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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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不安


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kaijosha.jpg


旅行で思い出したんですが。


不安というのは、人を支配する力があります。
不安といっても、まあ金がないだとか、あの人にいじめられている、とか、顕在化しているモノであればしょうがない(といってしまったら元も子もないし怒られるけど、それはそれで大問題、ということですが、ここでは別の角度の話)し、対策も講じられますが、「なんかわからんが不安」というのが最もタチが悪い。


これは書いたような気がしますが、その昔、かなり前ですが、旅行に行った時の一泊して翌朝、とあるお母さんからメールが来まして。
「○○が昨日から帰ってきてません。どこかで何か警察のご厄介になる様なことををやらかしているような気がして一晩中眠れず待っていたのですが、帰ってきておりません。いつかこんな日が来るのではないかと思っていました。何かわかりましたらまた連絡します」
…ま、こんな様な内容だったんですが、かなり追いつまった文面で、しかもそもそもとても言葉遣いが丁寧な方だったので、それが余計に身に詰まったモノを感じさせていました。

…が、旅行に来てるんですよね。
一緒に。

「バカバカ!伝えてないのかよ!」と、まあ思ったんですけど。
で、まあしかしお母さんと俺が連絡を取っているというか、メールアドレスを知り合ってる仲である、というのを気づかれるわけにはいかない。

もうその場ですぐ、まあ、朝食の場面だったと思うんですが、「実家に住んでる人で、今日から旅行だって親に伝えてない人はいますか?」というと、ちょっと考えてツノが「あ、言ってない」と。
ま、つまり○○、ってのはお母さんがツノを呼ぶ時の名前が入るわけですが。
すぐに電話をさせました。


ま、笑い話で済む話ではあるんだけど、その時に引っかかったんですよね。
「いつかこの子は警察のご厄介になるのではないか」というような感じの一文が。

ツノは、マジメで実直、まあ中途半端を許せない、という意味では「生きにくい人」だとは思うけれど、事件を起こすような感じはない。
いや、確かに爆発すればわからないが、それも挑発されない限りそんなことがあろうとも思えない。
が、そもそも彼を「挑発するようなヤカラ」にツノは近づかない。
恐がりでもある。

だから、「風俗に行って騙されてお金がない」とか、そういうコトはあったとしても、それだったらまあ、う~ん、これを言ったらどうにもならんが、そもそも「騙したところでコイツからは取れないな」とは思ってもらえるような気がする。
障害者を騙すような、「心証の悪い」危ない橋を渡って、そもそも「ない金」を取ろうとするより、金持ってそうな、エリートが酔っ払った方を騙すだろう、という希望的?観測もあったりなかったり。
ま、どっちにしてもいい話じゃないですが。

けれども、まあ時に爆発はするんですよ(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4995.html)。
でもそれは我々のいる場所の話であって、例えば学校のクラスの中とか、親の前とか。
といって、そのまま無節操にあちこちで爆発するタイプではない。
というのは、おそらくお母さんもわかってる。
わかってるけど、でも、「いつかこんな日が来るんじゃないかと思っていた」という一文に、俺はものすごいお母さんの「不安」を見たような気がしたんです。


アクムが来た時に、やっぱ俺は「爆弾を背負わされた気分」になりました。
いつ爆発するかわからないし、親に聞けば、急に道に飛び出して「轢かれようとする」こととかもあるらしいから、ちょっと手に負えないな、と思ってた。
今のところ爆発しないで穏やかに過ごしていますが、ま、他から見たら爆発してるのかもしれないが(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-5096.html)、そんなに「手に負えない」感じはない。

ま、だから、アクムの親が「いつかこんな日が来るのではないかと思っていた」というのはわかる。
わかるけど、ツノのお母さんからその言葉が出たことが、ちょっと俺には衝撃だったのだな。


確かに、アクムもそうだけど、ツノだって何を考えているのかはわからない。
というよりも、もしかしたら自分の中でも整理できていないのかもしれない。
一応、話は通じるけれど、いや、通じてるような感じはするが、彼らの本心かどうかはわからない。
だから、「問題を起こすかもしれない」というのは、わからなくはない。
「もうやらないよ」とアクムや市丸からは何度も聞いたが、それが本当だったのは、今のところ2週間くらい前の最後に言った「もうやらないよ」だけである。

もちろん、そんな約束になんの保障もないわけで、それをどうこう言ってるわけじゃないが、とにかく「何が起こるかわからない」という心情はわからなくはない。
けど、そんなに思い詰めるほどなんだな、と。


確かに、障害をもった子だけじゃなく、ヤクザモノとか、何かわかんないけど問題起こしてばっかりの子、とか、そういう子がいたら親は始終気が休まるヒマもあるまい。
それはなんとなく俺も経験があるからわからなくはない。
でも、俺の場合はそれでも子どもが大人になり、結婚しました、同棲します、みたいな感じになってる中、その不安はなくなりました。
もう大人になったんだから、子育てではないわけですし。

ま、子育てとはそういうもんなんだろうけど。
小学校に上がったら上がったで「いじめられてないか」とか不安になっちゃう親御さんとかもいると思うし。
でもまあ、ある程度で「もうしょうがない」とあきらめる時があるわけです。
というか、たぶんそうですよね。
俺はそうでした。
警察に呼ばれた時に、もうしょがないわ、と。
これ以上心配してたら、こっちがもたない、と。


でも、ツノたちの親の場合はその「大人になっていくに従って不安が消えていく」というのがなかなかないのかもしれないな、と。

でも、同時に、たぶん、ツノも不安なんだよね。
アクムも。
それをなんか最近よく感じる。

だから、俺はつとめて不安を見せないようにしようと思う。
爆弾を抱えている気分だが、一緒に抱えてくれる仲間もいる。
そういう意味では、親御さんは1人で、まあ両親なら二人で抱えてるわけだから、そりゃ重みも違う。


だから、まあなんだろう、結論はないけれど、生きるって不安と闘っていく、って感じなんだよな結局は。

だから、まあ、なんとかなるだろう、って生きていきたいモノです。
そういう毎日を積み上げていけば、そう思えるようになるんだ、とツノにもアクムにもわかってほしいし、俺も積み上げていきたいと思う。










(BGM:The George Benson「On Broadway」from「The George Benson Collection」)
→彼はギタリストでもあり、ボーカリストとしても最強なのよね。
これ、当時ライブ盤を買ったとき入ってたと思う。
小学生くらいで聞いてた。
かわいくない子どもでした。

暗中模索


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先日のライブの朝。
うわっついた雰囲気に耐えられなかったのか、アクムが騒ぎを起こした。
というのも、市丸たち数人の携帯が下がっている場所に行って、その携帯を三台ほど割ったのである。

アクムが携帯を割るのは始めてではない。
蝶番のものを割りたくなる性格のようだ。
そういう意味では止められなかったまわり、我々も含めて、アクムはもちろん大失敗だったと言える。

前にイチマルの携帯が割られたときは、イチマルは平静を保っていられた。
これは奇跡のような出来事で、イチマルはハムラビ法典を地でいく感じだから、何か不都合をされればやり返す。
それも怒鳴り散らし、あちこちを蹴飛ばし、やりたい放題。
ま、とはいえ、最近はそういうこともなく、どっちかと言えば大騒ぎになることはなかった。

でもまあ、前回、というかアクムが始めて携帯を割ったときは、まわりがたまたま冷静に対応したこともあって、しかもまあ「携帯を割る」という初めての出来事、非日常が起こったことでイチマルも何が何だかわからなかったのかもしれない。
その時は、その対応をものすごくまわりにほめられた(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4908.html)。

が、今回はその時の感じが活かされなかった。
携帯を割られて、イチマルは例の如く怒り狂ったらしい。
何せ朝のことで、俺は現場にいなかったので、どういう感じでそれが起こったかについては詳らかにはわからないが、事務所についてその惨状に出くわすことになる。
朝飯の汁はぶちまけられ、入り口のガラスはイチマルが蹴破ったという。

とりあえず、イチマルとハヤテはその時点で奥に離れて座っていた。
他のメンバーが、黙々とその片付けをしていた。

俺が奥に話に行くと、それでも収まりがつかないイチマルは、「アクムが、アクムが!」と言い続ける。
わかった、待て、と言ってアクムの方に行くと、「もうダメだ」「もうやめたい」とずっと言っている。
アクムは、まだここの生活に慣れない。
なにせ、中学時代から引きこもっていたと言うから、そりゃ慣れろと言ってもこの一年もたってない状況では無理だ。

とはいえ、アクムはそもそも親がもう限界だ、ということでここに来た。
帰るところもない。
なにも、俺らも進んでアクムを仲間にしたかったわけじゃない。
イチマルにしたらなおさらだ。

いや、これはなにもアクムの親がヒドイとか、そういうことじゃない。
今でもしっかりと彼のことを思っているし、いろいろと過去のことで気になることを報告してくれるし、それに、「彼にも人生がある、私たちにも人生がある」という決断は、なかなかできるもんじゃない。
それに、ここまでタイヘンな思いを親御さんはしてきたことも、断片的には聞いている。
ちょっと離れたことで、正月に実家に帰ったら、ものすごく落ち着いていて、本当に離れてよかった、とも親御さんは言っていた。
彼を捨てたわけじゃない。
彼の人生を考えて、親御さんはこうしたわけで、まあそれを引き受けざるを得なかったのが我々だ、ということである。

そんな状況でどうしようか、イチマルは今はあらぶっているが、まあ話は簡単だ。
「俺と離れたいか?ノブたちと離れたいのか?」と聞けば、「ごめんなさい」を言ってくるはずだ。
それはもう想定内で100%それでいけるし、そもそも彼を怒っちゃうのもかわいそうだし、それは違うだろう。

だけれど、アクムはどうしよう。
瞬時に、今考えなきゃいけない、俺のアタマの中はフル回転してもその答えは出なかった。
出ないまま、アクムに向き合った。
「携帯割って、何かいいことある?」
そんなことしても、何もかわらないし、もっと状況は悪くなる、モノに当たっちゃいけない、そんな話をしたと思う。
とはいえ、この状況を正しく判断できるとは思えない。
今判断できるのなら、きっと携帯は割らない。
と思っていたら、アクムが泣き出した。
泣き真似はしても、本気でしゃくり上げて泣くとは思ってなかったので、俺はびっくりした。
なにがどうしたのか、なにが正解だったのか、どうしたかったのか、俺はナニモノなのか、そんなことが彼の中には整理されてない、整理されてないが、でも、感情が高ぶるモノがあるんだ…、と俺は思った。
昨年の初夏にここに来て、生活は180度変わった。
その中で、彼だって、なにがなんだか、俺は何をしたらイイか、混乱の最中にいるのだ。
エイリアンのように、アクムのことを「わからない人」「どう対していいかわからない」と思っていたことをちょっとだけ恥じた。
わからないなりに、彼にはこの件を通して何かがある。

「もし、何か言いたいことがあったら、携帯を割りたくなったら俺に言え。必ず助けてやるから」と俺の口から、俺が思ってもない言葉が出た。
その言葉に、アクムはまた涙を流した。

イチマルは、思った通りに納まった。
その後、二人にはみんなに謝らせ、同時にみんなにも、「なにをされても、モノを壊しちゃったら、君も悪くなる」「下手すれば捕まることになる」という流れで、こんな感じの話をした。
とはいえ、アメリカなんかの報復のやまない世界を見ていると、彼らが報復をするのも仕方がない気がする。
聖人にはなれないよね。
なれないけれども、とりあえず、やり返す前に考えろ。
考えるには座ることだ。
やり返そう、と思ったとき、座ってみて、一度考えてみろ。
やり返して携帯は帰ってくるか?カイに噛まれたところが治るか?
治りもしないことをして、君は逮捕されるか?
それよりは、俺に、誰かに、そのことを話して、どうしたらいいか考えた方が良くないか?

確かに難しい。
難しいことを言っている。
世界警察の大統領ができないようなことを俺は市丸たちに話している、とは思った。

けど、どうしたらいいのか、俺にだって、他の専従もそうだけれど、誰にもわからない。
わからないけど、でも、俺たちはそんなイチマルやアクムと生きていくしかない。
手探りだ。
全くの暗中模索だ。
正しいことを押しつけるのならそりゃ簡単だ。
でもここは学校じゃない。
生活だ。
しかも、大人の生活だ。
正しいことばかりじゃ成り立たない、そんな「グレーな生活」を、俺たちは彼らと過ごしていかねばならないのだな、と俺は改めて思った。








(BGM:Deodato「Spirit of Summer」from「Prelude」)
→ビックバンドを従えたデオダートさんですけど、ボブジェームスさんとかね、いました当時。
でもなんか俺はクラシック的展開を見せる彼が好きで、アルバムを買ってもらってよく聞いてました小学生の頃。
ませた子どもでした。

ざわざわ


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なんかざわざわしてる感じがあります。

どうでしょうね。
なんとなく。

まあ、毎日いろいろなことがあるんだけど、それでもにじ屋の経営のこととかもあるし、それなりにみんなで考えるわけですが、どっかざわつく。
「これでがんばってみよう」と言ったところで、それでも「うまくいくんだろうか」はつきまとう。

イベントでもそうで、「うまく進むかな」みたいなことがあったりして、まあそれなりに「なんとかなるさ」という結論になったとしても、どこかざわつきます。

結局は、自信のようなことなのかもしれないけど、なかなかそれが持てないということもあります。
未来はわからないから、どうしたってそうはなります。

突き抜けた存在がいれば、それはそれでその人に文句を言ったりしながら、そのバランスはとれるんです。
社長さんと店員さん、みたいな関係ですかね。
「社長の今のやり方は云々」「現場のコト知らないくせに」みたいなことで、なんとかそれでもバランスが取れる。

つまり、本当に未来に船を出す、その航路は、この場合社長さんが握っていて、その店員が云々言ってることは、ある意味その社長さんにしてみれば航路の修正事項であり、同時に店員は、舵を握っていない、という。
舵を握っていないから、まあ自由なことが言えるし、「ざわつく」が小さくて済みます。
未来への舵はなんだかんだ社長さんが握っていて、社長さんになんかを言う、という一つ段階がそこにあるからです。

藤井がいなくなって、舵を握る人がいなくなってしまったウチは、やっぱどっか舵取りを失っているような気がします。
現実的に、藤井自体が大きな権限を持っていたし、それに対して「そうじゃないんじゃないか」と言ってればよかったというか。
なんだかんだ言っても、藤井に任せときゃいいよ、みたいな。
そう考えると、なかなかに偉大な人だったのかもしれない。

それはまあある意味バランスも取れていて、というのは、人はそんなに、人を乗せた船の舵を取れるほどのチカラはないわけです。
でもまあ、なんだか今は、「みんなで舵を取らなきゃならない」になっているから、デキもしないことを強いられている感じになる。

これはまあ、大きな「ざわざわ」の正体である気がします。
そうやって俺らがざわついていれば、それはいくら普段は隠そうとしても、「大丈夫なんとかなる」といっても、市丸たちにも伝わってしまう。

団体というのは、確かにみんなの意見を出し合って進めるモノだけれど、どこかその中でも「舵を取る」という役割があって進むところがあります。
これは、なんだかんだ、そういうものだと俺は思っています。
太陽肛門スパパーンの花咲さんが、白ブリーフで演奏することについて「薄いファシズム」というようなコトを言っていたけど、そういう部分は必要悪として存在する、というか。

ま、そう考えたときに、藤井がいてバランスが取れていたとしたら、死んでしまった今、どうやってバランスを取っていけばいいのか。
ということを、まあ模索している、という感じでしょうか。
なかなかどうして、数年経っても落ち着かない感じがあります。

よく考えたら、初代会長の福嶋さんが死んだときも同じだったかな。
あの時は、もう舵取りの比重は藤井どころじゃなかったから、まあ「虹の会は解散しよう」という意見に俺は賛成していましたけど。

でも、まあ冷静に考えてみれば、「うまい団体運営」なんてのは存在しなくて、もうしょうがないわけですよ。
ハヤテが携帯割るし、市丸がガラス割るし、まあそういうこともあるわけです。
でも、しょうがない、というか。

舵取りをしない、ということではないけど、まあ「自分たちの身の丈で舵取りをしようじゃないか」って思うしかないンだよね。

とまあ、思うワケですが、とにかくこれもそれも、そもそもの悩みは金のような気がします。
金さえあればまあなんとかなるというか。
金がないから悩んでるという部分も少なくない。

とにかく金。
気持ちとかいいから、金くれ、って感じですね。

車もダメになってきたし、パソコンもちょっと厳しくなってきたし、かといって、にじ屋の家賃は払わなきゃならんし。
それはまあ、藤井がいた時も同じだったんだろうけど、藤井がいなくなってよりざわざわする今日この頃です。







バレンタインSNS用画像

(BGM:海援隊「青春流れ者」from「嗚呼、お色直し。 銀盤ノ弐」)
→作曲者不詳でありながら、武田鉄矢さんが作詞となっております故、もう海援隊の曲ってコトでいいんでしょうか。
名曲だよな。
武田さんと言えば楽器が弾けないフォークシンガー。
どちらかというともう俳優なのか。
3・11以降の発言はちょっともう聞いてられないところもあり、ま、あの事故はいろいろなモノをあぶり出したな、と思う。

志は現場が創り出す


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人って、どうしても同じコトをしようとするんだろうか。
いや、例えば、イベントとかがあるとする。
去年、似たようなことをやったとする。
それをどうしても踏襲してしまう傾向があるように思う。

まあ、スペース的に「それしかない」というのならわかる。
わかるが、じゃない場合でも、まあ前回と同じでもいいってことには確かになる。
それに、大事なのは中身で、スペースをどう使うか、じゃなかったりすることもある。

けれども、俺はこの「前と同じ」がとにかく大嫌い。
何が嫌いと言われたら、牛乳と「前と同じ」が嫌いと答えますね。

これ、なんで嫌いなのか、というと、PTAの役員やってた経験というか、そういうのも入ってきますけど、ま、つまりね、PTAのバザーとか子どもたちの卒業を祝う会とか、いろいろあるわけですが、そういうの、たいがいもう去年のを下敷きに同じことやるんです。
つまりね、もう「やっつけ仕事」なんですよ。

例えば去年、「こう変えた方がイイのではないか?」というコトがあったとしても、PTAってのは持ち上がりだから、そうそうそのことが次の人に伝わらない。
だから、同じ失敗をします。

で、まあ、おそらく参加してたみなさんも自分の仕事場のことだったら「こうした方がイイ」「ここは変えた方がイイ」というのはあるんだと思うんだけど、PTAではそれを一切言いません。
なぜなら、「言ったらやらなきゃならなくなる」からです。
だから、勢い、もう一部失敗するのがわかっていても去年と同じコトをします。

まったく、これ、面白くないんです。
やめちゃったらいいと思うんですよ、PTAのバザーなんか。
けどまあ、「変える」の最上級である「やめる」という意見は、もちろん誰もがそう思っていても出しません。

俺も出しませんでした。
ま、もう我慢して3年やれば済むと思っていたので、苦痛な時間を過ごしました。
そうやって、苦痛がずっと続いていくわけです。
たぶん、今でも続いているんだと思います。


俺、この感じがすごくイヤなんです。
だから、ウチのイベントとかで「前回と同じでイイヤ」というのは、一番イヤなんですね。
PTAを思い出す。

少しでも変えたいし、どっかでもいいから変えたい。


つまりですね、PTAのバザーなど、みんなやめたらいいのに、と思っているのに、続ける、ってのは、やっぱ組織が腐っていくんですよ。
「実際に何をやるか」、ということがダメな場合、どんな崇高な理想があっても、俺はやっぱダメだと思います。
腐っていくと思うんです。

しかも、それって、「前に倣え」ってことだから、前の人が今の人にいろいろ「教える」みたいな感じになっていきますね。
そうなると、前の人も前に倣ってるわけだから、実際にそこに「どんな理想があったか」はもう伝わらないんです。
いや、伝える努力は必要だとは思いますが、現場レベルでは、やっぱ「やる」ってことに一辺倒になりますから。
どうしたって、理想が消えていってしまいます。

このテーブルを横にするか縦にするか、そんなことはどうでもいいわけです。
その時にやってる人の思いでどっちにしてもいい。
けれども、それが「楯にしなきゃいけない」となったら、もう前の人だけでやれや、って話になると俺は思っています。
クソつまらないことで、人に教えを請わなきゃいけない、って状況はバカバカしいです。


それでも人ってのは、想像力の限界があるのか、前回と同じ、ことを知らず知らずのうちにやってしまっていたりする。
もうそうなると、組織を腐らせるだけだぞ!と俺は思うんだけど、そういう意識はそういう人たちには働かない。

俺は、とにかく同じことをやり続けていたら、腐ると思っています。
ダメになると思っています。
崇高な志があるなら、それこそしっかりと違う事をする方がわかりやすいと思います。
その時にいる人たちと、毎回新しいモノを作った方がイイ。
というか、じゃなければ、組織はやっぱりいつまでも硬直するし、盛り上がりに欠けてしまう。

大事なコトは、確かに中身であって、「どうするか」ではないのもわかります。
が、「どうするか」を安直に考えてしまうと、ロクなことが無い、と俺は思っています。

実践こそが理念を作る。
現場こそが理念を作るのですから、そこはしっかり考えていきたいと思っています。




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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:いしだあゆみ「喧嘩のあとでくちづけを」from「青春歌年鑑 '70 DISC02」)
→結局、男の浮気を容認する女、という。
ま、こういうのがこの時代のムード歌謡のテーマです。
たいがい、このパターン。
なんでかわからないけど、これなんだなあ。
そしてまあ、物語としてはこういうの嫌いじゃない。
実際こういう女の人が近くにいたら「イイカゲン気づいたら?」と言いたくなりますけど。

破壊なくして創造なし橋本真也


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にじ屋初売りは4日だったわけですけど、4日、5日、とにじ屋で飲み会というのをやりました。
よくにじ屋や虹の会のイベントなんかでこういうのをやりますね。

まあ、酒が飲めない人をどうこういうアレではないんです。
飲めない人はジュースで乾杯しましょう、ということで。
今度2/8にJR駅無人化問題のイベントもやりますが、これもたぶんですけど、酒(ジュースやお茶)飲みながら、食事しながら、になるんだと思います。

この辺、ウチの雰囲気はこうです。
「他の障害者団体がやらないことをやる」という。
「他でやってるようなことはやらない」という。

例えば、まあ市丸たち、いわゆる知的障害の連中がいたりしたら、「一緒に飲み会」というのはあまりどこもやらない方向があるかと思います。
もちろんやってるところもあるでしょうけど、「飲み会」を打ち出してやってるのはあまり他の機関紙との告知を見てもない。

もちろん、市丸たちの中でも「飲みたいヤツ」「飲まないヤツ」というのはいます。
それはいいんです。
無理に飲ませるようなことは、彼らにも、そしてお客さんにもしません。
ミズエやコンさんは飲めないとのことなんで、それを飲ませることもしないし、だってそんなの酒がもったいない。

ま、つまり、平易に言うと、いわゆる「知的障害者のみなさんは、お菓子をちり紙に出してお茶を飲んでクリスマスパーティーです」みたいな、そういうイメージがみなさんあるでしょ?。
それを壊すためには「飲み会」を打ち出しちゃえ!という。

既存の障害者のイメージの破壊。
破壊なくして創造なし橋本真也。

ま、それはスーパー猛毒ちんどんでも同じですけどね。
つまりは、「既存の障害者イメージの破壊」「破壊なくして創造なし橋本真也」という。
ま、普段の延長でしかないんですよ、あのバンドは。
破壊さえできればいいんです。

同時に、一緒に働いている俺ら。
いわゆる、他のところだと「指導員」とか「職員」とか言われる感じの人たちですけど。
それも「いわゆるな職員にはならない」というか、ならないっていうんじゃなくて、その「イメージを破壊する」「破壊なくして創造なし橋本真也」というところがあります。
一生懸命、彼ら知的障害者のことを思って毎日身を粉にして働いている、というイメージの破壊を目論んで毎日を過ごしています。

いや、中身はきっと一緒なんでしょう。
俺も市丸のことを考えていないわけではありませんから。

だけど、そういう「いい人象」を破壊したい、という衝動がウチの感じですね。
破壊なくして創造なし橋本真也。

先に書いたJR駅無人化問題みたいな、そういうアカデミックな内容も時にイベントでやります。
ま、その手のイベントは、実際のところふざけたイベントより集客力があって、俺としては「まだまだだな」と思ってるところですが、普通だと、やっぱ「講演会」とか「勉強会」になるんだろうなあ、その辺。

でもやっぱそうなるとダメなんじゃないか、他と一緒じゃないか、という風に思っちゃうのね、俺らとしては。

中身で伝えたいことはある。
けれども、その「形式」にも魂が宿るのではないだろうか、という。

逆に、そのことが「ハードルを高くしている」というご意見ごもっともだけれど、いわゆる既存のイメージにどっぷり浸かっているご自身のこともできたら振り返っていただきたい、とも思う。

知的障害者は聖人で、そこに関わる俺たちも善人で、というような「イメージ」は、どっかやっぱり歪んでいる。
いや、善人だとは思う自分のことは。
けれども、「そういうイメージ」と、それとはちょっと話が違う。

イメージされていることを外から押しつけられるほど窮屈なことはない。
フラットに観察してもらって、それで「聖人ですね」「善人ですね」というのならわかるけれど、最初からそういうイメージで来られると、やっぱなんかバカにされてる感じすらする。
毎日、AVを俺から借りていく市丸をして、そりゃ性人だろう、とも言いたくなる。

愛と正義を否定する。
これは、障害者運動では有名な言葉だけれど、これを実際に行動に移すのは難しい。

このへん、なかなか難しいところだし、だからウチは知的障害者の関連の界隈から「不良の集まり」と言われ忌諱されるんだろうけど、ま、不良上等じゃない。
金髪にしたい!というヤツが金髪にするのがなんか問題でもあるんですか?と聞きたいところである。

でも、頑なに金髪にはしない、と主張するツノちゃん達、道徳派もいますよ。
そりゃ、両方いる。
両方とも、自由にやる。

けど、どうしても「知的障害者は聖人」という人たちには、ツノちゃん達しか見えなくなっちゃったりする。
逆に言うと、「金髪にしてみたい」という欲求は、道徳派しか認めない集団の中にいたら、彼らは容易に引っ込めちゃう。

というわけで、ま、今年はのんきに愛と正義を否定していく予定でいます。







2020もち

koshigaya.jpg

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駅無人化小

駅無人化大

(BGM:毒ガスマスクVx「ウ~ン逝く」from「赤パン」)
→故ジャイアント馬場選手におくる殺害のトリビュート盤。
殺害らしい1枚。
こういうのが真剣?に流通する社会を守っていきたいものである。

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