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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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産地直送VS資本主義


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いつ手に入れた本だったか、もう記憶にないんだけど、「ストリートキングダム」という地引雄一さんが書いた本がありまして。
ミュージックマガジン増刊。
インディーロックシーンで写真を撮り続けてきた地引さんによる70年代から80年代くらいまでの東京のインディーロックの記録。
それをまあ、ちょっと読んだんだけど。

いや、もう懐かしいというかなんというか。

俺がインディーのレコードをはじめて買ったのはなんだったか、オートモッドだった気もするが、なんだったっけ。
ライブはなんだったっけな。
当時は千葉にダンシングマザースというライブハウスがあって、よく行った。
名前を知ってるバンドだったら、必ず行った。
スタークラブ、カムズ、アレルギー、などなど、まあけっこう千葉にも来てくれていたんだよね。

東京にも見に行ったりしたし、そもそも自主製作のレコードは東京に行かないと手に入らなかったので、買って、見て、みたいな。
でも、千葉のヘンな洋服屋さんで水玉消防団のLPが急に売ってたりしてたな。
当時は高校生だったし、まあ学校も楽しいタイプ、学校ライフをエンジョイしてるタイプの髪を立てた生徒だったので、パンクの世界が好きになっても人生の道を外れることはなかったなあ、と思うワケですが。

そういう意味では、本当に道を外れちゃった人たちへの憧れはあったけど、なんでしょう、ファンだね、ファン。
自分もバンドをやっていたりもしたけど、それもまあ、お遊びだったなあ、と思います。


ま、そんなわけで、自主製作のレコードについてですけどね。
やっぱ手に入るかどうか、というのは流通の問題ですよね。
全国のレコード店で手に入るかどうか?という。
だからまあ、販路を広げよう、みたいなコトも一方でありまして。

でもまあ、そういう「流通」みたいなことって、結局資本主義の核になる部分であって、それを否定したのがインディー、自主製作の世界だから、正直相容れないんだよね。
ディスクユニオンで扱ったりし始めて、それもなんか違うよなあ、みたいな気持ちもしたりしてた。
その辺の話はこの本にも出てきて、ああ、いろいろな目論見や苦労があったんだなあ、というのがわかりましたけど。

結局、通販、というのも結局多かった気がする。
東京まで出れば買えたんだろうけど、なかなか千葉からは出て行けなかった、というのもある。

今だったら、逆に通販、というのは身近かもしれないけど、当時は本だってレコードだって店で買うものだったから。
通販、というのは、そもそもあまりなかったような気がするけど、俺にとってはだから身近でした。
「定額小為替」みたいなのも、なんかその時知った。


まあ、通販専門のところもあったけど、だいたいは、作ったバンドに直接注文する、みたいなスタイルで。
考えてみれば、ものすごい「DO IT YOURSELF」。
究極の産地直送。
なにせ、全国のレコード店に届けられないんだからしょうがない。
選んで産地直送、ではなくて、最終手段としての産地直送、みたいな。

今考えると、ものすごくイイシステムだった気がしますね。
直接演者とやりとりできるし。
まあ、それも数百枚まででしょうけども。


音楽は多くの人に聴いてもらいたい、と、演ってる人はたいがい思います。
けど、まあ大きくなっていくことで、その辺の産地直送もできなくなっていく。
多くの人の手が介在することになって、その分のコストもかかる。
同時に、自分の自由にならない部分も出てくる。
「串刺しカセット」なんて商品はなかなか流通されまい。

逆に、資本の論理は「売れる音楽」を分析し、作らせたりもする。
じゃないと、コストがかかる「売れる」は生き延びられない。
売れなきゃ「音楽業界」は成り立たない。
それに対する拒否感はものすごくある。
売れる音楽ではなく、演りたい音楽を演りたい。
歌いたいことを歌いたい。

でも結局、大きくなればなったで、資本の論理に取り込まれなきゃならないってことなんだよね。
これは避けようがない。
じゃないと、「大きくなった音楽」は維持出来ない。

でもまあ、「たくさんの人に聞いて欲しい」。
ま、インディーって、この部分の矛盾との背中合わせ。


…とまあ、思うかもしれませんが、それもまあ一つですが、もう一つのインディーの存在意義って、「インディーじゃないと出来ない音楽」ってのが確実にあるんだよね。
資本と徹底的に対抗する音楽、演者。

俺はきっと、それが好きだったんだな。
インディーが資本に取り込まれていく様は、宝島のキャプテンでイヤというほど見た。
そりゃ簡単に音源が手に入るようになって便利だったけど、醜悪だった。

それに対抗した音楽を聴きたかった。
そもそも資本に取り込まれちゃうなら、インディーなど経由するな。
インディーを踏み台にするな。

それはまあ、つまりは資本に取り込まれるかどうか?ということで。
だから俺は「なかなか手に入らない」でいいじゃない、と思ってて。
この「産直システム」が好きだったのも、そういうことかもしれないな。


資本主義はすぐにお手軽に流行の音源を大衆にお届けするが、そういうモノにのらない音楽。
「お手軽に手に入らない音楽」の中にも、たくさんの輝くモノがあるので、みなさんもぜひそういう音楽を探して手に入れてみて欲しいな、と思う。

誰も知らない自分だけの極上の音楽、ってのがいくつもあるのって、すごくステキなことだと思いませんか?





反省できあがり中

(BGM:小泉今日子「サヨナラColor」from「Discover the Songs 1」)
→SUPER BUTTER DOGという人たちの歌なのか。
よく知りませんけど。
超バター犬。
まあまあ、ネーミングは悪くない。
しかし、この曲は名曲である。
小泉さんの鼻にかかった独特の歌声もすごくあってる気がする。

「天才はあきらめた」


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嫉妬。
ありますね。
虹の会では基本、同僚もいないし、競争のアレでもないからそんなにないけど、女性関係の嫉妬はずいぶんありましたねなにせ52年も生きてますとそりゃ昔は。

女性関係においての嫉妬、ってのは、もう押さえても押さえてもあふれ出てしまうから、それをどう押さえるか、ってことに苦心することになるわけですが。

あふれ出してしまってストーカーとかになってしまうのかもしれませんが、そんなことをしても彼女の気持ちが戻るわけじゃないのは冷静になればわかります。
でもまあ、冷静じゃいられなくなるほど、嫉妬ってのはあふれるよね。

俺はそんな時、「男はやせ我慢」って自分に言い聞かせることにしていました。
ま、男だけじゃないだろうけど、俺、男なので、心の中ではそう言い聞かせてました。
「やせ我慢してる男が一番カッコいい」と。

どんなに嫉妬があふれてきても、「いやいや、がまんがまん」。
辛いよ、辛いよ!と思っても、「やせ我慢せえ!」と自分に言い聞かせ。
もう、普段通りの生活をきっちりやせ我慢でやりきるんだ!と。
特に普段以上やる必要もなければ、普段以下になる必要もない。
とにかく、なかったことにして、やせ我慢!みたいな。

これね、まあ自分がおかしくならないでいられた自分なりの「自分のコントロール法」ですね。
ま、やせ我慢出来なくて逃げちゃって、そんで数年たってノコノコ普通に現れるような男もいますからね。
やせ我慢出来なくて、もう毎日手紙書いちゃったり。
みっともないでしょ。
そうなるまい!みたいな。

ま、おかげさまで今はそういう嫉妬的なことはない毎日なので、このコントロール法はもうあまり必要ないかもしれないけど、でも若い頃はそんなこともありました。


あと、「心を乱される会話をしてるな~」、という場所からは逃げる、というのもありますね。
だいたい、俺はパソコンに向かう時はヘッドフォンをしてます。
あまり人の会話は聞きたくないんですよね。
話しかけても欲しくない。
まあ、必要であればそれでも話しかけるでしょうから、ほっときます。
俺はまあ、そもそも人と喋るのが苦手なので、よっぽどのことがなければ仲良くなったりはしませんし、知らない人と話すほどチャビじゃない。
そういうのも、たぶん、自分を守るための某なのかな、と思うんですけど。


俺は、なんかすごく高みを目指してるわけじゃないし、とりあえず毎日をとりあえず過ごす、みたいなところがあるから、といってもまあ虹の会の三年後くらいは考えなきゃならんな、とは思いますが、それもまあ、「ビッグになるぜ!」というわけでもないので、基本はあまり向上心がないというか。

それでもまあ、井上たちを鼓舞させるために、「ビッグになろうぜ!」とかは言ったりはしますけど、それもどっか今をしっかりやらせるために言ってる感じもあって。


なんで、例えばお笑いで天下を取ってやる!みたいな人の気持ちはあまりわかりません。


そんなわけで、山里亮太さんの「天才はあきらめた」という文庫本を読みました。
いや、天才じゃん、と俺は思ったんだけど。

この人は努力の人なのね。
そして、自己分析、自分を鼓舞させる天才。
つまり、すごく客観的なんですよ。

この本のあおりとか、帯とかに、なんか「売れたらあいつのことなんか無視する!」みたいな「復讐ノート」的なことがフューチャーされてて、いや、確かにそうなんだけど、それも彼は「自分が努力するためのガソリン」と言い切る。

そういう復讐ノートをつけてる人は多いかもしれない。
いや、一番怖いのは、ノートに書けるほど客観もできてなくて、悶々としてる場合かな。
いつか爆発しちゃうんじゃないか、って思っちゃう。

でも、この人が爆発しないのは、すごく自分を客観的に見てるからですね。
復讐すら、自分の努力のガソリンにするんだ、ってことがはっきりしてる。
そして、実際に努力ができる。
自己客観視が、すごくご名答なんです、きっと。

いや、逆に、「そういう風な思考に自分を持って行ってる」のかもしれない。
やっぱ、お笑いで天下を取るような人は違うな、と思いました。

俺なんかはやっぱ自己を客観視すると言っても、冒頭のように自分を抑えることに必死で、毎日を過ごすことに必死で、なんかあまりそれが「努力」にはつながってないな、と思った、というわけなんですが。


そしてですね、この本がすごいのは、泣ける。
いや、泣いた。
山里さんの努力が報われるM1のシーンとか、いや、泣いたわ。

元々山里さんの深夜のラジオなんかはとても面白くて好きなんです。
ま、この本もラジオで言ってて気になって本屋で注文しました。

というのも、山里さんが「やっぱ本屋で買って欲しい」「本屋がなくなるのはよくない」みたいなことをさらっと言ってて、それもなんかすごく俺の中でフィットしましたんで、ここは通販なんかに頼っちゃいかん、と。

というか、まあそもそもウチはもう本は全部本屋注文ですけどね。
アマゾンファックオフなんで。


これね、まあ成功した人の本ですよ。
でも、偉人伝ではなくて、人間伝というか。

ぜひ、読んでみて欲しいです。
あ、本屋で買ってね。







告知1

(BGM:GO-GO’S「ウィ・ガット・ザ・ビート」from「ザ・エイティーズ」)
→単純でイイよね。
結局、こういう曲がすげえってことなんだよね。
カッコイイと思うんだよね、これ。

くわばらくわばら


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ま、よくあるムック本なんかで、「怪事件の真相」なんてのがあります。
たいがいが焼き直しの文章ですが、時々読んでいろいろ思い出したりするわけですが。
コンパクトにまとまっていて、なかなかこの手の本を見つけると読まずにはいられないんですが。

ってか、コンさんが読んだんで、どうですか?ってくれるし。
趣味が合う?人と同じ職場というのはありがたいことです。


こういうのでなんか多いのが、変死なのにも関わらず解剖してない、みたいな。
つまりまあ、もう「自殺です」みたいなことで処理されているわけですな。

NHK解説委員だった長谷川さんの変死事件、ライブドアの元幹部の変死事件とか。
古くは石田検事の怪死なんてのもあります。
中川一郎さんの事件、三浦和義さんの自殺、ってのもありました。
何の事件だったか、便槽にハマって死んでた、みたいなのもありましたね。

もう恐ろしくてしょうがないと思いませんか?

便槽なんて、20~30センチの間口で、そこに人がハマります?
転落するようなアレじゃないでしょ…。
しかも、のぞき目的で入ったんだろう、て…。
のぞき目的なら、出られるのが基本だろうに、と思うわけですが…。
で、出られなくて凍死て…。

しかもどうも状況としては村長選挙が絡んでいたらしいからどうにも事件のにおいがするわけですが、そこは無視。
転落して凍死で決まり!となっている。

確かに、性癖というのは外からはわからんモンだし、その被害者がそもそも村の青年団とかの中心人物で、明るくスポーツ好きだったとは言え、のぞきの趣味がなかったとは言えないとは思うが、だとしたら、その手のコレクションが残っていたりしたんだろうか、という疑問がわく。

でも、ネットで探しても、この事件においてのこの辺の記述はない。
いや、恐ろしい。

中川代議士の事件も、その直前まで電話で話していたという人物がいる。
自殺するようには思えなかったと。
そして、その電話の切り際、誰かが訪ねてきたようだった、とも。

う~、こわいこわい。


ま、今、モリカケ問題とかで、官僚が自らの職をかけてまで文書改竄していた、みたいなことが公になりました。
つまりはまあ、どう考えても安倍さんの言うように「あわせた」という感じですね。

こういうの、どんどん出てくるわけですが、「忖度」って言葉も覚えましたおかげさまで。
で、この人たち、なんで発起して真実を語らないんだろう、って思いません?
良心の呵責に耐えかねて、みたいなこと、なかなかないじゃないですか。
前川さんとかはいたけど、後にはなかなか続かない。
なんでだろう、と思ってたけど。


これさ、もうこの辺の「変死だけど自殺扱い」とか、便槽に…、とかを考えると、なんか合点いきませんか?
ガッテン!ガッテン!

怖いのよ、たぶん。
俺らが思う以上に、権力ってのは怖いんだ。
権力に近い人は、そのことをよ~くわかってる、ってことなんだろう。

ここは北朝鮮ではないけれど、まだ北朝鮮の方がやり口がはっきりしてる分、かわいい、というか。


いつ持って行かれても、そして便槽で死んでいても、それが事実であろうがなかろうが、のぞき趣味があった、って言われて終わり、じゃあ、浮かばれもしないよ…。

怖い怖い。

ま、だから見せしめなんだろ便槽。
すぐに殺した方がラクだし、それで済む話(ってか、済まねえけど)なんだけど、より恐ろしい方向の殺し方します、みたいな。


ま、もちろん、本当にのぞき趣味があったかどうかはわからないけどさ、でも、「わからないけどさ」って言わせてしまう状況も怖い。

警察?検察?そういうものが、権力の手に落ちれば、この世はなんでもやり放題。
っていうか、そもそも警察なんてのは権力を守るための装置ではあるんだよなあ。


正義ってなんだろう。
事実って?
真実って?


ああ、こわいこわい。








hikouki2中shou

告知1

(BGM:坂本慎太郎「君はそう決めた」fromYOUTUBE)
→君はそう決めた、突然に。
俺はまだ何も決められない。
置いていかれた自分にパンチをすることすら決められない。

霊が実在するという前提、なのか?


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菅野久美子さんの書いた「事故物件めぐりをしてきました」、森史之助さんという人が書いた「事故物件に住んでみた」を読んでみたわけですが。

事故物件、というのは、まあ平たく言って、事件とか自殺とか、そんなことで人が死んだ部屋、みたいなことですか。

まあ、どうなんでしょうね。
不気味ではあります。

霊というモノが存在するとするならば、確かにそこには、この世に未練を残した霊が存在してそうだし、後から住んだ人を自殺に追い込みかねない、という気もしてきます。
そうとうな恨みを持ったまま死んだかもしれない。
そう考えると、ちょっと恐ろしいモノがあります。

今は、大島てる、とかいうサイトがあって、事故物件を明確に地図にしている。
というのも、事故物件は隠されがちである、ということなのだろうと思われる。

事故物件というのは、専門用語?で「瑕疵物件」というらしいけど、一つ次の入居者まではその告知の義務はあるモノの、その後はないらしい。
だから、事故があったらとりあえず担当する不動産やの社員なんかを形式上住まわせて、数ヶ月したら入居者を募集する、ということもあるらしい。
つまり、霊ロンダリング、みたいなことだろうか。

それでこの世に自殺するほどの恨みを持った霊がいなくなるとは思えないが、そうやってまあ、「告知義務」だけは免除される、という仕組みである。

それをまあ「悪徳」というか、どうか?

そもそも、世の中は「霊などいない」という建前で回っているから、そもそもこの「間に入居者一人入れればいい」というのも悪徳と言うより、「霊がいるかもしれませんし」という「親切な人」という気もしなくもない。

ただまあ、この告知義務も、そもそも霊の存在を認めてそうしてるわけじゃなく、「気分悪いでしょ?」ということなのだから、まあなんだか回り回って何が何だかもうわからない。
でも、よくよく考えれば、それもそもそもは「霊が残ってるかもしれないし」みたいなこと、って気がしなくもナイ。
ま、よくよく考えれば、物件に限らず言えば、長い歴史の中、人が死んでない土地などなかろう、って気もする。

まあつまり問題は「霊がいるかどうか」と、「霊はその部屋に残るのか?」という部分なんだけれど、その部分がもうなんにしてもなにもわからないので、まあ、周りでみんなでうろうろしてる感じがします。

本当に霊がいるとしたら、もうこの世は霊でいっぱいであろう。
霊も、いい具合に、例えば50年で消える、とかいう寿命があれば別だが。
でも、よく落ち武者の霊は目撃されるが、縄文人的な人の霊、というのは聞いたことがナイので、霊にも寿命があるのかもしれない。

どっちにせよ、まあ部屋どうであろうと、その土地では必ず誰かが死んでる、といって過言ではないはずで…。


さて、そんなわけで、みなさんはどうでしょう?
例えば、瑕疵物件、UR言うところの特別募集物件、というヤツですか。
10万円の家賃のところ、5万円でいいですよ、となったら?

実際、この人たちはその物件に接してるわけだけれど、特に取り憑かれて自殺をしているわけじゃない。
でも、不幸が連鎖する物件も確かにあるにはあるというのがこの本からわかる。
下の階の人から「ずるずるとものを引きずる音がうるさい」などと、全く身に覚えのないことを言われたりはするようだ。

ふむ…。
こうなると、なかなかに難しい選択である。
ギャンブルである。
不幸が連鎖するといっても、本人が死ぬんじゃなくて、友達が泊まりに来たら死んでた、とかいうこともあったりするらしいし、その部屋ではないが、隣の部屋で入居者本人じゃなく、訪ねてきた人同士で事件を起こした、ということもあったり。

つまり、自分の内なるチカラと事故物件の闘いであるのかもしれない。
そうなると、自分の内なるチカラがどの程度かわからないし、中にはもう入居しなくてももらい事故のように、その部屋に訪ねていっただけで事故に遭わないともいえないのである。

というのも、それもこれも「霊がいる」という前提ではあるんだけど。
霊はいなくても、「霊がいる」と信じる人の心がそれを起こしているのかもしれないけど。

さて、そんなことも含めて考えた場合、どうしますか?
住みます?
安いですよ?

ということなんですが、まあわざわざそんなギャンブルをしたくはないよな。
霊がいようがいなかろうが、それを信じようが、なんかちょっと信じちゃうかもしれない気持ちがある限り、やっぱ避けますね。

中には、もしかしたら例えば多少、床が斜めになってる、みたいなことで、精神が不安的になる、んで自殺に追い込まれちゃう…、みたいな物件もあるのかもしれないな、とか思いますし…。









(BGM:夜叉「One More Chance~孤独の賭け~」fromYOUTUBE)
→「ワンモアチャ~ンス!」っていう、「チャ~ンス」の部分のシャウト&エコーが哀しい感じをすげえ出してます。
歌謡曲とロックの間、歌謡ロックみたいな。
この路線、キライじゃないですけどね。

テレビは信用ならないのか?信用できるのか?


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実話系怪談というジャンルがあって、ものすごく好きで、ブックオフとかで時折買い込みます。
で、けっこうそればっかり読んでるんですけど、先日は「芸能界の怖い話」みたいなのを読みまして。
これね、もう書き尽くされたような都市伝説的なことも入っているので、どこまでが「実話」なのか、よくわかりません。

でもまあ、その辺はまあよしとしましょう。

オレがひっかかったのは、「これはもちろんテレビでは放映できなかったのですが」ということから始まる話が多いってことで。

例えば、芸能人に昔のことを聞いたら、こんな話があった、と。
体操服を違うクラスの友だちに貸した。
そしたら、その子が殺されてしまった。
どうも、体操服に書いてあった名前を見て殺したらしい、と。
本当は、その芸能人が狙われていたのであった、みたいな…。

…本当かどうかわかりませんが、確かにこれは凄惨な話です。
親が恨みを買っていて、ということらしいんですが、確かに後味が悪すぎる。

とある芸能人が、恋人同士で一周すると幸せになれるという小さな無人島で、いたずら心で逆回りしたら彼が死んでしまった、とか。

いや、本当かどうかはわからないし、鵜呑みにするわけじゃないんですが、確かなことは、「テレビではやれないんです」という話が「ある」ということですね。


確かに、「これはテレビではやれない」みたいなことをキャッチコピーにする映画もありますし(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4477.html)、世の中には、この「テレビではやれない」というのが、認識として「ある」、ということがわかります。

テレビでやれない、とはどういうことかというと、例えば「道徳的でない」とか、「過激である」とか、「凄惨すぎる」とか、「死体が映ってる」とか、人が死んでいる、とかでしょうか。

そういうものは、テレビではやれない、というカテゴライズになる、という認識が、広くある、ということですね。


そして、そういうモノを「映さないテレビ」に飽き飽きしている人たちがいる、というのも事実なんでしょう。
じゃなければ、こういう本が出るわけがない。
映画のキャッチコピーになるわけがない。

視聴者の関心は、例えば芸能人のゴシップにしても、「テレビではああ言ってるけど,ホントは○○なんじゃねえの?」みたいなことで、週刊誌やネットなんかに向かっているのかもしれません。


テレビだけを情報源とする人を情弱、情報弱者、なんてことを言ったりもしてますよね。

つまりはまあ、テレビは「全てを映すモノではない」という。
これは、きっと広く認識されていることではないかと思います。

でも、でも、どっかに「テレビでやってるからホンモノだ」と思ってしまう自分がいる事も確かなのではないか?と思うのです。

もちろん、世代もあるでしょう。
オレの世代、1960年代生まれくらいまでは、けっこうその毛があるんじゃないでしょうか?


これはけっこう怖いことで、じゃあテレビをジャックしてしまえば、都合のいいことだけ流せばイイや、ってことになります。
ネットでも、とにかく大量の偽情報を流してしまえば、それが偽情報であっても検索の上位に来る、という仕組みもあります。

大事なことは、やっぱり、テレビにしても、ネットにしても鵜呑みにしないってコトかとは思うんだけど、でもやっぱ、「テレビでやってたじゃん」という人はきっと多いと思う。

「テレビでやれない話がある」というのは、「テレビは全てを映さない」ということと同義なのに、「テレビでやってたじゃん」と思ってしまう思考は、やっぱちょっと恐ろしい。
「テレビは全てを映さない」ということまでは、多くの人が認識しているのに、テレビでやっているから、というのを旗印に「あの店人気なんだって!」とか思ってしまったりする。

よく、店なんかでも「テレビで取り上げられました」ってのを入り口に掲げているところがありますが、それだけでオレはもう入る気がなくなるんだけど、けっこう多いですよね。

テレビをありがたがるのは、やっぱちょっとどうかな、とオレは思います。
だって、落ち着いて考えれば、「テレビは全てを伝えてくれてるわけじゃない」んですから。






(BGM:トリオif「倖せCHU・CHU・CHU」fromYOUTUBE)
→あらあら、演歌ね。
と思ったら、急にラップだったりして。
つまりはまあ、演歌歌手とラップできる子と三人集めて売っちゃうか、みたいなことなんだろうけど、そりゃ売れないわな…。
っていうか、にしても、楽曲があまりにバランバランで、こりゃダメだよ。

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