代から人の営みが続いているところであるということ。
そして、その中心、といってもかなり海岸に近い方に大きなM神社がある。
そこは大晦日や元旦などには多くの人で賑わう。
今の東京で言えば明治神宮くらい混んでいた。
規模としては大きいし、新しい神社ではなく、その地の拠り所になっていたとも言える。

さて、問題は林である。
地図を改めて見てみると、祟りの木の駅、そしてM神社と林をつなぐと、林を頂点とした平たい二等辺三角形を形成するように見える。
負のエネルギーと陽のエネルギーの中間に位置する場所。
それがあの林だったと理解することは可能かもしれない。
それは、平和な人の営みと、斬首される人との境を示しているのかも。

ここで、Hの話に戻るが、二度とで会えなかったあの物置に見えたような建物。
あれはもしかしたら何かを奉っていたのではないか。
もしかしたら、あの建物が陰から陽を守っていたのではないか。
しかしそれはかなり古い時代のモノのようだったし、うち捨てられてずいぶん経っているようにも見えた。

さてここでやっとAの家の話だ。
Aの家も中はリフォームされていたが、外観はそれと比べてアンバランスなほど古かった。
Yの話が正しければ、Aの家族は、Aをウチの学校に通わせるために引っ越してきた、という。
内装を変えたと言うことは、そこにその建物は昔からあった、ということになる。
その昔からあった家を買って、内装を変えた、と考えるのが普通だろう。
正直、かなり時代劇がかった外観だった。

もし、そのくらい古い家だったとしたら、なぜそんな古い時代に、あの場所にあんなデカい家を建てたのか。
いや、あんな家をなぜ必要としたのか。
つまり、その一帯が刑場だったとして、そこに必要な大きな立派な建物。
しかも海岸沿い。
どちらかといえばうち捨てられていた場所。

そう。
考えられるのは牢屋敷だ。
いや、だとしたら、普通、そんなところを家に改造してまで住むだろうか。
もちろん、Aの家族が最初じゃなかったとしても、その家の系譜を聞いて、住もうと思うだろうか。

同時に、あのAやお母さんの達観した感じ。
それを掛け合わせて考えるに、まず思いつくのは、何かあの家族は長い時間、その土地で殺された魂を某の方法で鎮める役割をしていたのではないか?ということだ。
その役割があって、初めてM神社が成り立っていたとしたら?

とはいえ、そもそもAの家は俺が小学生の時に焼失しているのだ。
Yのお母さんの手紙が正しければ、Aの家族もそこにはいない。
ということは、それ以降は魂を鎮められていない、ということになる。
といって、M神社に何か事件があった、という話は聞かない。
M神社の名を冠した交差点じは事故は市内毎年ワーストワンである、というくらいだ。
これは祟りとかではなく、緩やかに曲がった道路同士の交差点であるからであろうと思われる。

なので、まあこの「魂を鎮める役」というのはやっぱり違うかもしれない。

何か決定的なモノが出てこない。
もうちょっといろいろ話を聞くべきなのだろうな…






(BGM:W和田Posse「和田貴族」from「W.W.P」)
→このバックトラックはなんだ。
インド歌謡か。
なんかすげえ。
たまたま100円コーナーにあったCDで買ってみたんだけど、こういうアタリがあるから100円コーナーCDあさりはやめられない。
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