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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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敵は職員?


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kaijosha.jpg



ウチの機関紙7月号に副会長名義で書いたモノを転載します。
市の監査ということでウチが出した内容の公表と共に、監査に端を発した我々の考える問題点をシリーズでカズミを中心に執筆・連載しています。
これは三回目。
「敵は職員?」と題されたものです。

虹の会機関紙はにじ屋で配布しています。
また来れない方には郵送もしています。
会員になってもらえると毎月届けます。
コメント欄などで詳細おたずねください。



「敵は職員?」

職員とは何か?という定義ですが、我々のようなところのいわゆる「指導員」とか「職員」といった側の、いわゆる世の中から「専門の方ですね」と言われる人たち、ということにして話を進めたいと思います。


*対社会という存在としての職員

一般に職員といえば、彼らを指導する人、守る人、といったイメージでしょうか。
確かにそういうことになりますかね。
その前提には、彼ら、例えば市丸なんかは「指導する人」「守る人」がいなければ存在できない、という社会の共通認識があると考えていいかと思います。

ま、その前提がそれでいいのか?という疑問はまずあります。

今の福祉の流れはノーマライゼーション、「誰がどんな状況におかれても社会の中で共に生きる」という方向に進んでいるということになっています表向き。
でも、市丸たちについては、「指導が必要」「守る人がいなければ存在できない」というのは、構造的には矛盾しています。
本来、彼らを受け入れるために、どのように社会を作っていくか?というのがノーマライゼーションの形でしょうが(例えば駅の階段にエレベーターをつける、みたいなことと同じように)、なかなかそのために「何をしたらいいのか?」というのが、社会の中に確固たるものがありません。

これは、例えば車いすだったらエレベーターをつければいい、目の不自由な人には点字ブロックをつけるとか、そういう最低限の共通認識があるわけですが(もちろん、それだけでは足らない人だっているから、それでいいわけではないが、最低限、という意味で)、それすら見つからないといった感じじゃないでしょうか。

それは必要としてる応援が、どんなモノなのか、市丸とカイでも違うし、千差万別だから、なかなか「最低限何をしたらいいのまず?」というのが、見えづらい。

そこで、こうした職員が、それをくみ取って、社会の中に彼らが存在できるよう、なんかしらしてください、という感じがあるように思います。
職員の方がちゃんとやってくれることによって、社会の中に彼らも存在するんです、という「形」が求められていると思います。

意地悪い言い方をすると、社会参加できるよう、ノーマライゼーションの推進のため、「めんどう見て下さい」、という感じでしょうか。


*市丸たちに対する職員

確かに、毎日の中で、市丸たちに「指導」「教える」みたいな場面はあります。
それは、文字や計算、といったことだけじゃなく、「社会のルール」みたいなこともあります。
例えば、道路で裸になってはいけない、知らない人を噛んではいけない(知ってる人でもダメですが)、など。

同時に、社会に参加したい、という意欲を育てていかなければなりません。
それがなければ、そもそも社会のルールを教える必要はありません。
何かしらの建物に閉じ込めておくのなら、別にそこの中だけで通用するルールを作ってしまえばいいわけですから。

つまり、その団体でやっている作業所だったり、いろいろな施設で、意識を常に外に向けてやらなければなりません。
そもそも、社会参加を促すため、誰もが共に生きる社会、そういう福祉の理想実現のため、雇われているわけですから。


*施設という場がどうあるべきか

家庭の中で、基本的には子どもは守られます。
しかし、年を経て成人を経て、親や家庭という守られた存在としてだけではなく、一歩社会の枠を広げてやる必要があります。
そして、社会に羽ばたいていけるチカラを、意欲を育てる必要があります。

そのために、まず施設が家庭と同じ機能をしていたのではよろしくありません。
それは家庭から外に出ていけない、ということになりますから。
社会が広がっていくための、家庭の外の「第一社会」としての存在にならなければなりません。
そして、そこが居心地がよく、そこにいたい、と感じられることが大事です。
そこから、もっと広い世界に目が向くように、職員は努力すべきだと思います。

つまり、職員が、冒頭に書いた「守る存在」であるが故に、親と同じ目線に立ってしまうとそれはそれで意味がない、ということです。
それを越えた、家庭から一つ枠を越えた「社会」の形成が必要だと思います。

つまり、「守る」というのは、確かに守るんだけれど、同時に家庭の外の第一歩目の社会を存在させてやる、という作業が必要なのではないか。(※)
社会から孤立せず、彼らに自信をつけさせてやる、まず社会に出るための仲間を作ってやる、という目線が必要なのではないか。

ここを見失ってしまうと、ただの「保護」になってしまい、「収容しておけばいい」という考えに発展してしまう気がします。
それは意地悪く言うと、「障害者は社会から隔離しておきますから、あなた方でめんどう見てください。出てこないようにしてください」「親が一生めんどう見てください」という流れに荷担してしまうことになります。
これは現在の福祉の理念を逆行させるモノです。


*社会への橋渡し

ウチのライブに来たい、という「利用者」がいて話をしていたら、そこの職員が「お母さんに聞きましょうね」とかいう場面が何度もあります。
夜に、酒を出す、飲むライブハウスでやる我々のライブに、お母さんはなかなかイエスとは言わないでしょう。
ウチのように、普段からそういうところに出入りしてるのなら別ですが、そうじゃない限り(というか、ほとんどそういうところはない気がします)、これは実現しません。
その職員の人が「わかった、お母さんには私が話しておくよ、一緒に行こう」と言ってくれればいいんですけど、そういうことになったことはありません。

こうして、「親の意向」を第一にしてしまうことは、彼らの「大人としてのメンツ」も潰してしまいます。
大人としてのメンツ、とは、「自分で好きなことを好きなように社会で実現できる可能性」という意味です。
あくまで可能性、ですが。

我々は、よく「青春を取り戻す」という言い方をします。
青春の間違い、勘違いも含めて、そういうことをもっとやっていこう、という意味です。
それが、社会への橋渡しになると思っているからです。

いや、そしてなにより、青春とは大事な人生の一ページです。
誰しもそれは同じでしょう。
親に隠れて、仲間とストリップに行く、エロ本を見る、タバコを吸ってみる、そうした行動を、我々はどんどんやっていきたいのです。

親とは青春の中で異物になっていく存在なのです。
つまり、「親に聞いてみよう」と言われてしまう環境は、「青春を取り戻せない」ということであり、本人にとっては絶望しかないのではないかと思うのです。
その手助けを、(裏では親と協力して、ということもあるかもしれません)職員はすべきじゃないのか、と思っています。


*職員の専門性

守る存在、指導する存在、という側面と、この「外に向けて行く存在」「親じゃない存在」という、いろいろな側面を職員は持っていなければならない。
だから、専門性が必要ではあると思います。

ただ、今の職員養成するための専門性を教える講座などの方向を見ると、どうも、この「外に向けて行く存在」「親じゃない存在」という部分が抜け落ちていると思わざるをえないことが多いのではないでしょうか。
自閉症とは何か、ダウン症とは染色体の異常である、そうしたことを学ぶことは必要ないとは言いませんが、逆に言うと、彼らを型に填めてしまう危険性もあるように思います。

「ダウン症はガンコ」などと言われますが、それを「ああ、ダウン症だから●○しちゃうのはしょうがない」としてしまえば、おそらくモトミはいまだに同じ服を着ていたかもしれません。
「自閉症の人はこだわりが強い」というのも同じで、それを真に受けてしまえば、いまだに市丸は実家でテレビの操作に夢中だったかもしれません。

でも、モトミも市丸も、今では同じ服にこだわることもなく、市丸に至っては「この服かっこ悪いかな?」と考えるようになったし、いやいや、そもそもこだわりが強く実家など出ることがないと思われていたんだから、それはそれら専門書に書いてあることを一部否定するような感じにすらなっています。
いや、市丸はそもそも「遅くなったから井上のウチに泊まる」ということすらできなかったんだった。
そんな話をしている最中に走り出して電車に乗っちゃって家に帰ったりもしていた。
それがどうだろう、今や毎週のようにどっかに出かけ、親から離れて生活をしている。
手伝いに来てくれた人と電話番号を交換して飲みに連れて行ってもらったり、私が知らないところでそういうことも多々あるようだ。

つまり、専門性とは、絶対ではなく、既成の専門性自体を疑うことが専門家なのではないか?と。

もちろん、当てはまることはたくさんあるし、専門的な勉強をすることは理解をすすめてはくれます。
でも、同時に、市丸を相手にした時に、「自閉症」と当てはめるのではなく、市丸として付き合っていく。
そして、市丸という人間の可能性を外に広げてやる、という視点を忘れてしまってはいけないと思います。

つまり、専門性を知り、それを疑うことが専門家なのだ、と思います。


*専門性の落とし穴

今は資格の時代になっていて、例えばヘルパーでもそうですが、2級を取ったら1級に、みたいに「階段をのぼる」ように準備がされています。
これは、資格ビジネス利権の問題ではありますが、それは又の機会にするとして、一方で「職員のモチベーションを維持する」ためにあるようにも思います。

本来、市丸が、井上が、モトミが何か社会に小さな一歩を踏み出したことにモチベーションを維持していかなきゃ行けないと思うのです。

どこかの作業所では「外食実習」というのがあって、ファミレスに行ったりするようですが、いやいや、そんなの実習しなくても、恐らく家族と一緒に普段行ってるんですね。
しかも、事前にメニューを配って、「親に」メニューも決めさせて、という、まったく意味のないことをやっている。
そうした実践をすることが職員である、作業所である、施設である、というようなことが「専門性」であるかのような誤解は、やっぱりよくない。

そうじゃなくて、単純にこのことをとっても、「それはオカシイし、意味がない」と、異を唱えていくことが専門家なのである、と思います。


*まとめとして、我々のこと

大事なことは、作業所や施設は、井上やカイにとって、家庭と社会をつなぐ「第一社会」にならなければならないということ。
その中で、職員は仲間を作り、外に目を向けさせていくことを常に考えなければならない。
同時に、彼らを守り、そのチカラを作って行かなければならない。

なにより、職員が彼らに信頼されなければならない。
「この人といたら、俺の世界が広がる気がする」
「この人といたら、俺の人生変わる気がする」
「この人といたら、俺は大人になれる気がする」
「この人といたら、仲間が増える気がする」
そんな職員がいる場所だったら、彼らは必ず「帰りたくない」と言ってくれるようになると信じています。

ウチの場合、「もう帰ったら?」といっても、「帰りたくない!」と必死に食い下がってくれるので、そもそも、冒頭に書いた「社会のルールを教える」とかについても、比較的楽に実行することが、ありがたいことに出来ています。

そして、自分の居場所に彼らは誇りを持っている。
誇りを持っているが故に、ケンカもありますが、それも第一社会としての役割だと思います。
誰に従う、ということじゃなく、「俺はこう思ってたのに、お前は何だ!」みたいなことですね。

我々は、彼らの青春を取り戻すために、それは社会の中で、ごく当たり前に人生を謳歌できるように、職員のこともしっかり育てていなければならない、と思っています。


*※補足

「親だって社会に送り出す力にはなり得る」と思いますが、経験上、やはり「一人(二人)のチカラ」というのと、職員数人の「チームとしてのチカラ」は違うように思います。
「親には出来なかったことが出来るようになった」というのはよく聞きます。

また、親と職員、つまり親と他人とでは、同じコトをしたとしても、意味が違うようにも思います。
それは、「家庭」ではなく、「社会」で起こったことになるからです。
そして、それは彼らに「大人としての」自信を格段につけてやることのような気がします。






baka.jpg

(BGM:BACKGAMMON「GUERRILLA GROWING」from「this is REAL STYLE」)
→こういう曲がメジャーにのっていくというのは、つまりはゼンゼングローイングしてないよな、という気がしてならんところもある。
ギャングとゲリラは違う。

「手紙を書いてご飯を食べて風呂に入って寝る」


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今回の単独の新曲を作るにあたって、こんなのを設定として考えていたんだけど、今回はうまくいかなかった。
手紙を受け取った側からの歌にしようかどうしようか思って両方書いているウチに、なんか視点が定まらなくなっちゃった。
とりあえず、手紙を出した方の視点で書いたモノが未完成ですがこちら。

そのうちきちんと詞になるかな。



バレンタインデーの次の日は
先生と会う
電車で次の駅の前で
先生が車で待っている

養護学校の時のその先生は
私に優しいことを言う
肩を抱いてくれて
大きなお風呂のホテルに連れて行ってくれる


お母さんには内緒だよ、と
先生が言うから
私はお母さんにはなにも言わない
だってそうしないと
先生はもう私としてくれないって


私はいつもはユ●●●に仕事に行く
朝7時の電車に乗って
9時に会社について
ダンボールを開ける仕事を3時までやって家に帰る

家に帰って手紙を書いて
お母さんとご飯を食べて風呂に入って寝る
テレビはよくわからない
だから私はすぐにベットに入って寝る

会社では話しかけてくれる人はいない
担当の社員の人とは話す
今日はもう帰っていいよ、と
朝9時に言われることもある

そんな時は、そのまま家に帰って
手紙を書いて、お母さんと昼ご飯を食べて
また手紙を書いて、
お母さんと夕飯を食べて風呂に入って寝る


私の乳首は紫色で
先生のチンコはとても大きくなる
私を気持ちよくしてくれる
一生懸命なめる 先生が喜ぶから

私はもっとして欲しいけど
先生は二回出して終わり
そしたらお金を掃除機みたいな機械に入れて
また先生の車で駅に戻る


会社が休みの日は川越に出かける
養護学校の高等部の時に遠足で行った
それから私は休みの日には
その時と同じ場所に行くことにしてる

同じ店で同じダンゴを買って
同じように店のベンチに座って食べる
3時になったら家に帰る
そして手紙を書いてご飯を食べて風呂に入って寝る


時々先生からメールが来て
お母さんには言わないで
先生のチンコをナメに行く
そして、家に帰って手紙を書いてご飯を食べて寝る

車の中で、先生のチンコは
私が触ると大きくなる
私は嬉しくなって、それをなめてあげる
口の中に出たのは飲み込む

お母さんには内緒だよ、と
先生が言うから
私はお母さんにはなにも言わない
だってそうしないと
先生はもう私としてくれないって


休みの日、手紙を出しに隣の角の郵便局に行く
高校の同級生に手紙を出しに行く
私はその時ちょっとだけ
悲しい気持ちになる






baka.jpg

(BGM:細野晴臣「住所不定無職低収入」from「HOCHONO HOUSE」)
→「HOSONO HOUSE」は名盤と言われていて、俺もずいぶん聞きました。
けっこうラフに作られている感じのアルバムですが、名盤と言われるだけあって、完成度は高いような気がする。
けど、まあラフでもあって、手を入れられなくはないような気もする、という。
で、まあ今回このアルバムになるわけですけど、これはまあどうですかね。
名盤のリメイクって難しいよな、やっぱ。
元をなかなか越えられない、というか。
とはいえ、これはこれでそれを気にせずに聞けば名盤なんだよな。

笑いが溢れるステキな人


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kaijosha.jpg



機関紙今月号に、ミズエが書いた原稿がこちらです。
「専従のページ」と題されたコーナーに載せられたモノです。
厳密には彼女は専従というわけじゃないんだけど、実際は専従と同じ働きをしてもらっていますし、市丸たちにはそこは関係ないというのもあります。
んなわけで、彼女にもぜひ書いてもらいたいということで、機関紙担当の方で頼んだ、ということのようです。



専従ではないのですが、新人みずえの事をお伝えしたいと思います。

7月になり、新人の私も虹の会に入って1年が経ちました。なんだかあっという間に1年が過ぎてしまいました。市丸さんには「みずえさんここ来て何年?」「まだ○ヶ月だよ」というやり取りをしていたのですか、「もう1年経ったよ」と言えるくらいになったんだなぁと。

機関紙でも書いたかと思いますが、虹の会に来る前は書店員を16年ほどしていました。全国的に書店自体もだんだん厳しくなり、私のいた書店は閉店する店舗が増え、埼玉から始まり最終的には千葉の柏の店舗に異動しました。埼玉から千葉までの通勤時間は約1時間半。ほぼ遅番だったので、帰りは夜の12時近くなる事がほとんどでした。夕食も遅い時間にとる事が多くなり、この頃の体重は人生MAXになっていました。

その前にいた店舗でも人手不足なのに、アルバイトさんの時間を削らなければいけないと言われ、シフトもギリギリで体調を崩しながらも休めないので、朝点滴を打ってから出勤するような状態でした。

そんなおかしな会社で働いていた中、積み重なった職場のストレスで疲れがピークにきてしまったのか、いなくなってしまいたい!消えてしまいたい!いっその事もう、誰か殺してくれ!と駅からの夜道をひとり泣きながら帰ることもありました。

いろんなことが重なったのか通勤中の電車内でひどい目眩をおこしてしまいました。脳神経の異常はなかったので、食生活の乱れや高血圧、ストレスではないかとの事でした。安定剤と降圧剤を服用しながら働いていました。これが当たり前になってしまって長い事同じ会社にいて、感覚がおかしくなってしまっていたんだと思います。未だに「満員電車+ひとり+長距離移動」が怖くて躊躇してしまいます。

こんな自分でも受け入れてくれるのか、未だにいらぬ緊張をするのですが、毎朝出勤するとまず、イチマルさんがフライング気味に「みずえさんおはよう!」と声をかけてくれます。これが結構嬉しかったりします。普段はやかましい!と思う事が多いのですが(笑)

佐藤さんは「どんどん失敗しなさい」と言ってくれます。職員になってすぐの頃、大きい車をフェンスに擦りドア交換という大失敗を犯しました。やらかしてしまったのに、こんな事言ってくれる所があるのかと驚きました。「あなたが出来ることをやりなさい」ともよく言ってくれます。佐藤さんや専従のみなさんの様には、当たり前ですがなれません。私自身が出来ることを頑張りたいと思います。この言葉のおかげで救われています。

虹の会を知って、どんどん興味が湧いて、踏み出した結果、そうこうしている内に虹の会の職員になっていました。高校時代は福祉部に入っていましたが、福祉については知識も浅くもちろん資格も持っていません。虹の会では介助に入ったりしますが、障害者の指示に従って動くこれだけでいいのです。勉強して資格取ってというのが、介助をするという事へのハードルを上げているなぁと思います。出来るか出来ないかなんて、やってみなきゃわからない!

勇気をだして飛び込んで良かったと今、本当に思います。この間、職場でこんな事しているんだと、出会った人に説明すると「アオハル(青春)してますねー」と言われました。そうなんです!みんなと毎日怒ったり笑ったり、みんなの青春を取り戻して一緒に生きていきたい、私の居場所はここだったんだと思うようになりました。私の勝手なエゴかもしれないけど、みんながそう感じていてくれていたら嬉しいなと思っています。



実は、こんな苦労していたとはマッタク知りませんでした。
彼女自身が「前に前に」出るタイプではないコトもあるんでしょう、書店で働いていた、というのは聞いたけど、こんな状況だったとは彼女から聞いたことがありませんでした。

スズもそうなんだけど(http://superchingdong.blog70.fc2.com/blog-entry-4832.html)、ウチはあまり「過去は聞かない」という感じがあります。
これはオグラとかでも同じで、前の施設でどうだったかはこの際あまり関係なくて、これから君はどうする?が重要だと思ってて。
なんであまりミズエの過去は聞いたことはなかっただけに、驚きました。

スズもミズエも苦労してきたのね…。
なんか、ホントこんな人材を潰してしまう今の日本ってのはどうなってるんだろうか、と思います。
俺にとっては、すずもミズエも自慢の新人です。
というか、もう新人とは思ってないけど。


彼女たち、まあ新人は誰にでもだけれど、よく最初の頃は「新人にしか出来ないこともあります」ということを言います。
市丸にとって、「自分より後に来た人」という立場には、俺はなれないわけですから。
その立場をやれるのは新人の仕事だよな、と思って。
何もわからないまま、みんなと付き合ってみて欲しいなあ、と思っているんです。
せっかくその立場がやれるのにもったいないでしょう、やっぱ。
無理するより、そのままの方がなんか面白いし、市丸たちにとったっていろんな人がいたほうがいいわけで。

というか、彼女たちがいる事によって、全体の動きの中で、出来ることが格段に増えました。
同時にアキや外口さんらが「遊軍」でいられる時間も増えたと思います。
やっぱ、遊軍がいてこそ、組織は伸びると思うんですよね。
みんながキッチキチでやっていたら、もう毎日の繰り返しはできても進歩はできないじゃないですか。
そして、そういう役目が似合うんだよね、アキとか外口さんは。
何か新しいモノを拾ってくる才能がある、というか。


彼女たちもいつか壁に当たるかもしれないし、当たらないかもしれないけど、でもまあ、その壁をきっと彼女たちなら乗り越えるだろうと思うし、乗り越えなくても壁をぶっ壊してもいいし、壁を避けて向こう側に行ける新しい道をさがすかもしれない。
壁に沿って横に行く、というのはどうだろう。
ま、とにかくきっとなんとかすると思う。

彼女たちが歩む道は、俺と同じような道であるはずがない。
時代も、人数も違うんだし。
だから、あまりアドバイスできることもないし。

なんで、基本、放置でやってるわけですけど。
彼女たちの直感は信じられるし。


そしてですね、俺がとにかくすごいなあ、と思うのは、スズもミズエもキレイになったこと。
前が汚かったとかじゃないですよ。
前もステキでしたが、今はもっと美人になったな、と思うんです。
毎日会ってるんでわからなくなるけど、時に来た頃の写真を見ると、ホントびっくりする。

そしてよく笑うね。
俺が言ったちょっとしたつまらないツッコミにも笑ってくれるのでなんか嬉しいですね。
笑うって、まあ気分が下がってるとけっこう労力いるから笑えなかったりするけど、上がってれば普通に笑えたりするじゃない。
だから、笑ってくれるってのはなんか、普段がそこそこイイ感じなのかな、と勝手な推測をしております。

顔は心の窓と言いますけど(目かな)、このままどんどん笑顔が似合う、笑いが溢れるステキな人になって欲しいと思います。

suzusakura2.jpg






tanndokuchuu.jpg

baka.jpg

(BGM:ディアマンテス「ガンバッテヤンド」from「Summer Happy Collection」)
→この曲、スペイン語なんだけど、訳詞がよかった。
スペイン語には「がんばって」という意味の言葉がないそうで。
ふむ…いい国だ。
ネットから拾ってきた訳詞はこんなの。
誰も歩いていない 暗い夜だった
彼は2個のスーツケースを持ってDC ー 10の出発を待っていた
夢も幻想も そして借金もある
ラモンは 太陽の生まれる国へ仕事を求めて 旅立とうとしている
一番悩むのは コミュニケーション
言葉の壁 無関心な空気 とても我慢できない
際限のない 辛いルーティンワーク
それだけじゃない
差別する人々の目意味のない 嫌がらせ
心の奥にある寂しさをまぎらわすため家で待っている 家族のため
ラモンは ”ガンバッテいる “
”ガンバッテヤンド“ シー そうさ !
俺たちはみな ガンバッテ行くんだ ・・・
また仕事が始まる 8時間労働 そして残業食事をして 寮でただ寝るだけ
夢のなかで ラモンは歌うのさ ・・・ サルサ !

いい曲だわ…。

闇の底 (創作)


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専従募集


(創作ですよ念為)


 桃子は、生まれつき足が悪かった。
 桃子は、小学校に上がるまで、自分はどこにも行けないのだと思いこんでいた。
 けれど、入学と同時にもらった車いすが桃子の人生を変えた。
 この車いすに乗って、自分はどこへでも行けるんだ、って彼女は思った。

 僕は、そんな桃子が嬉しかった。

 桃子が、大人になって、一人暮らしをするといって、親は困惑したけれど、桃子はそれをいとも簡単に始めてしまった。
 両親は拍子抜けしたけれど、桃子は、また自分に翼が生えたような気がした。

 僕は、そのときも、そんな桃子が嬉しくて、おめでとう、と言った。

 そして、桃子は恋をした。
 相手は車いすに乗った人ではなかったけれど、いい人だった。
 端から見ていれば、彼は、ただいい人だっただけだったけれど、桃子は、それを間違ってしまっていた。
 彼は、桃子からのメールはすぐに返したし、車に乗せてやることもあった。
 彼はとてもいい人だったから。

 僕は、彼に桃子の気持ちを言ってみたらいいよ、と言った。
 それで桃子の気持ちにピリオドが打てるのなら、と思ったから。
 でも、桃子は、僕にこう言った。
 「このままでいいんだよ。」

 そして、その後、彼には彼女ができた。
 桃子ではなかったし、車いすに乗った人でもなかった。
 その後、幾度かその顔は変わり、そのウワサは桃子の耳にも入った。
 けれど、桃子は夜になるといつも僕に言った。
 「このままでいいんだから。」

 彼はそのうち、桃子のところに顔を出す機会も減り、僕から見たら、桃子を忘れたようにも見えた。
 でも、桃子は、いつも玄関でノックする音を聞けば彼が来たのではないかと期待していたし、出せていないメールがたくさんあったのも僕は知っていた。

 桃子も、50歳を過ぎて、ほとんどが寝たきりになって、死にゆこうとしていた。
 夜更け過ぎ、そのベットの上から、桃子は僕にまたこういった。
 「これでよかったでしょ。」

 そして、桃子は死んだ。

 そして、僕は、桃子に自分の気持ちを彼に言った方がいいと言ったことを、恥じた。
 人には暴かれたくない闇がある。
 その闇の底のなさを知っている者は、自分で闇を暴くことはない。

 でも、闇を暴こうとする人間はいる。
 無意識なんだろう、よかれと思ってなんだろう。
 僕は、桃子の死後、彼の耳に桃子の気持ちが伝わっていることを知った。
 彼が桃子のところに来る回数が減ったのはそのためだった。
 桃子がドアをノックする音に毎回絶望したのは、それが理由だったことも知った。

 もし彼女が車いすに乗っていなかったら、アパートの2階の彼の部屋にも押しかけることができたかもしれない。
 彼がうちひしがれたときに、優しくリードして、彼のモノを口に含むこともできたかもしれない。
 でも、そんなことは、桃子の身体ではあり得ない話だった。

 つまり、桃子は、彼の人生という舞台に上がってもいなかった。
 彼が二人の女性に言い寄られて困っていたときも、付き合っている彼女にふられて悲しい思いをしているときも、桃子の出番は、あたりまえのように、
 なかった。

 それを桃子は知っていたんだ。
 そして、そのまま、死のうとした。
 彼女はそれを自分で確かめようとはしなかった。


 いや、でも本当は違う。
 桃子は彼を悲しませた彼女を恨んでいた。
 そして、彼をも本当は恨んでいた。
 つまり、桃子は自分の闇に、気づいてしまっていたんだ。
 でも、蓋をしようとして、彼女は「このままでいいんだから」と言ったんだ。

 あの夜、大好きな男のモノを咥えていた女の顔を、彼女は殴りたかったけれど、彼女には殴ることはできなかった。
 結果的に自分を追いつめている彼の優しさにも、殴りたかった。
 殴れない思いは、闇の底に沈んだ。


 僕は、彼女の影だ。
 だから、僕にはもうどうすることもできないし、できなかった。
 彼女の墓の前で、彼女が生きていたという、みんなの中の記憶が薄らいでいくと共に、僕ももうそろそろ消えるのかもしれない。


 ならば、最後の最後に時限核爆弾を作ろうと僕は思い立ち、それを一週間で完成させた。
 そして、そのスイッチを1時間後にセットした。
 一秒ごと、LEDの数字が減っていくのを確認して、リュックに入れ、渋谷に向かった。
 桃子は歩けなかったのだから、僕が向かうしかないのだ。

 日曜の午後、歩道にあふれる群衆。
 ここがいい。
 僕はスクランブル交差点で爆弾を確認すると、LEDはあと10秒を表示していた。
 10・9・8・7…。
 僕はそのリュックを背負い直した。
 そして、LEDはついに0を表示し、闇はどこにもなくなった。

 さようなら桃子。







tanndokuchuu.jpg

baka.jpg

(BGM:Fantastic Plastic Machine「God Save The Mona Lisa」from「COOL & RELAX」)
→あまりに完成されすぎて、よくできたAORに聞こえますね。
FPMのある意味での真骨頂とも言えるけど、なんか食い足りない感じもあり。

ドキドキ (創作)


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専従募集



一年前、結婚した。
なかなか出会いもなかったし、いい年にもなったから、相手を一生懸命探してた。
そんな中、友だちの紹介で出会った人と何となく付き合って、プロポーズされて

今思うと、特別好きではなかったのかもしれない。
その時の最高の判断だったとは思っているけど。
まあ、結婚ってそういうものだとみんな言うし。
親も私にそう言った。
「そろそろ身を固めなさい。」

でもなんか、もう少しドキドキするものだと思ってたな。

彼も、私が好きってより身を固めたかったっぽい。
彼は私を束縛しないし、自由にやれる。
そこそこの給料。
そこそこの会社。
時々セックスして、一緒に寝る。
ケンカもあまりしないけど、フザケあったりもあまりしない。

もう少しドキドキするものだと思ってたな。

家に誰かがたずねてきてくれることもあまりない。
私が結婚したと聞いて、それまでの独身仲間は私を誘わなくなった。
別に誘ってくれていいのに。
私が飲みに行くと言っても、彼は許してくれるんだし。

もう少し、ワクワクするものだと思ってた。

独身仲間だった子たちは、今でも「イイ男がいない」って口をとがらせながら、それでも楽しそうに夜遊びを繰り返してるみたい。
私も三年前まではあの仲間だった。

でもどうだろう。
私、勝ち組なの?


同輩の男の子たちは、仕事ができて、男友達も多いイケメンからどんどん結婚していっちゃった。
高校の同級生と、ってなんだよ。
そもそも私に勝ち目ないじゃん。

同僚の女の子と男を取り合いたくもないし。
どっか私は引いてたのかもしれない。
波風立てるのはゴメンだもの。


女が独りで生きて行くには、今の世の中はつらすぎる。
勤めて5年も6年もすると、仕事でも重要な役どころを任されるようになって、まあ恋愛どころじゃなくなっちゃうし。
私が独身と知るや「え、結婚してないの?」「いい人紹介しようか?」と、まるで絶滅動物を見るような目で見てくる。
始末に負えないのは50くらいの管理職。
「俺ならほっとかねえなあ」って、願い下げだよクソオヤジ。

年下の新人の男の子はどこか「あわよくば」を狙ってたりして。
それが自然ならまだいいけど、ミエミエなことが多いのよね。
私はあなたより10年も先に社会に出てますからね。
たいがいあんたがた男がナニを考えているかくらいわかりますよ。
お坊ちゃん。


まわりにはイイ男はみんな落ち着くところに落ち着いちゃって。
一時、その中の一人と不倫してたことはあった。
みんなに隠れてメールしたりして。
こそこそするのもなんか刺激的だった。
それに、彼も私に申し訳ないと思ってたんだろうな。
会ってた時はとてもやさしかったし。

でも、これじゃダメだな、って思って、一年くらいで私から別れた。
もちろん彼は受け入れてくれた。
ちょっとホッともしたんじゃないかな。

でも、今考えたら、あの時が一番ドキドキしてたかもしれないな。


そんなことしてたら、いつの間にかお局様の仲間入り。
まあ、仲間もいるからそれでどうこうはあまりないけど、彼女たちと「イイ男がいない」って言い合ってるのもなんか空しくなちゃって。

親は見合いをすすめてくるし、なんかもう結婚しちゃった方が楽なのかな、って思ったのかな、わたし。
それに、やっぱり結婚に憧れはあったし。
ちょうど、高校の同期の子が紹介してくれた男の子がマジメそうで。
イイ男とは言えないけど、マジメな人がいいよな、と思って付き合った。
その同期の子も「付き合うことにした」って言ったら喜んでくれたんで。
で、結婚の話をしたら親も喜んでくれて。
なんか、私も嬉しくなったりしてさ。

新居に引っ越したり、なんか私も変わるかな、って思ったんだよね。
明るい未来が待ってるような気がした。

でも、思ったより平坦だった。
結婚って、もっとドキドキするものだと思ってた。


私がこんなことを急に思ったのは、二日前の出来事があったから。

私のちょっと下の部下に言われたんだ。
一緒にプロジェクトもやった、なかなか素直でいい男の子。

急に彼、私に言ったの。
「先輩、僕とじゃダメですか?
やり直せませんか。
だって先輩、いつのまにか結婚しちゃって。
それで幸せそうならまだあきらめもつきますけど…。
今の先輩、ぜんぜん幸せそうじゃない…。
僕ならそんな思いはさせません。
ずっと先輩のこと思ってました」

私ね、その時、アタマが真っ白になりながら、真っ先にこう思っちゃたの。
「なら、なんでもっと早く言ってくれなかったんだよ」って。

そして、ものすごくドキドキした。









表中

(BGM:Disorder「Joleen」from「PUNK COVERS」)
→ま、ほんとですか?と。
面白いレアトラックであることは間違いなさそうであります。

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