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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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専従募集



人は、恵まれた人に何をか言われても、自分が恵まれていない立場であると、その中身に寄らず、なかなか受け入れられなかったりする。

「あんたにはわかりっこない」って、話を遮ったりする。

その気持ちは、俺にはよくわかる。
自分がそうだったから。

金がなくて、家賃で精一杯で、子どもがいて。
子どもがおねだりをすることもなかった。
無理だって、最初からわかってたからだろうな。
今考えれば、不憫な思いもさせたかもしれない。

あの時は、まともに就職した連中が、どっか敵に見えていた。

貧乏人に醤油を贈るようなバカな真似をするモノではない。
貧乏人にはメロンだ。
醤油はなにを削っても買うけど、メロンは買わないからだ。

そんな身勝手な貧乏人の論理を振りかざして、「お前らにはわからない」と俺はバリアを張っていた。


でも、よくよく考えれば、俺はまともな家に育ち、というか、親父はほぼ家にいなかったけど、でも高度経済成長の頃はどこの家でもそんなもんだった。
多少ヒステリーなところのあるお袋に育てられたが、それもそんなもんだ。
別に今、親に感謝しこそすれ、何かネガティブな感情はない。
金に困ったこともなかった。
だから、実家に行けばなんとかなった。
そう考えると、あまりにそれは理不尽なバリアだったと今なら思える。


けど、子どもの頃から金がない、不幸せな家に育つというのは、俺の苦しみなど屁だろう。
親が死んだことも、子が死んだこともない俺の苦しみなど、たいした話ではない。

だから思うのだ。
君はどうして俺の話を聞いてくれるのだろう。
俺をそうやって受け入れてくれるのだろう。

いや、それはとてもありがたく、嬉しいことなのだけれど。
というか、君は俺にとって数少ない飲みに誘える仲間だから。
本当に大切に思っている。


君は、本当に大きな人なのだろう。
いろいろなことに板挟みになっても、それでも前を向くのをやめない。
いや、俺の話を受け入れてくれる。

俺がどれだけ小さな男か思い知らされる。


人は時に、自分の思いがすべての人の思いだと勘違いする。
産まれて来た場所が違って、育ってきた毎日が違うのだから、そんなわけがないのに、「なんで君は○○しないのか?」などと平気で言ってしまう。

俺は幸せに生きてきたから、そりゃ悩みも苦難もたくさんあったが、そんなものは世の中の不幸に比べたら天国だと思う。
悩む自由があれば、願う自由があれば、本当は幸せなんだ。
そんな俺が偉そうに言えた義理はどこにもない。


それでも君が俺の話を聞いてくれるという、その姿に、俺は自分の勘違いをしかと受け止めるよ。
その機会は、きっとこれまでもたくさんあっただろうに、俺は50を過ぎてそのことを本当によくわかった気がする。


確かなことは、君がどんな状況に置かれていても、たとえ俺の話を聞きたくなくなっても、俺は君のことを待ってる。
君のことを大切に思っている。
それはきっとずっと変わらない。

お節介だと石を投げてもいいさ。
俺にとっては、そんなことは大したことじゃない。


さて、今日も晴れた。
洗濯でも干して、車に乗って、いつものように仕事に行こう。
そして、もし時間があったら、どっかで待ち合わせて飲みに行こうか。





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(BGM:HANG ON THE BOX「YELLOW BANANA」from「EDGE OF PUNK」)
→なんかこれバカっぽくて気になる。
英語歌詞なんだけど、小学生が英語しゃべってるみたい。
英語圏の人に通じないと思う。

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専従募集


佐藤先生は、毎週1回、みんなの訓練ということで来るようになりまして、もうずいぶんたちます。
御年87歳ということですが、とにかく「市丸たちに会いたい」という気持ちが、先生を動かしているようです。

そもそもは、井上の動かない左手だったり、けいれんを起こしてしまうミツの手だったり、そういうのをやってくれていたんだけど。
今は、勉強、字を教えてもらったりもしてるらしい。
それを見ていた他の連中も「俺も教えて欲しい」となって、佐藤先生としてはけっこうな人数を一日で相手することになる。


というのも、けっこうその道では高名な先生で、30歳の、30年間開かなかった肘を一瞬で開いてしまった、とか、よだれを止めてしまった、とか、それらは「魔法」とか言われてるらしい。
出るところに出れば、それなりに講演料も取れる人なんだろうけど、今はウチに来るだけですね。
あとは、近所の碁会所にいくくらい。

と、まあなんでよく知ってるかというと、俺の親父だからですね。


虹の会は、親を入れない、というのを基本にしてますから、うちの親父を入れるのはどうか?という論議は確かにあって、しかし、もう佐藤先生へのミツ達の絶大なる信頼感がすごい(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4584.html など)。

なにせ、佐藤先生に「早く教わりたい」のである。
佐藤先生の「井上くん達に会いたい」と相思相愛なので、まあヨシとしよう、と。
同時に、偉ぶったところがないというか、身体が動いていた頃は市丸たちとゴミとかのまとめを粛々とやる、みたいなところもあって。
で、まあ、毎週やってもらっている、と。


各々カリキュラムが違うらしく、何をやっているかの全貌は俺もつかんでいませんが、佐藤先生のおかげか、普段喋らないカイが字を書いてしまったり、そうした奇跡はけっこう目にしています。

その佐藤先生ですが、機関紙に毎月連載を書いてくれていて。
Kくん、とか書いてますけど、コバですね、その辺はなんか昔の先生らしいんですけど、そういうことを書いてくれていて。

で、佐藤先生としても、生きているウチに本を出したい、という思いがあったようで。
これをまとめる、ということになったようです。
その本が、現代書館というところから「私を育ててくれた子どもたち」という本として出るようです。


俺からしてみると、まあ老後の生き甲斐として、ボケないためにもいいのかな、という思いもありますが、あまりに「彼らのために行かなければ…」という使命感が強すぎて、具合が悪いときにも来ようとして、お袋から「今週は休みなさいって言って!」と言われることもしばしば。
その辺がまあ、子どもというか、同じような精神構造なのかもしれません。
もうちょっと年を考えてもらいたい、とは思いますね。


よく、俺がこの道を歩んでいることに関して、「お父さんの影響はあるんですか?」と聞かれることがあります。

確かにあると思います。

よくウチにも卒業した「教え子」がたくさん来ていたし、電話もよくかかってきていた。
親父がいないと、お袋が対応したりして、なんだかもう、そういう姿は見てきました。

ま、有り体に言えば、立派な人なんです。
そして、努力家。
朝も早くから起きて、毎朝なにかしら書いている人でした、俺の勉強机で。
俺が起きる頃、親父は学校に行くので、その間、俺の机を使っていたようです。
勝手に部屋に入るな!という気持ちもありましたが、狭い団地暮らしだったのでそこは仕方ない、とも思っていました。


ま、そんな感じですから、親父とどこかに出かけた、という記憶はあまりありません。
日曜だとか、そんな日も「卒業生と会う」とかどこかの運動会だとかなんだとか、いろいろ行ってましたし。
小さい頃は、よく連れて行かれました。
つまり、それが休日の過ごし方でもありました。
親父の学校のプールにもよく入りました。
すいててよかったけど、まああのプールに一人は寂しいものでもありました。
今考えると、でも、必ず体育の若手の先生とかが来てくれて、なんか教えてくれたりもして。
俺一人プールは心配だったのでしょう。
つまり、まあ「佐藤先生、俺、お子さんに付き合いますよ」という若手の先生が親父の周りにはいたと言うことだと思います。


どうでしょうかね。
影響はあるでしょう。
親だから。

でもまあ、彼のようになりたい、とはあまり思ったことはありません。


それは、おそらく時代が違うんです。
正直、彼の子どもたち(親父から見た市丸たち)に対する熱さ、というのには敬服しますし、それはもしかしたら俺もそういう面があるかもしれない。
でも、努力家ではないけれど。
そこはお袋の血を引いてしまった。

でも、それを「どう表現するか?」という意味や、社会が排他的になってきている昨今の状況のことや、そういうことをあわせ考えたときに、おそらく俺は親父のやり方は古いと思っているんだと思います。


でも、温故知新。
そういう歴史を知って、今の時代の中で、それをどう活かすか。
未来に向かっていくか。

そういう意味で、この本で大いに勉強させてもらいたいと思います。






(BGM:中塚武「Magic Colors」from「Beautiful Techno」)
→これね、いや、すげえカッコいいですよ。
この軽い感じ、そしてヴォコーダーの声の重なり方、ちょっとした不協和音、なんだかどれをとってもカッコいいし、どれを抜いても成り立たないというか、ぎりぎりで成り立ってる感じ。
ブレイクビーツの入り方も、バンドのそれじゃなく、テクノのそれ、というか。
いや、よくできてる。
カッコいい。

全てを光にさらせる人などいない


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専従募集


大昔、藤井がまだ歩いていた頃、彼は運転もしてたんだけど。
そのうち彼は身体が動かなくなってきて、運転も辞めたし、車いすになった。

その前。
彼がここに来た時は、まだ歩いてもいて。

まあなんだろう、けっこうつっぱった人だった。
アタマにくるとすぐに手が出るような。

今考えれば、彼は将来動けなくなることがわかっていたから、その分、激しく生きていたのかもしれない。
どっかのいざこざで尻を刺されたこともあるとか言っていた。

とはいっても、彼は身体が動かなくなる途上にはいたわけで、本気で殴り合うと言っても、力は弱い。
だけれど、気迫と「負けん気」はすごかった。

なんでそんなことがわかるかというと、俺は彼と殴り合いをしたことがあるからだ。


なんでそうなったのか、発端はよく覚えていない。
カラオケだったか、飲み屋だったか、とにかく酒も入っていた。

そもそも彼と俺では、親子とは言わないまでも年が彼の方がかなり下だ。
そういうこともあったから、俺は最初は相手にしないつもりだった。

でも、彼の気迫に負けた。
というか、「受けなきゃいけない」と思った。

彼は、俺に負けるのはわかっていた。
けど、本気で向かってきていたから、これは受けなきゃいけないと思った。
二三発殴られたか、のしかかられて、身動きがとれないハズなんだけど、でも、すぐにその状況からは脱せた。
彼の押さえ込む力は、やっぱり弱かった。

でも、すごい力でもあった。

これは本気で受けなかったらダメだ、と俺は思った。
彼の本気に、彼の捨て身に、俺は答えなきゃいけないと思った。

まあ、発端が思い出せないのが悔しいが、とにかく、これは男と男の勝負だ、と思った。

しかし、二三発やり返したか、よく覚えていないが、そのまま救急車を呼ぶ羽目になった。
俺は鼻血とか出ていた感じだったか、引っかかれた感じだったか、と思うが軽傷だったが、彼が昏睡したか、どうだったか忘れたが、まあどっちかといえばアルコールの方のせいだったと記憶している。
急に暴れ回ったせいだ。

結局、その場に一緒にいた三原だったか外口さんだったかと一緒に病院に行って、まあすぐに戻ってきたんだったと思う。


闇には闇の闘い方がある。
ずっと闇で生きてきた彼には、闇で答えなきゃいけないと思った。

駆けつけたお父さんたちが、「この子は何もできない子だから」と何度も言っていたのも、きっと彼を爆発させる要因であったと思った。

彼は、障害をもって産まれたという不幸に、必死になって抗っていた。
保護しようとする親や教師にも、大いに抗っていた。
ように見えた。

闇だ。
彼は、闇でそれに抗おうとしていたんだと思う。
道徳を蹴飛ばし、障害者はタバコを吸わない、というようなありがちな価値観を背にして、それを全て否定しようともしていた。
彼は、その闇の中で、そのフラストレーションをあちこちにぶつけていたように思う。


で、この出来事の後、オレたちは急に近い関係になった。
まるで少年ジャンプの「主人公たち」のように。
彼は、虹の会で、いろいろなことを担って、みんなにとってなくてはならない人になった。
フラストレーションが、闇から光に転換したようにも思えた。


でも、彼は常に闇を背負っていた。
光あれば影ができる。
その影を、彼は隠さなかったし、闇の力さえ、彼は借りていたと思う。

それはとても正直な生き方だし、逆に言えばすべてを光にさらせる人などいない。


道徳を蹴飛ばす、というのは、虹の会の思いでもあるが、それの多くは藤井がその精神的支柱になっていたとも言えるかもしれない。

全てを光にさらせる人などいない。
障害者だって、それは同じだ。
感動ポルノなど、嘘っぱちだ。


24日の、藤井の遺作を見るイベントには、ぜひ多くの人に来ていただけたら、と思います。

イベント詳細 http://www.nijirock.com/blog/?p=11368







(BGM:チョンマゲ娘 「まかせてチョンマゲ!!」fromYOUTUBE)
→ニッポン放送入局新人社員のユニット「チョンマゲ娘」。
というわけで、アナウンサーだとか集めて、見たいのはやってました。
中身はもうどうにもならんのだけれど、「ノリ」でなんでもやれちゃった時代の遺物ですね。

盛大に祝う


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専従募集


俺は、まあできた人ではないから、あまり褒められるとなんか居心地が悪い。
これまでも、いろんなことで、例えば飲み会なんかでも失敗してきたし、でもまあ、反省反省、と思ってやってきた。
羽目を外しすぎてしまったこともある。
いや、そんな言葉じゃ済まないようなこともあった。
だから、もう二度とそういうことはしないように、と思ってきたし、今はなんか50になってやっと普通に人とからむことが出来るようになった気がする。

これまで、たくさんの人に迷惑をかけてきたと思うし、力も借りてきた。
それでも、たくさんの人が、俺を応援してきてくれて、本当に感謝している。

今だって、虹の会の中でも、いろいろ俺を支えてくれる人がいるから、俺は立ててるわけで、虹の会というのは、その人たちの尽力が大きい。
俺がすごいから、という風に考えるのは、ちょっとそれは違うとずっと思ってる。

表に出る、こうして文章を書く、ということにおいて、やっぱり俺はある程度時間を自由に使えるからこうやって発信をさせてもらってるけれど、その中身は、「みんな」である。

新人のすずにしても、俺の大きな支えだと思うし、ちゃびも、加納さんも、専従のみなさん、そして、普段はここには関係なく自分の仕事を一生懸命してらっしゃるみなさん、そういう方々に、本当に俺は支えられてると思う。

なんとか、その思いに俺は応えなきゃならないと思うし、俺も支えになれるように、一生懸命、自分のできること、すべきことをやっていきたいと思っている。

根本がそもそもめんどくさがりで、自分のことしか考えないし、そしてカッコツケで、いいとこないよ。
でも、そんな自分でも、みんなには何か返さなきゃ、って思う。


アキと再婚して、というか、出会ってびっくりというか、改めて、誕生日とか、人のお祝いとかを一生懸命する、ってステキなコトなんだな、と思った。

俺は、そもそも誕生日とかを祝ってあげる、という意識もなかったし、なにかの「お祝い」をするという気持ちがあまりなかった。
そこには、きっと「自分はお祝いされない」って思い込みがあったように思う。

いや、こんなに支えられてるのに、そんな言い分あるわけないよ、って今は思えるけど、当時は俺はやっぱりあまりいい状況にいなかったからなんだろうな。

今、アキと買い物に出かけると、人にあげるモノだけをいっぱい買って帰る、ということがある。

「あの人に、こんなのをプレゼントしたら喜ぶよね」ってことだけで、アキは自分の金を払える。
なんか、そのことに、そんな単純なことに、俺もなんかうれしさを感じるようになった。


今、みんなの誕生日とかをネットで唄だけだけど急にサプライズしたり、なんか、いいよな、って思う。
前だったら、「誕生日の何がうれしいんだよ」くらいに思ってたかもしれない。

イヤな人だったな、俺。


三原や竹脇やヨシヲくんは、俺が卒業した頃からずっと付き合っていて、いまだに時々飲みに行く。
彼らは教師になったから、俺とは道は違うけど、でもまあ、似たような仕事かもしれない。
そもそも、彼らもずっと養護学校畑を歩いてきた。

といって、普段のやってることの中身をどうこう話し合うことは少ない。
時たまあって、お互いの目を、顔を真っ直ぐ見れるかどうか、をお互いに確認してるような、そんな感じだ。

俺をずっと支えてくれた彼らの目を真っ直ぐ見れなくなったら、おそらく俺はダメだ。

彼らは、教育学部を出て、教員になって、いわゆる良識のある大人だ。
俺が小2のママだから、いつだって「それはやりすぎだ」「そういうのはダメだ」っていさめてくれてきた。
「君がトップなんだから、もっときちんと考えなきゃダメだ」ということを、彼らはいつも俺に言ってくれた。

最近は、まあそれも少なくなったけど、でも、その関係性はなんか変わらない。
俺はいつまでも彼らの弟分なのかもしれないな。


サンゲン会というのを時々やってるんだけど、それは、上記の三原を中心とした飲み会だけれど、三原が言うように三原をダシに使った飲み会ではあって、みんなで楽しみましょう、みたいな。
先日のサンゲン会では、三原が校長になったお祝い会ということで、お店にもご協力いただいて、なかなか楽しくなりました。
三原も「こんなに祝ってもらってる人もおるまい」と言ってましたけど、とても喜んでいただけてよかったな。


無駄に盛大にお祝いする、みたいなことって、やっぱいいもんなんだな、と改めて教えてもらいました。







(BGM:京ちゃん&ミネオちゃん「もうだめだ」fromYOUTUBE)
→「もうそろそろお迎えが来るようですねえ~ 隣のばあさん死んじゃった~ そろそろわしの番かいなあ~」
これね、ジャケ写がすげえの。
ジャケ写選手権に出したい。
カップリングは「墓参り」。

「いい人」ではなく、おそらく「トンパチ」


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専従募集


先日、ちょっと必要があって、親の経歴なんかを聞いてた時、「そういえば、あのとき、一度引っ越さなかったっけ?」と母親が。
父親は「そうだっけ?」と。

…ま、それだけなら大した話じゃないんだけど。
引っ越したのを忘れてた、ってだけなんで。

というか、まあ両親二人の中では、結果的にも大した話じゃなかったらしいんだけど、俺としてはなかなか衝撃だったのが、その引っ越しの理由。

母親「ああ、そうそう。ほら、あの子が学校行かないっていって、お父さんが迎えに行ったら学校行くからって、その子の家の近くに引っ越したじゃない。朝早くなっちゃうからって」
父親「あ、そうだそうだった」

で、この二人の会話は終わったんだけど、にわかには何を話しているかよくわかりませんね。

つまり、俺の父親は学校の先生だったんだけど、その学校に通うある生徒が、どうも学校に行きたがらない、みたいな。
でも、俺の親父が、つまり佐藤先生ですけど、佐藤先生が迎えに行くと学校に行く、と。
で、まあ親父は朝早く行くから、いろいろ準備とかして、その時は一緒にいろいろその子もついて歩いているけど、そのうちみんな他の生徒がやってくると、保健室にこもっちゃうんだけど、とか言ってましたけど。

ま、そこまではいいんだけど。
あ、先生も大変だな、生徒の家に迎えに行くのか、ということなんで。
で、まあどうしても、ウチの親父が迎えに行かないと学校に来てくれないので、朝、めんどうなので、その子の家の近くに引っ越した、ということなんですよ。

う~ん…。

ま、百歩譲って、それもあるにはあるかとは思うんですよ。
朝がラク、っていわれれば、そりゃまあ、わからなくはないから。
でも、そのことをなんていうか、「忘れるくらいのこと」として生きてきたウチの両親の思考回路というか、それはどうもなんかねじが一本取れてる感じがするんですね。

こういうことがもしあったら、真っ先に、なんか言いそうなエピソードじゃないですか。
トンパチ(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4331.html)が過ぎるわけだから。
でも、それを二人とも忘却してる、という。

つまり、この程度のトンパチは、おそらくウチの両親の中では「あたりまえ」なんだな。
こういう親に俺は育てられてきたのか、と。


そういえば、前に書いたかと思うけど、母親がある日、急に「明日から、小学1年生のダウン症の子をウチで預かることにしました」と宣言したことがありました。

おいおいおい、と。
誰だそれは?と聞けば、「八百屋さんの前で会った子」という。

俺、当時おそらく中3。
受験生。
学校から帰ってきて、その両親が迎えに来るまでの間、あずかるという。
が、母親は保育園で働いているじゃないか!。

…もう、わけがわからない。

もう大反対ですよ。
だって、どう考えても、なんか俺がめんどう見る感じじゃないですか。
が、母親は「いい。もう賛成してくれないなら、私がなんとかする!」の一点張り。

よくよく聞けば、八百屋さんに、「この子を預かってくれないか。数時間だけだから。謝礼も用意します」みたいなことを言ってる父親と子どもがいた、と。
でもまあ、八百屋さんとしても一番忙しい時間。
ちょっと難しいよ、と。
そんな会話を買い物の時にたまたま聞いた母親。
で、断られてトボトボ帰るその親子を追いかけていって、「ウチで預かるわよ」と言った、というんですよ。

そんな話あります?
もちろん、その後謝礼などウチの親は受け取りませんでしたよ。
そういうことじゃないんです。
母親の言い分は、「もう、その子がかわいくってかわいくって」という。
…なんじゃそりゃ…。
子どもは大概かわいいんじゃ…。

ま、そこに「そもそも、八百屋さんに頼むなんてのは、最後の手段でしょ。それをことわられたんだから」という理由もあったわけですが、なんなの?という。


でもまあ、母親の言うとおり、実際にその子を見たら、まあかわいいわけ。
で、預かることになったんだけど。
…なんじゃそりゃこの一家。

主に俺が。
受験生なのに。
って、それは俺の大学受験まで続くわけだけど。
ってか、夏休みとかは一日預かっちゃってたからね。
当時は、学童にもダウン症の子はあずかれない、って言われちゃったらしくて。

ま、その子にとって、その親にとっては、まああり得ないほど素晴らしい条件、というか、環境で預かる人が現れた、ってことではあって。
だって、よくよく聞けば、お父さんは養護学校の先生、母親は今は保母さんだけど、昔は障害者施設の職員、というラインナップで、しかも謝礼を頑として受け取らない。

なんだろう、まあ結果、俺もよかったとは思いますけど。
う~ん…。






(BGM:メメクラゲローリングバンド「炒飯一個 ... So Hard!!! 」fromYOUTUBE)
→これ、まあライブ録音なんだと思うんだが、クリアに聞いてみたい。
ちょっとかっこいいと思うのよね。
すげえ、人を食ったようなタイトル、ジャケ写。
なのに、まあ王道ロックで、それでいて、もうギターのパンクっぷりがすげえ。
メチャクチャでしょ、これ。
こういうギター、大好きだわ。

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