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スーパーちんどん・さとう

Author:スーパーちんどん・さとう
ちんどん太鼓担当

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やられた側の味方になる


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専従募集


機関紙の5月号で、ようことミツがこんなコトを書いていました。
機関紙はにじ屋で配布中、郵送希望の方はツイッターのDMなどで住所教えて下さい。


「佐藤さんの話の事!」

 佐藤さんが皆を集めて皆にネット会議の後、話をしてくれた!話の内容・中身は?!私が分かる範囲で分かる事を書きます!
 佐藤さんが・・皆に何か嫌な事をされたり&嫌な事を言われたりしたら・・直ぐ!その場で大きな声で叫んで言いな!そしたら・・皆、何事かと思って飛んで来てくれて、私なら私の見方になってくれるから・・っと。
 じゃなければ後で、こそっと!誰かに手紙や携帯のメールでも良いから・・言いな!じゃないと嫌な事を言われたり&されたりした時の有った事が無かった事になってしまうよ!っと。
 佐藤さんが・・皆に言った人が悪いんだから・・言われた人迄!自分が悪いんじゃないのかな?っとか思って落ち込んで考えちゃう・必要は無いよ! 縮こまら無くても良いんだよ!っと。
 後、佐藤さんが・・皆に言われた人&されたりした人の味方になってあげよう!っと。

 なので、佐藤さんに話をしてもらった後から・・何か私の嫌な事を言われたり・・されたりしたら・・その場で皆に大声で叫んで言ったり・・後でこそっと!誰かにメールとかでもちゃんと!言ってたりして行ってます。
 私としては良い話が聞けて少しは参考になったかな?!っと思いました。

以上!!「ネット・山口陽子」


 佐藤さんがある会議が終わったあとに、みんなに言って来ました。急にだれかが八つ当たりとかをして来たりしたらデッカイ声で叫んだりしろ、と言ったり、もう社会人何だからどんどん陰口を言ってきな、と言って来た。
 ので、凄く心に日っかがったことは直ぐに佐藤さんに言って、言ったら凄い心がスカッとして来て居る感じがして居るから、自分のみかたが居ると楽しいなと思いました。(ミツ)



これはどういうことかというと、結局ですね、まあいろいろなことが起きるわけですよ。
わかりやすい例でいうと、市丸が逆切れした、逆切れまでは行かないけど、イヤなことを言ってくる、睨んでくる、みたいなこととか。
そういう時に、まあ小競り合いに発展して、逆切れが青天井になってしまったりもするんです。

それはあまりよくないよな、と思っていて。
ただ、目には目を、というやり方は、どうやったってエスカレートするばかり。

まあよく市丸とコバなんかは小競り合いをしたりしています。
ケンカといっても、市丸は結局は面と向かうのは怖いし、コバはネコパンチだし、どうってことはないんだけど、禍根は残します。
それがまた市丸が睨む原因となり、睨まれたコバは手を出す、という。

どこかで見た感じの、報復の応酬、みたいな。
イラク戦争を見てるような。


どうしたもんかと思って、まあ俺も反省する、という話を始めて、これから例えカイに噛まれても、噛み返すのはやめよう、と。
ま、そもそも噛み返さないですが。

だけど、確かに、噛むのはカイが悪いよね。
市丸が睨むのも、市丸が悪いよね、と。
だからって、やりかえしてたって、いつまでも終わらないよね、と。

確かに噛まれたら腹も立つから、ぶっ飛ばしたくもなる。
でも、それやっても、また噛む原因になるだけだよ、と。


でもまあ、噛まれた側、睨まれた側の溜飲だって下げないことには彼らの納得は得られないと思い、「そういう場合は大声で言おう。そうしたら、まわりのみんなはどっちの味方になる?」と。
もちろん、睨まれた側の味方になる、とここで答えが返ってきます。
「だから、そういう時は、みんなで集まって、睨まれた人の味方になろう」というコトを言いました。

時ちょうど、この話の一週間後くらいにコバがまた「睨まれた!」と言い、みんなが「ええ~!コバ大丈夫!」と集まってきたら、それで市丸は逆上、コバを叩く、という段になって、それでも「ひどいよ~」とみんなは返す、ということがあったんだけど、つまり、「みんながやられた側の味方になる」ということが、やった側にとってもすごく効果があることなんだな、と逆に思ったワケなんですが。
で、まあすぐ、それは違うよね、とゆっくり市丸に話せば、「やらなきゃよかった」と市丸。

ま、こういうことを繰り返していくしかないんだなあ、と。


確かに、イジメだとかはいじめる側に問題がある、というのは当然なんだけど、だからって、そこをいじろうとしてもなかなか難しくて、もう、みんなでいじめられてる人に立ち向かおう、というね。
そういう形になって繰り返していけたら、「やらなきゃよかった」という思いがやった側にも積み重なっていってくれるのではないか、と、今は希望的観測でなんの根拠もないけれど、とりあえずそんなことをみんなと話している、ということです。


そして、これは別に彼らだけの問題じゃなくて、対専従、つまり健体者でも同じで、そういうメールもミツから来たりします。
そうだね、俺はミツの味方になるよ、と返信してるところです。

この話の後、ようこからもずいぶんいろいろな「イヤなことがあった!」メールが来るようになりました。

イヤなことがあったら言う。
言える。
そういう風にしていかなきゃだめだよな、と思うので、確かに彼らに非がある場合もあるわけですが、そこは不問に付して、今は「言ってもらえる」という環境を作りたいな、と思っているところです。








(BGM:Wet Wet Wet「Love Is All Around」from「NOW 1994 DISC01」)
→なんでしょ、このふざけた感じ、すげえ好きなんだよね。
しかも、どっかで聞いたメロディーがふんだんに入ってきて。
遊び心で曲を作れるってのは、とにかく天才だと思うのよね。

逆だろ?


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専従募集


先日、ある人からDMが来て、とある市の駅で「車いす利用の場合は前日までに連絡を下さい」的な張り紙が貼られているんだが云々、という。

この手の「特別扱いします」という問題は、飽きもせず時折起こります。
そうじゃなくて、まあ普通に使えりゃいいんだよ、って話なんだけど、その普通をぶっ飛ばして「特別に待遇します」というような。

バカなのか、どうなのか、こういう事例は最近多くなったようにも思っていて。
そもそもノーマライゼーションとかそういうことがまったく理解されていないんだな。


で、ちょっとこんなことがあって。
JRに関しては、ネットで切符を予約できたりするわけですが、それはまあ便利だな、車いすでいちいち緑の窓口いくよりいいじゃん、と思っていたら、どうも車いす席の場合は来て下さい、みたいな。

バカなのか?と。
逆か?と。


その辺、アキが機関紙先月号に書いていたので、転載します。
機関紙はにじ屋で配布中。
遠方の方には郵送もします。
ツイッターのDMとかで住所教えて下さい。


「なんかおかしいよ」

加納さんと長野に行こうって事になって、特急の切符を取ろうとした時の話。
「車いす席」は少ないから、予約した方がいいと教えてもらったので、インターネットで調べると、「インターネットで楽々」とチケット自体は取れるみたいだけど、車いす席のことについてはナニも出てこない。がっかりポイント①
書いてある電話番号に、「車いす席の予約はインターネットでできないのか」と聞くと、「インターネットではなく電話になる」「でもこの電話では予約は受けられない」②ということなので電話番号を聞くと「新幹線の予約の番号しか分からないのでそこできいてくれ」と③。
「はぁ?電話番号が分からないって同じ会社でしょうよ」と思ったけど、電話する。そもそもちがうらしいから「特急の予約ができる電話番号を教えてほしい」ときくと「ここ新幹線なんで」って言われ④。ここに電話して聞けって言われたから電話してるんだけど。
そこで、そもそも「チケット予約は電話でできても、最初に乗る駅で予約になるのですがなに駅がいいですか?内線電話で回しますので、その駅員に電話して下さい」⑤と。最初に乗る駅なんて決めてなかったよ。車で送ってもらうかもしれないし。ただ特急の指定席(車いす席)にのる新宿→長野のチケットが取れればいいと思っていたのに、なんでこうなるの?もうやな予感しかしない。つないだ電話の先では、「チケットは取りに来てもらうことになりますが、ウチの駅でいいですか」と⑥。こっちは電話で予約できて当然他のチケットと同じように「みどりの窓口がある駅」ならどこでも受け取れるものだと思ってた。そもそも電車にのる用もないから、電車に乗るときがあったら通る駅で受け取ればいいかと思ってた。
…だったら、電話繋ぐ時点で教えてほしかった。
「このことはインターネットでどこに書いてあるんですか」と聞いても「それはちょっと見てみないと分かりません」と⑦。取りに行くしか方法ないんですか?ときくと、「基本は窓口で買っていただくところ、車いす席のお手配だけは電話でもできるようにしているので」と。インターネットでチケット買えますって宣伝してたじゃん…って電話切ってから思った⑧。何度も電話をかけ直し、その都度少々お待ち下さいと待たされて、その都度説明してを繰り返し、馬鹿にされてがっくりしたのと頭にきたのとで、冷静ではいられなかった。
電話で予約をしたらその駅まで取りに行くこと、電話で予約が受けられる駅が大宮くらいしかないこと、浦和は電話は受けられるけど…みたいなこと、車いすが電動か手動か、折りたためるのか、サイズも必要だと言われた。車いすのママで乗りたいから車いす席を予約しようと思っているのに、それでも電動を選んだ場合は「折りたためるか」も必要なのだという。大きさも…⑨。
どうせ取りに行くことになるんだったら、大宮駅を通る用ができたから、電話予約ではなく大宮駅の窓口で買うことにした。
言われていたことを全部用意して用紙に記入すると「承認が必要なので少なくとも30分かかります」と⑩。
その後、会計の段になって、乗車券半額の割引をするためには「障害者手帳はありますか」と⑪。もちろん持ってきてない。
この日は特急券だけ買って、手帳を持って乗車券を買うということになった。自販機だってあるけど、割引があるから窓口じゃないと買えないと⑫。

なんでこんなことになるんだろう。
車いすで電車に乗ることが、そんな特殊なことになってしまうのか。
インターネットでチケットが買える人がいるなら、車いす席こそインターネットで買えるべきではないのか。
インターネットなら操作できるけど、電話は無理という人もいるだろうとか、駅まで買いに行くのはさらに無理だろうと考えられないのか。
車いすということで一般的なサービスが受けられないのだとしたら、そもそもインターネットの最初の画面に、「車いす席の方は…」とわかりやすく案内すべきでじゃないか。
私はあとになって、あそうか、とおもって「JR 切符 車いす席」と検索したら、車いすのことが書かれた案内につながっているようだったけど、それは車いすの人が自分で検索しなければならないことなのか。
もう、これが自分の切符のことだったら、この旅行をあきらめるところだった。
もういいよ、いかねーよ、って。

だって、インターネットで一席ずつ指定できるくらいのことができるんだったら、車いすの席だって同じように番号振って予約できるようにすればいいじゃないか。
でも何件かしか利用がない車いす席のために、インターネットのシステム全体を整備することは、割りが悪いということなのか。
手帳の確認だって、乗る駅の駅員が改札で見ればいいだけのこと。そこで手帳忘れたら、残りを請求すればいいじゃないか。むしろ本人が乗るときにそんなに忘れてくる人もいないよ。これ、買うときにしか手帳チェックしていないんだとしたら、余計悪用されないか。
駅員さんだって、手帳と本人の確認くらいだったら問題なくできるでしょう。
よくわからない電話でたらい回しにされて、わざとわかりにくく、わざと分からない人とのやり取りをさせているとしか思えない。
もっと普通に、もっと簡単に、できない理由が分からない。
かと思えば、乗る駅と降りる駅もかならず聞かれる。
別に手伝いいらないし、手伝いがいればそのときに言う。
前もって聞いていることが手伝う条件になるというのか。

加納さんに「いつも車いす席の切符どうしてるの?」と聞いたら、「いつも北浦和に買いに行っちゃう」と、普通に言ってた。
加納さんの家から、切符を買いに行くためだけに片道30分以上かけて北浦和の駅まで出かけているのかと思うと、どうにも腑に落ちないのだけど。
障害者は「不幸」にさせられているんじゃないか。
誰かのその「不幸」の上に成り立つ、低価格や便利なのだとしたら私はいらない。

あき







(BGM:The Postmen「Beardsmen」from「Oi ! The Album」)
→音楽ってのを「やりたい」のか、「できるのか」ってのは、後者はあくまで楽器の話なんで、音楽ってのはつまりやりたいかやりたくないか、なんだよね。
そういう意味で、これはもう「やりたい」音楽であって、これが本当に彼らが最終的に出したかった音かどうかもよくわからない。
けど、やりたい、という初期衝動がここにあって、それがいいんだよな。
結果として出来た音を想定して作っていくのなら、スタジオミュージシャン使えばいいじゃん、って話になっちゃうし。
そういう意味で、俺はすきなのね、この路線。

愛するすずのこと


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すずが機関紙の5月号にこんなコトを書いていました。


 早いもので、私が引きこもらなくなって1年半程経。引きこもっていたことを意識することも殆ど無くなった。外のひとから「すずちゃんて明るいのに、まえ引きこもってたんですか?」っていわれたよ、というはなしも聞いた。なんだか嬉しい。
 引きこもってた頃のことは、全部なかったことになった訳では無くて、ちょっとずつ 消化している感覚。どれがどう、というわけではないし、上手くは言えないけれど、消化する余裕が出てきたということだと思う。半年くらい前迄は、フタをするので精一杯。
 最近気持ちの余裕が出てきたからか、ぐるぐる考える事が増えた。引きこもってから今まで、「私ってこんなに弱かったっけ」と 思うことが多い。今の状態を例えて言うなら、ミカンの皮がむかれて、薄皮の状態、という感じ。引き籠もってたときは果肉がむき出し。伝わるかな。いまだに小さいことで超へこむのはなんとかしたい。弱い心のままだと、自分も苦しいけど、言ってくれた人に申し訳ない。よかれと思って言ってくれたのに、言われた本人が落ち込んでたら、もう何も言えなくなってしまうよな。と。頭では凄く分かるし、そういう頭になりたい!と思うが、今の所あんまり変わってない。直ぐ変われないのは分かってるし焦るのも違うとは思う。でもチョットでも弱い心に傾いた考えがちらつくと、ものすごい情けないし自己嫌悪だし、つくづく自分て小さいし面倒な奴だな、と。でもそれで消えたいとは早々思わなくなった。今はそういう自分なんだから、と。
 これ、世紀の大発見くらい凄いことだと思っている。
 こんな風に考えられる自分に変りつつあるのは、虹のみんなが引っ張り上げてくれているからだ、と毎日いろんな場面で感じる。言葉しかり、行動しかり、わたしもみんなを支えられる人になりたい。(すず)


嬉しいことですね。
ま、「スズは引きこもってた」という話を外の人にすると、確かにたいがい驚かれます。

これは昨年の秋ヶ瀬のライブの時の写真だけれど。
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これを見て、まあちょっと前まで引きこもっていたというのは確かに結びつきにくい。


改めて、最初の頃の写真を見ると、もう別人のようなスズがそこにいます。
今はなんだろう、ずっとキレイになったし、ステキになったと思う。
先日のGWのイベントでは初のトークイベントの司会をやったり、その他にもいろいろと無茶ぶりに対応させられながらも、まあ彼女はよくやってると思う。


最初に彼女が来た時、まあ「引きこもっている妹がいるんだけど、今度面接に来させますので云々」というのは姉から聞いていた。
姉は加納さんの介助をしている。

あまりないことなんだけど、俺が面接することになって、その時、とにかく手が足らなかったので、俺の中ではもう面接は合格、いつから来れるか?だけを聞こうと思っていた。
あなたの過去も、なにも詳しいことは知らないが、今、あなたが来てくれることで、俺たちは嬉しいんだ、今、俺たちは君自身がほしい、と伝えたつもりだった。


そして、まああまり引きこもっていた云々は俺らの中ではそんなに意識されていなかったと思う。
俺自身はちょっと考えることもあったし、彼女自身が若いこともあって、早く市丸たちの中に溶けてほしいな、という思いはあった。
というか、ここで面接に来た子を逃がしてなるモノか、という気持ちの方が強かったか。

彼女のママでイイ。
どっちにしたって、手は足らないし、そもそもベテランの動きなどできるはずがないんだから、それでも必ずなにかのプラスにはなる。
だから、それでいいんだ、とずっと言ってきた。
あなたがいたら、プラスなんだ、と。

もちろん、新人だからこっちからしたらガッカリすることだってある。
でも、そんなの誰だって通った道でしょう。
もしかしたら、今、新人が入ってきたら、すずがそう思うこともあろうかと思う。
そういうものだ。
そうやって、人は先輩になり、育っていく。


まあ、そういう俺の気持ちとかとは全く別に、ノブとかはすぐにすずになついた。
なついた、というのもおかしいが、すぐに仲間に入れてくれた。
そりゃそうだ。
彼らは抜群に優しく、「いい子」だ。
休みの日には映画に行こう、今夜飲みに行こう、ウチに呑みに来てください、と、まあそんなことを繰り返し、いつの間にか、すずは仲間になっていた。


弱い心なんて、誰にだってある。
それを人に見せるか、見せないか、出ちゃうか、出ないか。
ストレスがない人生などない。
その時に、そっちに引っぱられるか、それともそれ以外の部分で明るい未来が自分の中に存在するか?
そして、その明るい方向にバランスを取って、そのストレスをないモノには出来ないまでも、消化させられるか?

大事なことは、彼女のマイナスをどうこうするんじゃなくて、消すんじゃなくて、いや消せねえしたぶん。
そうじゃなくて、それ以外の部分で、「あなたには明るい未来がある」と、言葉でも、行動でも彼女に伝えていきたい。


人生って結局バランスだと思うんだ。
明るい未来が大きくなれば、きっとなんとかなる。
そして、隣にいてくれる仲間さえいれば、きっとなんとかなる。

と、俺は思ってるけど、違うかもしんない。
けど、でも俺が彼女に伝えられるのはそれくらいだな、と思っています。






(BGM:Crunched Grind「OWN TIME」from「no concept」)
→スプリットCDなのね。
こういうのは二つのバンドの対決!みたいでいいですね。
明確に勝敗が出ちゃいますから。
俺はなんかこの曲が凝ってて好きですね。
ボーカルの線に不安なところはあるモノの、そういうこととは関係なく、音楽をきちっと作ってるのは好感が持てますわ。

「保護者」という言い方をやめませんか?


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機関紙5月号にカズミが書いた文章を転載します。
機関紙はにじ屋で配布しています。
あと、遠方の方には連絡くれれば送ります。


「保護者」という言い方をやめませんか?
~『敵は誰か?』監査から見た障害者福祉の社会的考察 第2回 『敵は親?』~

【「保護者」であれという圧力】
 何年も前のことですが、にじ屋で一緒に働いていたH(当時20代半ば)が親の意向で虹の会を辞めさせられていきました。Hは、虹の会にいたかったのです。にじ屋のみんなと一緒に働いて遊びたかったのです。でも、彼の親はそれが気に入りませんでした。
 市のワーカーも入った面談で、Hは「虹の会がいい」という意味の「○」を紙に書きました。緊張して、怖くて、でも勇気を出して書いた「○」。しかし、それでも親は辞めさせるという意見を変えませんでした。ワーカーまでもが、「お母さんもう少し考えた方がいい、本人がこう言っている」と言いましたが、結果は本人より親(保護者)の意見が通ってしまったのです。
 「家にいたら出てこられなくなっちゃうから、虹の会に泊まりたい」などと度々SOSを出していたHの思いは、日本の慣習に潰されてしまいました。
 
 障害をもつ子の親御さんは、障害者への理解がまだまだ不十分なこの社会の中で、大変な思いをしながらお子さんを育ててこられたと思います。「おまえが産んだんだ、おまえが一生めんどうをみろ」。そんなあからさまな言葉で言う人は、現在は少ないのかもしれませんが、でもそれとたいして変わらない圧力を、周囲からずっと受けてきたのではないでしょうか。そんな中にいる親御さんは、やがて本当にそう思い始め、子どもが成人しても自分から進んで子どもの「保護者」であろうとする。それが、今、日本の多くの障害児の親の姿ではないかと思うのです。

 「障害があっても、成人したら親の保護から抜け、ひとりの市民として地域で生活できるべきだ」。虹の会はそう考えるので、虹の会に来る人の親御さんには、一番最初に「今後は来ないでください」ということをお願いします。親との日常的な接触はありません。連絡帳はもちろん存在しません。親による送迎もありません。体調が悪くなったからといって親に迎えに来てもらうなどということもありません。親の、にじ屋への品物提供もダメ。にじ屋での買い物もダメ。
 「でもいつもお世話になってるから…」いやいや、あなたはもう「保護者」じゃないのです。障害をもたない子が勤める会社に、普段「お世話になります」って挨拶に行くのですか?


【成人しても親子のセット】
 ミツは学生時代、よく一緒にいる子がいたそうです。でもミツ曰く「オレは、あの子とはべつに友だちじゃない。お母さんどうしが仲がいいだけなんだ」。
 それと似た光景を、日常の中で目にすることがあります。
 お好み焼き屋さんで談笑するふたりの女性。…と、その隣に障害があると思われる女性。たぶん娘さんでしょう。彼女は空中に向かってずっと独り言を言っている。この「彼女」が子どもならまだ違和感のない光景ですが、その彼女は明らかに成人でした。
 毎日毎日、親が「めんどうをみている」から、親の友だちづきあいにも連れて行かざるを得ない。成人しても親の手元に置かれている障害者。


【親の話はあえて聞かない】
 作業所や施設に入所するとき、事業所側は親に「生育歴」を聞くそうです。あと、クセとかこだわりとか?好きな食べ物とか?…あまり詳しくは知りませんが…、そのようなことを、虹の会ではあえて聞きません。これから本人と付き合っていく上で、先入観となって邪魔になると思うからです(発作や服薬、アレルギー等、健康や命に関わるようなことは聞きます)。
 あとから聞いたところによると、カイは、野菜は大嫌いで食べない人だったんだそうです。でもこちらはそんなことは知らないので、特別なことはせずみんなと一緒に食卓を囲ませます。そうしたら野菜の汁物も食べるし、サラダも普通に食べていました。
 また、学校では絶対に体操着に着替えようとしないので、なんと体育の時間はずっと見学だったというカイ。こちらでは朝、仕事前に運動をしていますが、これまたみんなと一緒にやっていたら、なんの躊躇もなくみんなと同じように着替えています。
 「この子のことは私が一番よく知っている」と考える親御さんも多いでしょうが、意外とそうでもないかもしれませんよ。
 また、こちらも、どうやってもうまくいかないとなったら、親御さんに頼ることもあると思います。でも、まだそこまでの事態になったことはありません。


【親には親の人生を】
 最初は実家から通っていたイチマル。数年後に実家を出て、虹の会の近くに家を借りてこちらで生活するようになりました。
 実家にいた頃は、1日のテレビ番組を全部録画するというこだわりがあり、仕事が終わって帰ったらそれを全て確認していたそうです。録画できていないと爆発的にパニックを起こして大暴れ。そんな強固なこだわりがあったから、息子が家に帰ってこない日が来るなんて想像できなかったと、親御さんは言います。
 でも現在のイチマルは、実家のことも親のことも普段はすっかり忘れて(笑)生活しています。お盆やお正月に帰省しても、数日帰省する予定だったのに、2日目には「浦和に戻ろうかなあ…」なんてつぶやくそうです。
 あるときイチマルの実家の方のお祭りにみんなで遊びに行ったら、親とばったり…ということがありました。「せっかくだからこれからお母さんとも一緒に呑もうか?」なんていう話の流れになると、イチマル「オレ帰ろうかなあ…」。
 「普通」の反応ですよね。職場の人と親と一緒に呑むなんて、なんだか照れくさくて居心地が悪くてしかたがありません。
 そんな息子を見て、きっとお母さんは喜んでいるだろうと思います。障害のあるこの子のことは、一生自分が背負わなければいけないと思っていた。この子を自分の人生の生きがいにしなければ、自分は生きていけないと思っていた。
 でも息子は今、障害のない兄弟と同じように親から独立して彼自身の仲間と一緒に生きている。
 子どもが成人したら、親御さんには親御さんの人生を歩んでもらいたいと思っています。自分の友だちと、自分の趣味に時間を使い、連泊する旅行にだって行ってほしい。


【「保護者」という言い方をやめたら…】
 今回のさいたま市による監査において、「自主点検表」内で、次のような設問がありました。
 「地域及び家庭との結びつきを重視した運営を行い、市、障害者福祉サービス事業者等との連携に努めているか。(保護者会等)」。
 「保護者」。この言葉に私たちは驚きました。
 「保護者」という言葉は、それを聞いた人に、「障害者は成人しても自分で自分のことを決められない人たちなのだ、子どもと同じなのだ」ということを簡単に連想させます。これは、さいたま市も掲げる「ノーマライゼーション条例」の信念に反するものではないのでしょうか?障害があるからということを理由に、成人しても子どもとして扱い続けることは、人権侵害にあたると言ってもいいと思います。
 社会が、子どもが成人しているのに親のことを「保護者」だと言い続けたら、親は一生子どもを手放すことはできません。子どもはひとりの市民として自立することはできません。それを、さいたま市は後押しするということでしょうか。
 もう、幼稚園児ではないのです。困ったことがあったら一緒にいる仲間に相談し、助けたり助けられたりしながら問題を解決していけばいいと思います。作業所職員など周りにいる人間は、それをフォローする努力をするべきだと思います。子どもの頃と同じように、すぐ親に責任を押しつけるのではなく。ひとりの成人した人間なのですから。

 言葉には力があります。
 「保護者」という言葉が、成人した障害者の人生やその親の人生を縛っているなどと、言っている方は気づいていなくても、「保護者」「保護者」「保護者」と言い続けることがその圧力を発揮してしまいます。
 今の日本の仕組みや慣習を変えるために、まずは「親=保護者」という言い方をやめませんか?
 障害があってもそうでない人と同じように、親から独立して生きていける社会をめざして、子どもが成人したら、「親=保護者」という言い方をやめませんか?
 やめたら、ではなんと呼びますか?親?家族?
 「保護する人」ではないのだとしたら、何を求めますか?あるいはあえて求めませんか?
 「保護者」という言い方をやめるだけで、いろいろなことを考え始めることができると思います。そして、それはきっと、障害があってもない人と同じように生きていける社会をつくる、ひとつの鍵になると思うのです。










(BGM:クリスタルキング「大都会」from「NEW MUSIC BEST COLLECTION 6」)
→好きでしたね。
小学生だったと思うけど、ドーナツ盤を買ってもらった覚えがあります。
この高音じゃない人の正体不明な感じとか、今考えるとけっこうスナック臭もあります。

うそ (中条きよしさん風に)


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(創作です念為)


私じゃダメなんだ。
私じゃダメなんだ。
…口の中で、何度も何度も繰り返すのが癖になった。

彼はみんなの人気者だし、頼りにもされてる。
私はその輪の中に入るので精一杯。
彼は私にも優しいし、それは仲間の誰に対してでも同じコトで、それ以上でも以下でもない。

でも、私の頭の中はあなたのことで一杯だった。
いや、毎日会えなくなった今でもそう。
頭の中ではあなたのことばかり思い出してる。

こんなことなら、いっそ足蹴にしてくれればよかったのに。
でも、あなたはそんなことしない。
そもそも、私はあなたに告白もしてないもの。
あなたは私の全てなのに、あなたにとって私はただの大学の同窓生でしかないのよね。

彼には大学時代から付き合ってる人がいた。
それはステキな人で、いつだって彼と一緒に仲間の真ん中にいた。
いつも笑ってて、みんなが寄ってくるような笑顔。

あの場所に立ちたかった。
あなたの隣に立ちたかった。
きっと彼女を見る私の顔はひどく醜かったろうな。
でも、それでも一生懸命繕っていたのよ。

こんな私の本心を話せる人はいなかった。
彼のことで頭がいっぱいなんて言ったら、この仲間の輪の中にいられなくなる。
彼と会えなくなる。
話せなくなる。

あなたは気づいてなかったかもしれないけど、私、あなたと会う時はオシャレしてたつもり。
っても、そんなに服は持ってない。
だって、ウチは貧乏だから。
学費だって自分で稼がなきゃならなかった。
みんなにも、そしてもちろんあなたにも言ってなかったけど、スナックでバイトしてた。
その方が割がいいから。
家庭教師してたなんてウソよ。
私、人に勉強教えるのは苦手だし。
それに、私が小さい頃、親も夜はホステスしてたし。
なんかね、水が合うんだな。

私には趣味とかないし。
食べるものにもそんなにこだわりないし。
お金もそんなには使わなかったから、できるだけ、お金は服に回してた。
だって、あなたに会うんだもの。

母は一人で私を育ててくれて。
大学は無理して入れてくれた。
「私のようになってほしくない」ってのが口癖で。
一人っ子だったし、母は働きづめだったから、まあずっと一人だったな。
中学生とかの頃から暗い子だって男子には言われてたみたい。
まあ、気にしなかったけど。
っていうか、気にしたってしょうがないし。
どうにもできないし。

彼女はさ、いつだってステキな服を着ていたし、時には最新のスポーツブランドのジャージなんか着てたりして。
着替えるときに見える下着もステキだったな。
彼女も私も自宅生だったから、「家賃がかからなくて幸せ!」なんて言い合ってたけど、でも、ホントは私は必死だったんだ。
卒業間近には親も身体壊して昼の仕事を辞めたりしてさ。
親の食費だって、病院のお金も稼がなきゃならなかったから。

私、抜け出したかったのかな。
あなたなら、私をここから抜け出させてくれると思ったのかもしれない。
本当のことを全部言えて、あなたに私を抱きしめて欲しかった。

でも、いつだって私は本当のコトなんてみんなに言えなかったし、独りぼっちだったのかもしれない。
ずっと。

ああ、そうか。
ずっと私は独りだったんだ。
あなたに手を取ってもらって救って欲しかったな。

毎晩ね、気が狂いそうだった。
今、彼女があなたのアパートに行ってるんだろうな、って思うと。
彼女と抱き合ってるんだろうな。
きっと彼は彼女の大事なところを舐めたりしてるんだろうな、って思うと、胸が張り裂けそうだった。

考えないように、考えないようにするんだけど、でもダメだった。
どうしても、二人が裸で抱き合ってるところが頭に浮かんじゃう。
だから、自分を捨てなきゃ、って。

スナックでのバイトは、そのためにも好都合だった。
お客さんと話すことはさ、たいがいウソだから。
ウソをついている間は、あなたと彼女のことは考えなくて済んだ。
だって、私じゃないもの。
違う私が喋ってるんだから。

抜け出したかったな。
イヤだった。
ウソをついている自分がイヤだった。

そう、ホントのことを言いたかった。
あなたのこと大好きだって、大声で叫びたかった。

でも、そうしたら全てが終わっちゃうのもわかってたんだ。
だから、私はウソをつき続けた。
じゃないと、毎晩私は気が狂ってしまう。

でも、卒業しちゃったらさ、どっちにせよ終わりだったのよね。
あなたにはこれまでのように毎日会えないもの。

私、正直言うと、卒業して、ずっとあなたに会えなかったら忘れられるんじゃないかと思ってたんだ。
私も就職が決まっていたし、新しいあなたが見つかるんじゃないかって。
いや、見つけようとしたの。

それでね、今の旦那と結婚したんだよ。
結婚式であなたと彼女に久しぶりに会って。
わかったのよ。
あなたのこと、やっぱり好き。
彼女になりたい。
すてきな下着をつけて、あなたに抱かれたかったな。

いや、旦那はいい人。
だから、申し訳ないと思ってる。
子どもにも。

でも、やっぱりあなたが好き。
40歳になってね、あなたと最後にあったのは三年前の同窓会だけど、それでもあなたが好き。

高校生になった娘は、とてもいい子だし、旦那は優しいし、きっと幸せな家族なんだと思う。

でも、それが許せないときがある。
幸せを、私は演じてるんだ。
また私は、まだ私はウソをやってるんだ。
悲しいことから抜け出すために、私は結局ウソをつき続けてるじゃない。

時々髪をかきむしって叫びたくなる。
けど、なんとかその衝動を自分の底に押し込めて、私は娘のために夕飯をつくる。
死んでしまった自分の指を見て、知らぬうちに涙がこぼれる。

ああ、あなたに出会わなきゃよかったな。

そうしたら、私は正直でいられたんだろうか。
それとも、






反省できあがり中

(BGM:真心ブラザーズ「きいてる奴らがバカだから」from「BEAT EXPRESS ROCKS 」)
→この人たち、夕方のなんかバラエティみたいなのに出て、勝ち残ったんじゃなかったっけ?
当時見てた気がする。
で、この曲のタイトルの付け方ですよ。
これがまあカッコいいじゃない。
内容聞くと、別にタイトルはココの部分じゃなくていいんじゃないの?って気がしますけど、でもあえてこの部分をタイトルに持ってくるあたり、姿勢が見えていいなあ。
こういうのだよね。
こういうのが結局最後、売れるのよ。
そういうバンドでいたいよね。

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