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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
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プロレスをバカにしてはいけないのである

次回公演情報!スーパー猛毒ちんどんジャパンツアー・十年選手の憂鬱
7/3(日)18時開場 18時30分スタート JR与野駅西口すぐのライブハウス「ホレホレ」にて
ゲストは、つくばの「自然生クラブ」(創作田楽舞)
チケットは、e+にて販売中。また、にじ屋等でも直販開始しました。
詳しくはここをクリック 


映像ディレクターの中村氏による我々のドキュメンタリー映画「凸凹にふくらんだ風船」無事完成!
予告編はこちら


その他、お願いやお知らせを、以下にまとめました。みて下さい、お願いします。
お知らせ・募集はココをクリック!




昨日はアイスリボン302を見にアイスリボン道場へ。
9人の所属選手による1分1本勝負による8人がけ、つまり全72試合という大会でした。
題して「逆境ナイン」。

えっと、まず、アイスリボン、そんなに逆境だったの?。
昨日の大会、かなりピンチ感が漂ってた…。
なんか、アイスリボンは「プロレスでハッピー」だから、ハッピーを貫いていくということで逆境を乗り越えていくしかないわけだけれど、かなりシリアスに始まったこの大会。
つまり、これって、かなり逆境だということなのか。
表現として、「ハッピーとか言ってる場合じゃねえ」ということだもんな。

確かに、この9人の中に、メアリ、成宮選手、ドラミ選手という、ちょっとまだ使いものにならない、といったら語弊があるけれど、それぞれいいところもあるからね、でも、正直、興行の目玉にはまだならない選手が3人。
残りの6人で回すといっても、一人はさくらさんだし、実質的に興行が難しい、というのは正直そうだと思いました。
そこでのこの「逆境ナイン」というアイディアはすごく面白かった。

よくよく考えてみれば、アイスリボンの核と言ってもいい真琴選手が欠場。
しかも、次の目玉興行である横浜大会にも出ないと言う。
一部には他の団体に移籍?というような話もあったりなかったり…。

こういうと、ちょっと語弊があるけれど、真琴選手というのは、アイスリボンのすべてだとオレは思っています。
真琴選手がアイスリボンのイメージを作ってきたし、彼女の成長がアイスリボンだったし。
華奢で、引きこもりだったという過去を持ち、押し出しの強いプロレス界において、彼女の繊細な感じがよくも悪くもアイスリボンのイメージ。
それでいて、ちょっと前まで、まったく欠場なしでアイスリボンの大会に出場を続けていたという根性も彼女にはあって、その「負けてもハッピー目指して立ち上がる」という感じね、これがアイスリボンの魅力なわけです。
つまり、彼女は新しい女子プロレスの誕生を予感させるにふさわしい選手だと思うんです。
彼女の穴は、そう簡単には埋められない、という気がします。

昨年いっぱいで奈苗選手が他団体に行くことになったり、内情はわからないけど、他団体の女子選手はあまり上がらなくなっているし、そんな流れもあって、確かにアイスリボン、逆境なのかもしれない。
悪い流れは、かなりの強い濁流になって流れていくモノだから。
一回その流れに巻き込まれてしまうと、どっかで体勢を立て直す必要がある。
そういう決意の大会だったのかもしれません。

正直、一試合一試合を見てみると、まだまだの試合がたくさんあったことは否めません。
けれど、全体の興行としては、なかなか感動的な興行だったと思います。
やっぱ、きついでしょ、一人8人がけ+それぞれの選手と8試合当たるわけだから。
1試合1分とはいえ、一つ一つが試合として成り立たなきゃならないから、単純に18分の1試合、ということでは全くないわけだから。
涙が目に溢れていた選手もいたりして、なかなかどうして、いい大会だったと思います。
これで逆境を抜けられるかどうかは、まあよくよくアイスリボンのことをもっと知らないとわからないですけれど、なにか一つの方向性を持てた大会だったと思うので、決してマイナスではもちろんなくて、次につなげたい、いやつなげなければならない試合だったと思います。

最後のさくらさんのマイク。
「このメンバーで大会がやれるか、って思ってしまった自分が、団体の代表なんて言ってるのに、なんかみんなの魅力を引き出せていない、みんなの魅力を信じられていないんじゃないかって思って…」と涙していた場面が忘れられません。
なんか、翻って、自分の毎日に同じような反省をしなければならないな、と思いました。

オレ、やっぱり自分の毎日において、かなりの部分、プロレスから学んでいるタイプであるな、うん。
というか、プロレスってやっぱりすごいよ、って思う。



さて、こっからはプロレスとは別の話として読んでもらいたいんですけど、今日の大会を見ていて痛烈に思ったことがありました。
それは、「ダブルバインド」。
つまりどういうことかというと、例えば子どもに「なんでおまえは人形を粗末にするんだ!」と怒るとします。
で、今度は、人形をかわいがれば「なんで人形なんかと遊ぶんだ!」と怒る。
つまり、どっちでも怒られる状態。
簡単に言うと、これをダブルバインドといいます。

子どもにこれをやってしまうと、この矛盾の中で、どうにも動けなくなってしまう。
普段の中では、こういう状態に市丸なんかをおいてはいけないと思うわけで、あまりイイ方向の言葉ではないですね。


けどですね、よくよく考えると、毎日の中でこれって、かなりあると思うんです。
仕事上、やったらやったで怒られ、やんなかったらやんないで怒られる、っていうようなこと、よくあると思いませんか。
これ、やり方にあまり意味がない、というか、セオリーがないような場合によくあると思うんです。
例えば教育現場なんかで、「子どもに余計な指導をした」、と怒られ、一方で次の時には「しなかった」と怒られ、というようなことですね。
プロレスで言えば、試合後に「なんであの技を出した?」と先輩に怒られ、躊躇したらしたで「なんであの技をかけなかった?」と怒られるような感じというか。

つまり、どっちも正解ではない、という。
というか正解がないんだよね。
で、世の中のほとんどが実は正解がない。

昨日の夜、昨日のにじ屋の報告がメールで関係者に一斉に流れていたんですけど、あまり内容がよくないというか、何も伝わってこなかったので、「もう一回出しなさい」と報告を出したカズミに指示を出しました。
その時点では、どこをどうしろ、ということは言いません。
そういうことじゃないからですね。
正解はない。
けれど、この報告はダメである、と、専従のトップであり、副会長である「オレが判断した」。
だから、職員のカズミにもう一度、といったわけです。
彼女は、それを見事に取り返す報告を書いてくれたんですが、つまりそれは彼女なりでイイわけです。
どこをどうすればイイ報告になるかなんて、オレの範疇じゃない。
それを言い始めると、オレと同じ感性、オレのコピーを作るだけで意味がない。
カズミにはカズミのいいところがあって、それを出してくれればいい。
つまり、万人に当てはまる、「こういう報告がイイ報告です」というような、いわゆる「正解」は存在しない。


下の子は悩むと思うんですよね。
「佐藤さんは何が引っかかっているんだろうか」って。
でも、オレはあまり普段、理由を言いません。
方法も指示することはありません。
ダメなのでやり直してください、ということだけ。
そこで「何がダメなんですか?」と聞かれても、「ダメなモンはダメ」としか言わないので、みんなももう聞きません。
というか、言いようがないんです。
だって、正解がないんだから。
ダメなモンはダメ、以上。

これですね、こうなると、怒られるのを(別に、今回のことで言えば、報告をもう一回出してくださいといっただけで、怒ったわけじゃないけど)躊躇して「なにもしない」という判断をする子も出てきます。
まあ、それはそれでもうしょうがないですね。
出てこないモノ、評価も出来ません。
なので、ほっておくことになりますが、あまり続くと、それはそれで「なんで出さないの?」ということになります。
つまり、ここでダブルバインド状態となりますね。


で、昨日の大会を見て思ったのは、「同じ怒られるなら、やった方がいい」ということなんです。
今の世の中、「空気を読む」ことが重要視されているから、どうしても人は「やらない」方を選択しがちなんだけど、それはそれでどうせ怒られるのは同じ。
だったら、やっぱ「やった方がいい」んです。

プロレスとは、スポーツではなく、勝敗の決まったショーであることはここでも何度か書いてきました。
その上で人を感動させるわけですから、それをして「八百長だ」なんていうのは的が外れていて、ハッキリ言えば、勝敗が決まってるからこそ、もっともっと高度な肉体芸術だとオレは思っているんだけれど、まあそれはまた別の機会に書くとして。

本当はここで先輩の決め技を受けて負ける予定が、トんでしまって予定がわからなくなってしまった場合、躊躇して試合を止めてしまう、他の技を繰り出して先輩を沈めてしまう、どっちもあり得る流れですが、オレは、どうせもう怒られちゃう(というか、試合の予定を崩してしまう)のなら、後者だな、って思ったんです。


虹の会の中で、例えばカズミが行き過ぎた内容を機関紙に書いたとします。
それは虹の会の見解となってしまいます。
けれど、もうわかんなくなっちゃって原稿に穴を空けたことを怒るより、「そこまで書いちゃったらダメじゃん」、って、そっちで怒った方が、オレは楽しい。
いや、なんか、もう怒らない可能性が高いかもしれない。
ダメはダメだから、他の役員なんかはいうかもしれないけど、オレはスルーかも。

正解がないんだから、もしかしたら、それはそれでもいいのかもしれないし。
逆に、それは新しい時代の始まりなのかも知れないわけだ。
そう考えると、そっちで怒りたい。


今、介助職員がやめたりということがあって、介助職員のあり方というのが虹の会の中でもちょっとした論議になっている感じがあります。
介助職員がやめて介助に穴が空いているという状況は、まさに「逆境」であります。
というか、論議といっても、基本は変わらないんだけどね。
やっぱり介助ってのは障害者の手足なわけだから、そこは変わりません。
でも、それって、そこに介助職員の思いは入らないわけですよ。
つまり、それは「やりがいがない」ということでもあるわけです。
さて、どうしましょうか。
何かやったらやったで、怒られるかもしれないけど、やらなければ、一生そのままですよね。
「介助者の仕事」のあり方も、今のままでしょう。
このままじゃダメだ、もっと変えたい、ともし思うのなら、どうせならやってみたらどうでしょうか。
なんでもイイでしょ。
にじ屋の手伝いでも、猛毒の手伝いでも、いや、メンバーになってもいいかもしれない。
そこから何か、介助のあり方は変わらなくても、「介助職員のあり方」は変わっていくかもしれない。
どうせなにか怒らなければならないとするのなら、オレはそっちかな。
そして、オレのところまでその思いが届けば、きちんと、次に続くように怒ることにしようと思いました。


さあ、はりきって、「やって怒られよう!」。
怒られないなんてコトはないんだから。
怒られないことがいいことなんて、やっぱぬるいよ。
そんなことで逆境には立ち向かえないと思います。





(BGM:小林旭「アキラのさらばシベリア鉄道」from「大瀧詠一 Cover Book1~大瀧詠一カバー集 Vol.1(1978-2008)」)
→これは大瀧詠一さんのカバーアルバムですが、このバージョンは秀逸です。
というのも、完全に小林旭さんの曲になっているからです。
なんだか、白いスーツを着て歌っている様子までも浮かんでくるという。
最初の「悲しみの裏側に何があるの」という歌詞の、「か」ですでに小林旭さんであります。
すごい人だなあ、と思います。
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